『ダヴィンチ・コード』以降、2匹目のドジョウをねらった本が山のように発行されましたが、これもその1冊。『イエスの古文書・上』(アーヴィング・ウォーレス,宇野 利泰訳/扶桑社ミステリー)ただし、2匹目をねらったのは出版社で、この本自体は『ダヴィンチ・コード』のはるか前、既に4半世紀も前に書かれている本です。
以前に新潮文庫から出ていた「『新聖書』発行作戦」を改題して発行されたもの。(確かに、改題後の方がキャッチーです)
訳文はそのままなせいか、上巻の最初はものすごく読みにくく感じました。
私は「翻訳小説好きだけあって、日本語としては妙な文章」を書いていると言われたことがあるのですが、まあ、それくらいなので、日頃はこなれていない訳文でもあまり気になりません。
めったに訳文がどうで読みにくいということもないのに、文脈が取りにくかったのかなあ。
宣伝会社の社長・ランダルの元に、ある本の宣伝プロジェクトが持ち込まれた。
イタリアのオスティア・アンティカという港町で見つかった未発見の福音書は、従来のイエス像をくつがえすものだった。
世界にセンセーションを巻き起こすだろう、新しい聖書の発行計画に、新聞記者、プロテスタントの牧師など様々な人間の思惑や利害関係が駆け巡る。そんな中、ランダルはその古文書の秘密を知り……。
と、いった感じ。
なんだか主人公のランダル、女性にモテモテです。
今どきなら、わびしーい中年主人公になりそうなのに、やっぱりこれはよき70年代の時代環境なのでしょうか?
ところで、以前の『フランチェスコの暗号』もそうですが、『ダヴィンチ・コード』の余禄で発行された海外翻訳を続けて読んでいるのは、あっというまに絶版になりそうだからです(笑)。(ハリー・ポッターは絶版にならなくても、ハリポタを狙った海外ファンタジーはやばそうな感じがするのと同じ)
柳の下に2匹目のドジョウはいないのだけれど、私にとっては美味しいドジョウかもしれないな、と。期待をこめて。






