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noise or music

電子音楽が好き。
楽音と雑音の狭間や
ノイジーな体験を書きます。

給料日の12/28 に年末年始としてはかなりの仕事を引き受けた。

黙って自分をだましてやろうと思い、31日夜には全体の4/5 を片付けた。

さぁ、山口新聞を買って初詣や。

 

二社目に参った懐かしの神社には 毎年色違いでコレクションしてるお守りがある。

持ってない色は... 、『(紫)?』 と探っていたら、底のほうから ひまわりのような黄色が顔を出した。

こじんまりしたこの神社の巫女さんたちは しっかりなさってるにもかかわらずフレンドリー。

とっておきの願いも祈念する。

 

僕はおみくじはひかない。

かつてはひいてたけれど、いつの間にか文言に対する抗えなさが勝ってしまって恐くなった。

けれども、そんなお姿が絵になる親娘さまは

きっともう一回り大きなおおらかさに包(くる)まれてるんだろうと思う。

 

時間もアクセスも良かったので、普段なら別日にする赤間神宮、亀山八幡宮にも参った。

赤間神宮では いつも特別な緊張をもたらす『気』 に到達しようと30分座ってみた。

今は自分の中に透明な袋があって、そこ に赤間神宮と似た緊張を感じることができる。

 

※日本時間12/31(木)AM6:00 ~のインターネットラジオ、Elektronic Frequencies (オランダ、ConcertZender )は冒頭の2分に尽きた。ディストーションギター系の電子音がピッチベンドされて、クラウトロックのように空間をよじれさす。まるで 懐かしの映画や山の氷壁を思い浮かばせるその和音には、淘汰されてない未整理のままの余白が感じられた。

 

yazd の青に魅せられて#21

 

[もう一両!]

 

窓越しできれいには撮れないんだけど、幡生駅ホームへの下りの直前には 車両所のクモハ42001 にカメラを向ける。かつては 鉄道ふれあいフェスタ で停まっているこの車両に乗車したこともある。古い細胞のような電車。悠久のコロイド溶液が目から脳へ流されてくる。

 

ところが、そのわずか先にさらに初めて見る車両が置かれていた。かなりボロに見えたけど、これはコレクション? そういえば前からあったような... 。

相変わらず 忙しくしてました。

仕事も、少しの外出も、それ以外のことも。

あなたはどうでしたか?

買い物で外に出たときなど、ピタッと足が停まってしまうことがあります。

それは、コーヒー豆が半額になってないか?とか、通りかかろうとする電車のエンジン音が耳慣れない とかなんだけど

なんとなく開かれたオーラをまとった美人に出会ったときもそう。

マスクをなさっていても それ はきっと写ると思う。

 

写せなかったのは、この日の木製と土星の大接近。

17:00 ごろからスタンバイした南西の空は雲が切れて青白い空白が広がりつつあった。

(もしかしたら... )と期待したものの

水平線のほうの下半分の、ドス黒い雲の壁がゆっくりゆっくりだけど上に昇ってきて、目標と思しき部分を埋め尽くしてしまった。

でも かすかな光の点は見えた。

あれがそうだと信じたい。

 

 

※オランダとドイツのインターネットラジオ、相変わらず録音してます。先々週のWDR3 ではアナログシンセサイザーの特集があって、矩形波、鋸歯状波、カーブを描く柔らかい音色もそうだけど、その 工芸的な技巧の組み合わせの中に、ビジョンのない街の開発に似たゴミゴミ感が垣間見えた。音を聴いてるようで、実は隙間の無秩序に飢えてるのかもしれない。

 

 

yazd の青に魅せられて#20

 

[銀河]

 

ギスギスした性分は治らない。『銀河』 の営業初到着を録ろうと下関駅のホームに立ったのが17:00 過ぎで、そんな人は誰もまだいなかった。不審なウロウロは極力避けたが、底冷えして何度もトイレへ。ようやく20~30人くらいの撮り鉄が、到着ホームと向かいのホームに陣取るころ、普段は貨物を追いかけてらっしゃるという話し相手を見つけた。こちらは にわかの 甘口鉄 だけど、姿を見なくて気になっていた門司の『銀釜』 の活躍情報が得られて、好きな人はさすがやな と思った。『ウエストエキスプレス銀河』 は、まるで見えないチューブの囲いの中に滑り込むように毅然と入線した。

 

翌朝の出発もいちばん乗り。

何かないと肩吊りの大物(デジ一)なんて持ち出さないものだけど、2月の下旬

照準を合わせてきたこの日にはFuji のミラーレスという特別なカメラが間に合った。

大丸大京都名舗展に着きそわそわしていると、ひょこっと。

ご意見もバシバシ言う、僕にとっては強い味方の大先輩が おなじみのジャケットに外の空気の匂いをさせてやって来られた。

 

非常に悔しいお知らせとしては、今年は大丸リニューアル改装中につき

7階特設会場での舞妓さんの踊りご披露がないということ。

でも舞妓さんがいらしてくださるだけでありがたい。

 

先斗町 もみ香さんの眩しさは そのディスアドバンテージも超えた。

人(ひと)なのに、人であられるはずなのに白く柔らかい笑顔で接してくださる世界やその背景は夢の中のもの。

いつまで拝見してても、彩雲 というか肯定の気分しか生まれない。

 

例えば先帝祭のリハーサル(太夫さんの素顔)と本番(白塗り)を毎年のように見比べていて

(誰が舞妓さんになるとどんなやろうか?)と女性に対して想像する可能性がないわけじゃない。

けれども もみ香さんは今、この催場でお生まれになってその初めから舞妓さんでいらっしゃるような文化を確信させてくださる。

 

催場内の店舗をごあいさつで回られる その、独立した空気が、雲の中のよう。

 

 

 

red i / りんぞう

J.S.Bach の『G線上のアリア』 の逆再生。それを聴いているうちに浮かんだ音の点。小倉モノレールに吹きつけるエオリアン・オルガンのような台風。そしてもちろん、下関での黄金時代のルートマスター。

 

 

yazd の青に魅せられて#19

 

[コーヒーの味の意味]

 

2月の中旬、朝から唐戸に行く用事があって、そのままボードウォークや商店街を歩いてたら Unique の前に『鐘ヶ江さんがいらっしゃる』 ことを示す看板が出ていた。(今日は第3金曜日やないけど?)と反射的にドアを開けた。

 

こちらの顔を見るなり相好を崩してくださった鐘ヶ江さんは、最近は... とおっしゃりながら、鋭意製作中のものをドカッとカウンターに置いて見せてくださった。 僕はと言えば音楽制作も絵画も数年前から止まったままで、頭でっかちになってるのは否めない。そのうえコーヒーを淹れていただくのは乗っかり切れないくらい受け身な気がした。サービスにはお金以上の真心で、それは敬意の言葉だろう。そこまで自分を研ぎ澄ませて整えてドアを開けたか?というと自信がない。ブレンドは今までいただいた中でいちばんアメリカンに感じられた。やはり、アクションがボディ(味の)なのだと感じた。