報道で日本政府が大陸棚の延伸を主張する申請を、国連の大陸棚限界委員会に提出したことが報じられていました。74万平方キロを申請したということです。これについて、ちょっと思ったことを書いておきます。


 まず、私の検索の仕方が悪いのかもしれませんが、政府のどのサイトを見てもどこをどう延伸したのかが明示されていません。内閣官房、内閣府、外務省、国土交通省・・・、あれこれと見てみたのですがどうも見つけられませんでしたが、新聞記事によればこんな感じ だそうです。多分、これで正確なんだと思います。


 今回、報道で誤解を招きそうなのは「日本が主張できる大陸棚が74万平方キロだ」と思えることです。日本の大陸棚はもっともっと広いのです。今回は「200海里を超えて主張できると日本政府が考えるところが74万平方キロある」ということなのです。国連海洋法条約では、本来大陸棚として主張できるのは200海里までであって、200海里までは他国の大陸棚と衝突しない限り無条件に主張できるけど、それ以上の部分については、一定の条件を満たせば350海里まで主張することができるということになっています(「一定の条件」については国連海洋法条約を参照ください。)。その200海里を超えた延伸部分が74万平方キロあるということです。


 ちょっと思ったのは、日韓、日中では延伸部分がない(双方の大陸棚が200海里以内でぶつかるので延伸部分はない)のですが、北方領土からの延伸部分というのはどういう扱いになっているのだろうかということです。政府の立場は「北方領土は我が国固有の領土」ということになっています。であれば、違法占拠にもめげず、延伸部分があるのなら主張すればいいのです。まあ、延伸部分が存在しないと判断したのかもしれませんが、ちょっと政府の公式見解を聞いてみたいところです。


 今回の延伸について、報道では沖ノ鳥島の扱いについて中国が「あれは島ではなくて岩だ」と主張している云々の話がありました。これは敷衍が必要ですが、かつて書いたので 割愛します。つまりは国連海洋法条約では「島には大陸棚は認められるが、単なる岩には大陸棚は認められない」という規定があるので、中国は沖ノ鳥島を「岩」と主張しているのです(一応、付言しておくと国内で「島」と呼んでいるからと言って「島」として扱ってくれるわけではありません。かといって、国連海洋法条約に「岩」の定義はないのですが・・・)。ちなみに沖ノ鳥島は外国では「parece vela」と呼ばれます。たしかスペイン語で「帆のように見える」という意味です。ちょっとロマンを感じませんか?


 実はこの沖ノ鳥島の扱いが重要なのです。74万平方キロの延伸と言っていますが、その中には「沖ノ鳥島を起点とする200海里分の大陸棚」というのは含まれていません。日本は「当然、沖ノ鳥島は『島』であり、そこから200海里の大陸棚は日本の大陸棚である」という前提で、今回の申請をしているわけです。中国はその基本的なことを争っているわけですね。仮に沖ノ鳥島が「島」だと認定されないと、以下の分の合計の大陸棚が日本から失われることになります。


・ 200海里(約370キロ)を半径とする円の面積(約43万平方キロ)-α

 (αは沖ノ鳥島を基点とする大陸棚と他の領土を起点とする大陸棚が重なる部分)

・ 沖ノ鳥島を起点とする海域で、今回200海里より先に延伸を申請した部分


 正確な数字は分かりませんが、壮大な海域が失われることは分かっていただけるでしょう。では、この日中間の争い、どうなるかですが、法的な話は後で書きますが、ちょっと軍事面から見てみたいと思います。沖ノ鳥島の海域はアメリカから中国に向かう際の通過地点です。特に台湾有事であれば、要路になる海域でしょう。沖ノ鳥島が「島」と認められずに、この地域が公海扱いになれば、中国海軍は徹底的に海底調査をやると思いますね(実は既にやっていますが)。そして、米海軍の潜水艦の通るルートを完全にチェックするでしょう。これが日本の大陸棚だと認められるようになると、少なくとも資源探査みたいな名目で中国海軍(やその意向を受けた船舶)が勝手に海底の状況をチェックすることはできなくなるでしょう。米海軍はそのあたりを理解していると思います。そういう米軍が「parece vela」たる沖ノ鳥島についてどういうポジションを取るのかは興味深いです。


 もう一つ気づきの点を述べると、今回申請を出した国連の大陸棚限界委員会 という組織ですが、これは大陸棚の延伸を検討する委員会です。つまり、既に大陸棚の基点として認知されている場所から、200海里を超えてどの程度大陸棚を主張できるかを専門的な立場から検討する委員会であって、とある場所が基点として有効であるかどうかを判断する権限はないと思います。つまり、沖ノ鳥島が島であるか、岩であるかを検討する権能はないはずです。したがって、今回、日本が出した申請について、沖ノ鳥島を起点とした200海里以上の部分については、そもそも「自分達として検討出来ない。何故なら、沖ノ鳥島が基点であるかどうかについて判断しかねるから。」という結論になる可能性が高いです。


 そもそも、この委員会は海洋や国際法の専門家によって構成されており、極めて外交的な意味合いの強いこの沖ノ鳥島の扱いについて判断できるほどの力がないはずです。というより、そんなスケールの大きな話をこの委員会に委ねること自体が無理があります。


 つまり、何が言いたいかというと、申請を出せばそれを国連が検討してくれて結論が出る、といった簡単な話ではないということです。特に沖ノ鳥島の扱いについては、徹底的にこじれるでしょう。むしろ、国際海洋法裁判所にでも付託して結論を求めておくのも一案かなと思います。すべてをこの申請で解決しようとするのは到底無理ですから。