長年の読者?の方なら判ってくれると思うが、私は「ドタキャン」をされると即(=自動的に)「逆バージョン」を思い出してしまう。
そう、己の趣味=遊びの為に一人で「合宿」に参加しようとしていた数日前に「妻」が高熱で倒れた為、遊びに行けないだけでなく幼子を含む子供二人の世話なんてしたくないから(多分「家族」が私一人だったらサッサと出掛けていたと確信する…)
「もう治ったろう?! 大丈夫だろう!?」
…と15分置きに問い続け、結局己の出発予定時間15分前まで、本当にギリギリになってしぶしぶ?キャンセルの電話を入れた後は
「オマエのせいで行けなくなったっ!!」
…と逆ギレ、その瞬間から
「来年は『絶対』行くんだからなっ!」
…と(誰も「行くな」とは言ってないぞ?)いう言葉を実際一年間=次の年に同じイベントに参加する直前まで言い続けた……某「マオの父親」である。
いや、ハッキリ言って今の「マオ」は『良きパパ』だと思う。
未だ赤ちゃんと言える下の子(孫)など、彼が居る時はべったりで用事で部屋を出ただけで泣き出し、義母(=母方の祖母)さんに
「ああ、ダディガール!」
…と呼ばれているくらいだ。
まさに「反面教師」なのだろうな……思うし、それをいわゆる「口ダケ」で終わらず実践している彼は偉いとは思う。
(注;義父母さん達が「モト」に会った事があるかどうかは知らないが(トリ=嫁さんはある)まあ「丸一日」くらいなら演技で乗り切れる人だからきっと「流石マオ君の父親ね~!」で終わるかもしれないけどね)
以前チラと書いたことがあると思うが、彼と義父母さんとの関係はとても良く……特に義父さんと彼の接し方や会話など聞いていると知らない人が見たら(更に私が隣にでも居たら)「本当の親子」と思っても不思議はない、と私が思う程である。
そのこと自体はとても嬉しいし、羨ましいとも思うのだが、私が何とも言えない感覚を覚えるのは、「マオ」自身に彼自身の言動がすっかり
「向う側」
…の都合に偏っている、という意識が殆ど無いことだ。
(ま、普通「そういう時」はそうなんだろうけど)
だから知り合った極最初の頃は
「仲が良く行っていて良かったな」
…くらいに思っていたのだが、今は友達にふざけて
「ああ、アノ人(=「マオ」)は
『マグ・ジュニア』だから」
(注;マグ=義父さんの名前)
…と言うくらいになっている……という訳だ。
もちろん、私は彼自身がそういうことを全く意識してないのが判るから直接文句を言うようなことは一切していなかった。
「そのうち」気付いてくれるだろう、「そのうち」良くなるだだろう……という気持ちもあったから。
しかし、これも折に触れ言っていることだけれども、自分の言動に
「自覚が無いヒト」
…というのは絶対に「気付く」ことがないのだな……と、まさに今回『も』改めて納得させられてしまったのだ……!