◆湯の川温泉街
6月の下旬、晴れ渡った空のもと、聖子がラブを連
れて散歩をしている。
ふと見ると向かいから、むく犬が一匹で歩いて来る
聖子「ラブ、だめ!おいで!」
聖子はリードを強く引き、ラブを小路に連れて身を
隠す。
好奇心旺盛なラブは、むく犬の方に行こうとするが
聖子が強く抑える。
やがて、むく犬は行ってしまう。
◆大森町慰霊堂付近(十日後)
仕事に向かう途中、聖子は野良犬を見かける。
よく見ると十日前に散歩で出会ったあのむく犬であ
る。
聖子「あっ、あの犬・・・」
車を停め、むく犬が慰霊堂の方に歩いて行くのを確
認する。
◆館岡家宅(夕食時)
聖子が、気になっているむく犬の話を始める。
聖子「十日前にね。湯の川の黒松林のところで、むく犬
に出会ったのよ。」
洋一「今時、むく犬って珍しいんじゃない。」
聖子「それが、離れていたの。私、ラブの散歩中だった
から、ケンカすると困ると思ってラブを引っ張っ
て隠れたんだけど・・」
洋一「それは賢い。ケンカして怪我でもしたら、大変だ
からな・・・。」
聖子「そのむく犬、そのまま居なくなったんだけど、実
はね、そのむく犬に今日また会ったのよ。」
洋一「へえー、どこでさ。」
聖子「慰霊堂のところ、慰霊堂の近くの川の土手あたり
を歩いてた。もちろん一匹で。近くに人は確かい
なかったと思う。」
洋一「それで、どうしたいの。」
聖子の顔をのぞきこむ。
聖子「何か、すごく気になって。明日、休みでしょう。
慰霊堂に行ってみない?」
洋一「聖子がそこまで言うなら、しかたない、行ってみ
るか。」
◆慰霊堂付近
慰霊堂付近を捜索。
やがて、自転車に乗っている人を吠えながら追いか
けているむく犬を見つける。
自転車がある場所から一定の距離離れると、追いか
けるのを止め、自分の縄張りに戻っていく。
縄張り内に自転車が来ると吠えて追い出しているら
しい。
よく見ると、むく犬の近くにもう一匹柴犬がいる。
柴犬を守っているつもりなのか。
その後、二頭で車庫の床下に入って行った。
聖子「いた。あの犬、あれがそう。」
洋一「ずいぶん、吠えまくってたけど。もう一匹柴犬も
いたな。」
しばらく様子を見る。
自転車が通りかかる度に、床下からむく犬が出て来
ては吠えている。
洋一「さあ、どうする?」
聖子「近所の人に聞いてくるわ。」
むく犬と柴犬が隠れている車庫の隣の家を聖子が訪
ねる。
洋一は、むく犬と柴犬の様子を見守っている。
間もなく聖子が洋一のところに戻る。
柴犬は、ひと月前くらいからこの辺に住みついてい
たこと、そこに一週間前からむく犬が来て住みつい
たこと、また近所からは、保健所に連絡を入れ捕獲
してもらおうという声もあがっていて、柴犬は自分
で飼おうと思っているが、むく犬までは飼えないと
いうことを伝える。
◆館岡家(居間)
洋一と聖子の周りには、ラブ、クロ、ウル、ゴン太
の4頭の犬がいる。
猫も数匹その傍らで寝ている。
聖子「どうしよう」
洋一「どうしようって、どうする?」
洋一が、お茶を飲みながら聞き返す。
聖子「経済的にはもうかなり苦しくて、お金の余裕なん
てもちろん無いんだけど、このままだとあのむく
犬、保健所に連れて行かれてしまうと思うと・・
・。」
洋一は黙ってラブとクロがじゃれている様子を見て
いる。
聖子が、ゴン太の頭をなでながら、自分に言い聞か
せるように話し出す。
聖子「ここにいる犬たち、みんなそうなんだけど、私た
ちと運命的な出会いがあって、ここにいると思う
の。もし私たちと出会っていなければ、4頭とも
おそらく今は・
洋一「おそらく・・・、ではなく、間違いなく処分され
ていたと思うよ。それは、間違いなくね。」
聖子「あのむく犬との二度の出会いは、運命を感じるっ
て言うよりも、もう奇跡的出会いだと思うの。」
洋一「だから? だから助けるって言うんだろう。家で
飼いたいって言うんだろう。」
聖子「そう。だめかなあ。」
洋一「だめかなあって、もう飼うしかないだろう家で・
・・、そうと決まったら早速動くか。」
その日から毎日、むく犬に餌をやりに慰霊堂まで出
かけた。
一ヶ月後、何とか洋一と聖子に慣れてきたむく犬は
『ムック』と名付けられ、飼われることとなった。
その日は、ちょうど函館港祭り、花火大会の夜であ
った。
(「函館ワンニャン物語 ⑥」へ続く・・・)