京都盲唖院・盲学校・視覚障害・点字の歴史 -7ページ目

京都盲唖院・盲学校・視覚障害・点字の歴史

視覚障害教育の歴史を研究しています。京都盲唖院、古河太四郎、遠山憲美、鳥居嘉三郎、石川倉次、好本督、鳥居篤治郎、小野兼次郎、斎藤百合、エロシェンコ、楽善会、雨宮中平、点字

    映画撮影 盲唖学園の珍景
  校長が技師で盲唖生が俳優 廿六日城中で封切り
 県立盲唖学校では八十三名の聾生の映画教育に着目し校長田岡千春氏は自ら同校の教育ぶりを中心とした第一回作品〝ある日の盲唖学校〟のシナリオを脱稿数日前から校長自らカメラマン兼監督となってクランクしたがやっと十三日までに四百メートルを完成廿六日夜城東中学校講堂で本社点字毎日および高知支局後援で催す〝盲唖教育映画と講演の夕べ〟にその不幸な生徒たちの学習記録を封切り上映し父兄や参観者に公開することとなったが同校ではさらに第二回作品を計画中である
 (写真.同年7月14日付け大阪毎日高知版より)

 「不幸な」や「可憐な」は、紋切り型の古い形容だが、自作の映画で盲・ろう教育の実際を伝えようとした試みは、それ以前の幻燈(スライド)を超える新しいスタイルだった。京都府立盲学校にもほぼ同じ時期のモノクロ無声映画フィルムが残っており、当時の学校生活が描写されている。高知の〝ある日の盲唖学校〟フィルムは現存するのだろうか。見てみたい!

 

 

 1948年に創設された兵庫県立淡路盲学校は、同淡路視覚特別支援学校となった後、2009年3月末をもって閉校となった。
 
 手元に、創立23周年と30周年の記念誌がある。どちらも、創立は1948年と記されていて、前史には全く触れられていない。

 しかし、京都市立盲唖院を出た小林卯三郎(後に奈良盲学校を創立)が若い頃(明治期)に、神戸訓盲院の淡路分教場で勤務し、1912(大正元)年8月から私立淡路訓盲院で働くようになり、以後約7年間同院に勤務した。(あずさ書店『道ひとすじ 昭和を生きた盲人たち』より)

 淡路盲学校と淡路訓盲院に、直結するえにしがなかったのかとは推測しうるが、淡路訓盲院を掘り起こしておかねばと思う。どこから着手するか。  【写真はヤマガラ】

 

  
 

2020年8月18日(火) 20:40 岸博実 <hiromikishi@gmail.com>:

 

 

--

                 岸 博実

 どなたか、徹底的に研究なさいませんか。

 京都盲唖院一期生・山口巌については福田恭子さんによる博士論文があります。その山口を育てた松阪春栄については池田和花奈さんによる論考が生まれました。

 京都盲唖院初期の邦楽教授陣には古川龍斎もいました。彼が育てた弟子には渡辺正太郎などがいます。最盛期には、知恩院の大広間を借りて、2千人もの聴衆を集めたと記録されています。渡辺の流れをくむ萩原正吟の系譜はつい先年まで祇園の花柳界で筝曲や三味線の教授を担ってきました。

 大きなスケールでこれを描く若手の登場を切望しています。

 写真は、大阪市立盲啞学校長であった宮島茂次郎が<序>を寄せた『新古正調 筝曲撰修完』(点字毎日の創刊と同じ-1922年刊-岸所蔵)を監修したうち<京都の検校たち>のグラビアです。渡辺、中石、井原、坂本、津田大検校の和装・検校衣装姿が並んでいます。

 

『中央盲人福祉協会会誌』第十一号(1939年)より
   (漢字表記は現在のものに変えることを基本とした)

   読本器の発売
 今次事変による失明軍人並に一般盲人の福祉のためにとて本協会が日本ビクター蓄音器株式会社に委嘱して製作を急いでゐた読本器は、物資統制、輸入禁止、材料騰貴等の種々なる困難に遭遇しながらも遂に昨年末電気式機械一百台が完成し今季にはレコード二千五百枚が出来上つて、愈〃之を専ら失明軍人、盲学校、盲人団体並に一般盲人に頒布することになつたが、この製作については協会はもとより日本ビクターに於ても犠牲的に之に当つて居り、また各方面の特志の援助を受けてゐるものでもあるので、使用者は厳密に盲人に限ることゝとし、左記の様な要項によつて発売することになつた。

   読本器頒布要項
一、 読本器機械並レコードは盲人のため特価を以て頒布するものなるを以て購入者は盲人盲学校並盲人団体に限ること

一、 購入希望者が個人なる場合は盲学校長又は盲人団体代表者の盲人証明書を添付すること
右証明書は普通盲人として生活せるものなることを證するに足るものなること

一、 機械には登録番号を付しあるに付購入者と雖も之を他に転売譲渡又は質入せざること

一、 購入者が機械並レコードを使用せざるに至りたる時は之を他の盲人の利用に供する様工夫すること

尚今年度発売レコードは次の通りである。

 読本器レコード目録 
一月発売レコード
  レコード名         吹込者
 読本器に就て       原泰一        【岸・所蔵】
 講談 出世角力       大島伯鶴  一枚
 国民文化の大指導者明治天皇 文学博士 辻善之助 三枚
 演劇 故郷の山 富岡先生  新国劇 澤田正二郎 一枚
二月発売レコード(略)
三月発売レコード(略)

 読本器頒布価格
電気式機械 一台 二百二十五円
手捲式機械 一台   八十五円
レコード一枚   三円九十五銭

 

 

 1940年ごろのものらしき『大毎刊行物通信』(毎日新聞大阪本社)【写真】に点字が説明されていました。 縦3点×横2列の6点点字を、「真田の六文銭」に例えてあります。時代を感じさせもしますが、これからも活かせる表現かもしれません。

 

明石書店刊の拙著『視覚障害教育の源流をたどる-京都盲啞院モノがたり』テキストデイジー版がサピエに登載されました。正誤表の内容も反映されています。どうぞご利用ください。

点字データ・音声データは制作中です。この夏から秋にかけてサピエにアップしていただける見込みです。

 

視覚障害教育の源流をたどる

♪ 校庭とおぼしき広場。大勢の観衆が取り囲む中で、集団演技中の生徒たちという風情。密!

「父兄が遊技している」のではなく、「保護者に生徒の遊技を披露する」催しだったのでしょう。

年次は不詳。大人の服装は和洋入り雑じっています。万国旗と日の丸も。