京都盲唖院・盲学校・視覚障害・点字の歴史

京都盲唖院・盲学校・視覚障害・点字の歴史

視覚障害教育の歴史を研究しています。京都盲唖院、古河太四郎、遠山憲美、鳥居嘉三郎、石川倉次、好本督、鳥居篤治郎、小野兼次郎、斎藤百合、エロシェンコ、楽善会、雨宮中平、点字

2026年8月7日・23時58分から放送されるTBS系列の「ニュース23」に出演します。今年も、「戦時下の障害者」をめぐる取材依頼を複数いただいたのですが、そのうちの一つです。 → 防空監視、そのための施設や人的動員の実態に新しい資料も駆使して迫る内容になりそうです。 → 私も「盲人防空監視哨員」について資料を提供し、短いコメントを寄せました。 → 実際には0時を過ぎてからの扱いになるようです。夜も遅いですから、録画や見逃し配信を利用なさるのがよいかとも思います。(写真は、水木しげる記念館で許可を得て撮影した義手・戦争による犠牲を物語る。】→ 同番組の予告https://www.tbs.co.jp/tv/20260807_B741.html

 大阪朝日 昭和10年8月15日 (漢字は現行のものに変更)

  心眼で名園〝観賞〟 盲人四人が揃つて 神戸から金沢兼六園へ

天下の名園の名を慕ひ遠くは九州辺りからまで兼六公園に杖をひく人はひきも切らず終日観賞逍遥する人で賑はつてゐるが十四日朝は四人の盲人がわざわざ神戸から名園を観賞すべく訪れて来た、この人達は神戸林田区二葉町神戸鍼按学校教諭岡崎與三吉さん、亀屋庫五助さんたちで夏季休暇を利用して各名所旧跡を訪ね十四日朝山代温泉から来沢したものである

 兼六公園はどんな工合ですかと逆に質問して見ると山崎山の芭蕉の日を撫しながら憮然として「心理的に申しますなら一木一草の香にも名園の古雅な味にうたれます、一石の配置、配水の妙味も枯淡なゆかしさをしみじみ感じます」

と語つて「今日はこれから市内の盲唖学校を訪ね夜行でまた山代に帰ります」(金沢)

Valentin Hauy Founder Institute For The Young Blind Bi-Centennial Medal これは、1984年に「パリ訓盲院創立200周年」記念として制作された公式メダルかと思われるが。。。表面にアユイ像、裏面に点字(HAÜY)と手指のレリーフ。ただ、ネット上にはこれとは少しデザインの異なるものばかりが掲出されている(このメダルのアユイ像はやや左寄りに配されているが、ネット上で見ることのできる分でのアユイ像は中央に位置している↓)。もしかしたら、別の時期のもの?https://www.bing.com/images/search...

「日本における点字普及の歴史と点字文化」社会福祉法人日本視覚障害者団体連合・発行(非売品ですが、読書工房さんが普及に協力してくださいます。ご希望のかたは、読書工房サイト内に示されているURLからどうぞ。)表紙写真<点字を両手指で触読している様子> 私も執筆に加えていただき、「盲教育の発展と点字の普及」の章を担当しました。→ 『日本における点字普及の歴史と点字文化』(非売品)を読書工房のウェブサイト限定で特別販売! - 読書工房 【写真は、2013年にルイ・ブライユの眠るお墓に訪れたときのスナップ

表面には、ルイ・ブライユの胸像と点字(1809 1852 Louis Braille)が浮き彫りにされている。直径38.61㎜。周縁にはINTERNATIONAL YEAR OF THE DISABLED LOUIS BRAILLE ONE CROWNと刻まれている。 この場合の点字は、1マスが縦2㎜、横1㎜程度であり、極めて小さい。私には触察しがたい。これは銅ニッケル製だが、金やプラチナのもあるらしい。裏面にはエリザベス女王(2世)。 ☆注1.1809 1852は、ルイ・ブライユの生年・没年を指すが、1字ずつに数符が前置されているようで、マスとマスの間がちょっと狭いなあという感じ。 ☆注2.点字の本と触読する右手もレリーフに造形されていて、その本のなかの点も表現されている。上記の点字よりも更に小さく、手指に隠れているからほとんど読めないが、Brailleと読み取れる箇所もある。右の1行目。これこそ世界最小の点字かもしれない。

♪ 1939年から下賜された戦傷奉公杖(陸軍用)の握りの部分について、従来、「荒鷲」を模したものと紹介してきましたが、正しくは「金鵄」(神話に出てくる金色のトビ)だとする資料-傷痍軍人会の発行物や当時の新聞記事など-を確認しましたので、取り急ぎ、ご報告し、訂正します。 <資料 写真> 少年倶楽部1939年11月号より。「事変で名誉の傷をうけた兵隊さんたちへ、こんど陸軍大臣から、戦傷奉公杖がおくられることになりました。この杖は、桜の木でつくられ、長いのと短いのと二いろありますが、いづれも握る部分は、かねで、ほまれのしるしの鵄(とび)がほられてゐます。木の部分を白塗りにした長い杖は、眼を失つた勇士に、鳶色塗りの短いのは、脚をなくした勇士に、同じく鳶色の長いのは耳の聞えなくなつた勇士におくります。軍事保護院調」・・聴覚に障害を負った人にも贈られたとは、初めてみました。

♪ トランプなどのカードを挟み込んで点字を書き加えるための金属製点字器【写真】 縦8.9㎝ 横5.2㎝ 厚み3㎜(素材の金属板は1㎜厚。それを左端で折り返した一体型。マス数は、上・下ともに7マス)
 ・同じものを持っている、あるいは見たことがある方はいらっしゃいますか。
 ・メーカーを調べていますが、ロゴもなく、ハッキリしません。AI(Copilt)も【製造時期・1965〜1985年 製造者・地域の補装具工房】などとしか答えてくれません。仲村なら仲村製と刻印されているはず。外国製かもしれません。先輩(故人)からのいただきものです。ご存知のかた、ご教示ください。よろしくお願いいたします。

1923(大正12)年8月27日の発布を祝して、文部大臣と諸官僚、そして全国各地の盲学校・盲唖学校長・関係者(88名)の肖像を集めたポスター様式の記念品。校長には、視覚障害当事者も多い。当時の全国盲唖学校数は96校などと記されている。義務化の規定には中途半端さも残した勅令だったが、盲・ろう教育の義務化や分離を求める運動の貴重な到達点だった。【写真は、岸所蔵・私費でラミネートしたもの 縦60㎝弱 横約90㎝】