6年振りの日本帰省 44 我が母と姉一家の話 ⑧ 母は『やっぱり母』でした ㊥-7 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

 

 

 

 

  「そういうこと」に対する感覚は『やっぱり』……!

 

 

 

 

  初日は持っていなかった、手回り品を入れたハンドバックとは違う「荷物」。

 

 

  そういうものに目ざとく気付き、その「中身」を確認(と言うよりも強奪且つ検閲)しようとする……のは「まさに母」。

 

 

 

  実は一日目にも、最初は面会が終わった後で直接向かおうとしていた場所があった。

 

  しかし、その為には「荷物」が増える。

 

 

  私の『経験値』が即、警告音を鳴らした。

 

 

 

  そうした「荷物」、それも己の子供、特に私が持つ「荷物」には好奇心……以上の、まさに

 

  『異常な程の関心と支配欲』

 

  …を示すのが「母という人」なのだ。

 

 

 

  例の一つを言うと。

 

 

  帰省して、御土産などを買い多くなった時には箱詰めして郵便局や宅急便で送る……ということを誰でもやった事があるかと思う。

 

 

  更には、一つの箱に出来るだけ詰め込む為、ギリギリで「荷造り」を済ませた後、親や親族に

 

  「これ、後で送っておいてね!」

 

  …と御願いすることもあると思う。

 

 

 

  私も「そういうこと」をやったことがある。

 

 

 

  すると、我が母はどうするか?

 

 

 

  「荷造り」が終わった箱を

 

  『わざわざ』開封し、

 

  全てのモノを「自分の目」でチェック

 

  …しないと気が済まない。

 

 

 

  まさに戦時中の「検閲」も真っ青?

 

 

 

  それから郵便局に電話して「集配」を頼み、やって来た馴染みの局員さんを相手に『おとぎ話』をしながら一緒に再梱包&発送をする。

 

 

 

  それが終わった時点で私に電話を掛け、第一声で

 

  「アンタッ!

 

  何であんなモノ、

 

  買ったのさっ!」

 

 

  …と怒鳴った後は……そう、荷物に対する『文句』の後は、「毎度お馴染み」となった己の子供時代からの『怨み』と『愚痴』の時間が開始。

 

 

 

  …そういうことが自分の「アタリマエ」でしかなかった……のが我が母。

 

 

 

 

 

  そうして私自身の「傾向と対策」もドンドン細かくなった、という訳だ。

 

 

 

  だから面倒でも一日目には敢えて

 

  「一旦ホテルに戻る」

 

  …ことを選んだ私。

 

  正解だったな、と今も心から思う。

 

 

 

  しかし三回目、最終日にはそのまま空港(のホテル)に向かわねばならなかった。

 

 

  スーツケースは施設の玄関先に置いて貰えたが、エコバックは……私としては一緒に置いておいても別に良かったのだが、場所が場所だけに

 

 

  (認知症の)

  「住人が持って行ってしまう可能性もあるから」

 

 

 

  …と言われ、母の部屋に持ち込むしか無かったのでありました……!