大義の旗の下に、人が集まり、
大義を果たすことで、大きな実を得る場合と
大きな実を得るための道具として
大義を作り、上手に運用することで、
信用を作り上げていく場合と
似て非なるものだと思います。
一般的な日本人の感覚では、
前者の感覚が強いように
感じます。
人を動かす、組織を動かすという観点では、
前者であるべきと考えます。
特に、歴史を長く重ねる場合、
後者の考えでは、どこかでメッキが剥がれる
のではないでしょうか。
しかし、分析という点では、
前者の感覚で、後者を見ると、
大きく判断を誤るように感じます。
これは、小は、最小単位の組織から、
企業や組合、地域社会、学校など
そして、大は、国家の単位の組織まで、
本質的には、同じだと思います。
例えば、歴史に対して、
どうも、日本人は、正義とか事実といった、
大義があるように強く思っている節があり、
それは、口実で、実利で判断している国や、
捏造してでも実利を得ようとしている国のことを
冷徹に、分析できていないように感じます。
メディアから流れる、
国際情勢などの報道を見ても、
どんな実利を狙っての行動かという視点が、
全くと言っていいほど、ありません。
使い分ける器用さを培ってゆきたいと思います。