低体重のさんちゃん
3人目の子ども、さんちゃんは2016年6月11日に生まれました。
母42才。
予定日は6/30。正期産ギリギリのようですが、病院で出された予定日に私は疑問を持っており、本当の予定日はもっとあとのはず。
なので、少々早産気味に出てきた、さんちゃん。
母、高齢ゆえ妊娠中は妊娠糖尿病やら妊娠高血圧やらで管理入院したり、結構大変でした。
妊娠糖尿病なので、生まれてくる子どもは巨大児になりやすいと聞いていたけど、出てきたさんちゃんは2515g。
ギリギリ保育器を免れる小ささ。
ハイリスク妊婦だったので、出産は都内某総合病院。
お産が重なった時期だったので、母子同室は空いておらず、母子別室。
それでも三時間おきの授乳をするために、授乳室に通いました。
さんちゃんは、生まれた直後から『よく寝る子』でした。
ミルクなんてあげたら、気絶したかのように何時間も寝てしまい、次の授乳のときも起きない子でした。
私は、一人目は最初の1ヶ月は混合。あとは完母。二人目は5ヶ月で保育園に入れるため混合でしたが、それなりに母乳をあげていたので、今回も母乳でいけるつもりでした。
が。さんちゃんは、飲みません。
正しくは、少し飲んだら爆睡する子でした。
新生児でぶっ通しで6時間くらい寝る子。
楽な子ねぇ~
と思っていましたが、産後1ヶ月の助産師さん訪問で衝撃が…。
さんちゃん、1ヶ月で200gしか増えていませんでした。
そこからは、市の助産師、保健師による監視とも言える栄養指導が始まりました。
2018/05/01
2018年5月が始まりました。
ブログ書く余裕もないバタバタ生活ですが、最近自分のブログを読み返すことがあって、懐かしいなぁ、こんなことあったなぁと日記としてなかなかいいじゃんと思い、またぼちぼち書いていこうかと思った次第。
近況。
体調崩してましたが、まぁまぁ元気です。
子ども①→四年生になりました。
子ども②→保育園年長さんになりました。
子ども③→保育園1才クラスになりました。1才10ヶ月です。
子ども③ですが、出生後、まぁ、色々ありまして、緊急性はありませんが心臓疾患があることがわかり、就学前に手術予定で経過観察中です。
疾患は、心房中隔欠損で、そこそこ大きな穴が空いていて自然に塞がる見込みは望めない大きさです。
肺への血流が人より大きく、手術しないと40才くらいで肺が、寿命を迎えてしまいます。
肺炎おこしたり、色々大変ですが、日常生活に支障はないので、保育園には行っています。
が!低体重でまだ成長曲線に乗れていません。もうすぐ2才なのに9キロしかありません。
そんか子ども③ の成長記録もつけていこうと思います。
おちんちんをわすれたの
しばらくブログを放置して、ロム専門でしたが、色んな方のブログを見て「いいね」したりコメントしたりする中で、ブログ放置もちょっと失礼かと思い、少々自分語りをしてみようかと。
私には女男男で、子どもが3人います。
子ども①のあと、流産しました。
心拍確認後の流産でした。
先日、子どもたちと、赤ちゃんや出産の話になったとき、話の流れで、
「①ちゃんと②ちゃんの間には、ママのお腹の中で大きくなれなかった赤ちゃんがいたんだよ~」
と話しました。
すると子ども②
「それね、②(自分の愛称)だよ!」
と。
「②ね、おちんちんをわすれちゃったから、とりにもどったの」
と。
当時、私たち共働き夫婦は、子ども①もおり、そんなに頻繁に子作りする機会はありませんでした。
ここぞと思う日にタイミング。
何度か目のトライで、もしかして!
と期待して、検査薬を使うも陰性、陰性。
でもなんか違和感があって、検査薬使ううちに、陽性に…。
私が思ったより排卵日が一週間ほどずれていたようでした。(その後の病院の胎嚢確認でも一週間ずれの週数が確認されました。)
つまり。主人のソレは、一週間、生き延びていたわけです。
一般にはソレの寿命は3日程度。
男の子の元が短命で、女の子の元は少し長生きと聞いたことがあったので、主人とは
「つぎも女の子だね」
と、期待に胸を膨らませていました。
そして、心拍確認後、予定日を確定させ母子手帳を貰いに行く指示が出る日、お腹の中で成長を止めているのが確定されました。
色んな思いはありましたが、今回はこの辺は割愛。
その後、8ヶ月して、子ども②を妊娠。
あれから6年。
子ども②はもうすぐ5才です。
おちんちんをわすれたからとりにもどった。
なるほど。あれは君だったのか。
おちんちんは大事だもんねぇ。
戻ってきてくれて、ありがとよ。