【今、通商問題に関する本を書いています。たくさんの文章を書いたのですが、その内、本に盛り込まないものがかなりあります。このエントリーは「使われなかった原稿」を少し加筆したものです。】

 第7回アフリカ開発会議(TICAD)が終わりました。私は第2回の時、ある大統領のリエゾン(連絡要員)をやりました。詳細は言いませんが、チェース・マンハッタン銀行の帯の付いた100ドル札100枚を目の前にしながら、「さて、どうしますかね?」と大手百貨店外商担当の方と悩んだのを思い出します。

 

 さて、最近のTICADと言えば、隠れたテーマとして「西サハラ出席問題」というのがあります。多分、分かる人は殆ど居ないでしょう。「西サハラ」とは、モロッコの南西部にある地域で大半はモロッコが実効支配しているのですが、長年の独立運動がありサハラウィ・アラブ民主共和国(なお、以下では「西サハラ」と記述。)という国として独立宣言をしています。モロッコはこれを一切承認していません。

 しかし、実は西サハラはアフリカ連合(AU)の正式メンバー国です。何の留保もなく、他のアフリカ諸国と対等にAUの会合に出席する権利を有しています。何故、そうなったのかを説明するのは長くなるのですが、御関心のある方は私が12年前(!)に書いたブログを参照ください。

 日本は長らくあまり西サハラ問題には関心を有していませんでした。モロッコの「おまけ」くらいの感覚で、後述の事件までは、そもそもまともな担当者すら居なかったのではないかと思います。一方、私は20年前のセネガル在勤時から関心を持ち始め、それ以来、ずっと西サハラ・ウォッチャーです。


 平成29年、日本が南部アフリカのモザンビークで主催したTICAD(アフリカ開発会議)の閣僚会合で事件が起きました。西サハラ「政府」代表団が会議場に押し掛けて来て、「アフリカの将来を語る会議に、AU正式メンバー国である西サハラを参加させるべきだ。」と主張したのです。当然、実効支配しているモロッコは大反対。結局、モザンビーク閣僚会合はこの混乱で終始してしまいました。その後、昨年の東京での閣僚会合では、AU代表団の一員という位置付けで西サハラ「政府」代表団は出席していました。そして、今回の横浜TICADでは、日本が招待したという形にせずに、TICAD共催者のAUによる招待という事でブラヒミ・ガーリー西サハラ「大統領」は出席していました。河野外相は、自身が議長を務めたモザンビーク閣僚会合が大荒れになったので、相当に慎重に本件に対応した事を窺わせます。

 

 河野外相は「日本は西サハラを国家承認していないので招待しない。」というのが理屈のようでしたが、実はこれはあまり理屈が通っていないのです。国家承認していない「国」を、日本主催の国際会議に招待した事は過去にあるのですね(例:太平洋島サミットに未承認国家のニウエを招待。)。ただ、未承認国家の扱いは線引きが極めて難しいです(「台湾」問題がありますから)。

 ここまで読んで、「なんだ、アフリカの果ての独立問題か?」と思ったでしょう。しかし、事はそう簡単ではありません。本件の扱いは本当に気を付けた方がいいと思います。我々の食卓に繋がる漁業の問題があるのです。

 

 長年、日モロッコ漁業協定によって、入漁料を払いながら、日本のまぐろはえ縄漁船がモロッコの排他的経済水域でマグロ漁を行っています。リンクのプレス・リリースを読む限り、(2000ドル+49500ディルハム(約57万円))×15隻で、年間1000万円前後の入漁料を払っていると思われます。しかし、EUにおいてはモロッコとの漁業協定はかねてから大問題になっています。主権問題を絡めて、西サハラの排他的経済水域で獲れる魚介類はモロッコ産ではないという論争があるのです。西サハラ側から言わせれば「入漁料を払え、西サハラの了解なく勝手に魚介類を取って行くな。」という事です。EUモロッコ漁業協定について、西サハラ問題への手当てが不十分である事から、欧州議会では協定の破棄を含めた議論が長らくあります。そして、平成30年、欧州司法裁判所は西サハラ沖で獲れた魚をモロッコ産とする事に疑義を呈する衝撃的な判決を出しました。本件は欧州委員会、欧州議会では決してマイナーな話ではありません。

 日モロッコ漁業協定に基づき、日本の漁船がどの辺りの漁場でマグロ漁をしているのか知りませんが、私の経験則からして、良い漁場があるのは、モロッコ本体側よりも西サハラ側の排他的経済水域でしょう。西サハラ側でマグロ漁をやっているんじゃないかなと思います。西サハラ問題でハンドリングを間違えると、西サハラ「政府」関係者から「日本は、自分達の『国』の沖で許可なく漁業をしている。入漁料払え。」と日本国内で裁判を起こされかねません。実際に欧州ではそれが起きているわけですから、絵空事だとは思わない方が良いです。


 西サハラ問題とマグロ、意外な論点だと思う方は多いと思いますが、我々の食卓に直結する話なのです。