耳朶風呂
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白鳥庭園

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生き生きとしてて、絵のような写真が撮りたいな、なんて思った。
水彩画や油絵や……線画もいいよね。
うん、なんか、そういうのいいかもなあ、なんて。
生きててよかったな、って思えるようなのが、ほしいと思う。
技量はなくとも(笑)
そう思ってもらえるような写真が、撮れたらいいな、ってなんとなく思ったの。






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これはInstagramで加工した、iPhoneで撮ったもの。
撮りたい感じがiPhoneで出来ちゃったよ、カメラ構えれば良かった、と、悔しい一枚。
機会があったらチャレンジしてみよう。
……、あ、これは、白鳥庭園じゃないです。徳重のショッピングモール。



楽しむしかないでしょ

そう思えるようになったのが、今年の3月半ばあたり。
ちょうどなにもかもなくして白いデスクとベッドだけの部屋から再スタートしてから、半年経った頃。
なくした、という言葉は感覚的な意味じゃなく、本当に、所持物ほぼゼロ、貯蓄ゼロ(どころか、最初はマイナス)からの、まさに生まれ変わり。
実家がなかったら終わってたね、ぐらいの勢いだった。
自分で選んだとはいえ、その3月までの半年間は、コントロールがきかなかったし、なにも見えてこなかったし、でも、徐々に増えていく所持物や貯蓄に安堵もしたり、ぐしゃぐしゃ、という言葉がいちばんふさわしかったね。今思うに。


かなり不謹慎ながら、切り替わったきっかけは、東日本大震災だった。
志半ば、思い半ばで突如死んだ人の数が、1万人。
なに、うだうだしてんだ自分、ってなった。生きてるのに、ってなった。
前にも書いたけど、あきらめるのが嫌になったんだ。やっと、そこで、目が開いたんだね。


別に好きで悲しかった訳じゃないし、落ち込まなきゃって思って落ち込んでたわけでもない、と、これは直感的に思う。
でもどうして半年間、這いずったのかは今でも分からない。
うしなう直前に、重度の鬱と診断されたぐらいにはやばかったのも、一因としてはあるとは思うけど(あ、ちなみに、そっからは病院行きませんでした)、たぶん、ずっと分からないままなんじゃないかな。
分かったら、なにか見えるかな、という気もしないでもないけど、その必要もないような気がしてる。うん、今は必要ない。



とにかく、開眼した3月からは、もう本当に充実してる。それは確か。
でもそれは自分一人で出来たことじゃないんだ。それも確かなこと……、なんかもう、なにがいいたいんだかわかんなくなっちゃったけど(笑)
とにかく、新しい人生はやりたいようにやるし、嘘偽りなく、ちゃんと、見えるものをつかんで、すばらしいことはすばらしいと言えて、だめなことはだめだと言えて、そうだな、こわがらないで、前に進んでいきたい。
なんでもやりたいし、なんでも楽しみたい。
そうなっていけたらと思う。なかなか、それが、むずかしいんだけどね。きっと。



ともかく2ヶ月後、東京へ引っ越しますから!






ほんと、楽しみなんだ。


デザイン博会場はかくもさみしく


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私が小学校のときに名古屋で行われたデザイン博。
そのために作られたいくつかの建物。
かつては人だらけになった橋。
時は20年経ち、久しぶりに訪れたそこはたださみしさがにじんでた。
鳥は、やたらいたけどね。


本当は、白鳥庭園に行きたかったんだ。
だけど月1の水曜定休日、なんてものにひっかかってしまった。
ついてないね。






街へ

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とりあえず、ふらふらと歩いた。
午後から雨だというので、あわてて飛び出したものだから、寝癖ついてた。
餃子の王将でチャーハン食べたよ!





たまには振り返る

それもまたいいじゃない。



とあるアニメを全話見終わった。
そのシリーズの最後のED曲が、中島美嘉の「Find The Way」。
2番の歌詞の冒頭に、
「君は言った 長い夢を見た とても悲しい夢だったと」
という言葉があって、
シリーズの流れとあいまって、とてもひっかかってしまった。
いろいろと思い出しちゃったわけだ。
私は記憶力はあるけど、普段はすっかり忘れて生活している。
でもこうやってひっかかると、途端に全部思い出して、思い出しきって、また忘れる、というサイクルをふむ。



長い夢を見た。物心ついてからずっと、長くて、とても悲しい夢を見た。
でもその合間合間に、幸せな夢もあった。それも事実。
正常であることが異常だと精神科医に言わしめた私だけど、それさえあれば、それにさえ重きをおけば、だれだって、大丈夫だ。
私が秀でて強いわけでもなんでもない。
不幸だとも思ってない。
ただ、ものすごく客観的に俯瞰的に見たときに、ああ、ハードボイルドだったな、と。
長くて悲しい夢だった、という言葉にぴんときちゃうことも、たまにはあるんだ、ってことなんだね。



今は楽しい夢をたくさん見てる。
それでいいじゃない。


だからあのとき、私を命がけで守ってくれた母にはやはり頭が上がらないんだな。







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