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密教僧のブログ

幸せになる人間と不幸になる人間は何が違うのか。目に見えない世界の法則を密教僧が解き明かします。

言葉は、言霊といわれているように、思考同様にして、エネルギーをはらんでおります。

実際のところ、誰もが、言葉を交わすことによって、励まされたり、勇気づけられたりします。

 

反対に、他者のなにげないひと言で、気持ちがくじかれ、落ちこむこともあります。

 

それだけに、言葉には力があるのです。したがって、言葉は慎重に選ぶ必要があります。

 

大概の方が、当たり前のように、自分自身に向けて否定的な言葉を発しがちです。

 

他人に誉められたときなども、まるで謙遜する事が美徳であるかのように思い違いをし「そんな事ない」といって自分自身を否定します。

 

できるはずがない、やるだけ無駄、いまさら遅すぎる、など

 

自己否定の言葉は、一瞬にして、心を塞ぎ、萎縮させ、みずからの可能性を閉ざしてしまうのであります。

ですから、自分だけでなく、子供たちはもちろんのこと、他者にそうした言葉を発することなどあってはならないのです。

 

また、自己否定は、本来の自分、あるいは魂に対する信頼の欠如であり、その思いはそのまま宇宙に向けられたも同然なのであります。

 

 

 


資本主義という経済は、人の心と地球環境を破壊してしまいます。


行動経済学という学問があるように、経済を動かすのは人の心理であります。


たとえ給与が上がらなくとも、未来への希望をもてる社会、幸福感の高い社会ならば、人はどんどんお金を使い、景気は上向きになります。

 

しかし、資本主義、拝金主義によって心と環境がずたずたになれば、不幸な人が増えて、お金のめぐりが悪くなり、景気は低迷し経済が破綻します。

 

 

人が楽しいと感じるものを与えたり、社会が抱えているさまざまな問題を解決することで、人を幸せにする企業だけが残ることができるのです。

 

 

企業だけでなく個人レベルでも同じことがいえます。

 

 

環境破壊や人の不幸を助長する仕事ではなく、人と社会の幸福に貢献できる仕事を選ぶ。

 


お金のために苦しみながら働くのではなく、自分が楽しめる仕事に就き、自分の潜在能力を最大限に開花させる。そうするならば、間違いなく幸福な成功者となれるのであります。

動物を飼うときは、その動物をずっと飼い続けていくという責任を絶対に持って下さい。いらなくなったからと、自分の都合で捨ててしまうことは、動物因縁を持ってしまうことになります。

 

飼い主から離されてしまった動物は、寂しい、悲しい、家はどこかと探し回ります。次に自分の運命を悲しみます。

 

 

やがて、自分の飼い主の顔を胸に抱きながら、どうして自分が捨てられたのかわからず、打ちひしがれた悲しみの中で死んでゆくのです。体は死んでも、魂はどうして捨てられたのかという疑問を抱き続けることが、一つの因縁を作りあげるのです。もし、自分がその犬だったら、とお考えください。

 

 

愛玩犬は、人間の慈悲によって生きるものであります。

 

 

 

 

 

 

犬の十戒(犬の気持ち)と言われる、作者不明の名文を書いておきます。

 

 

 

 

 

 

 

1.私の一生はだいたい10年から15年。あなたと離れるのが一番つらいことです。どうか、私と暮らす前にそのことを覚えておいて欲しい。

 

 


2.あなたが私に何を求めているのか、私がそれを理解するまで待って欲しい。


3.私を信頼して欲しい、それが私の幸せなのだから。


4.私を長い間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないで欲しい。あなたには他にやる事があって、楽しみがあって、友達もいるかもしれない。でも、私にはあなたしかいないから。


5.話しかけて欲しい。言葉は分からなくても、あなたの声は届いているから。


6.あなたがどんな風に私に接したか、私はそれを全て覚えていることを知って欲しい。


7.私を殴ったり、いじめたりする前に覚えておいて欲しい。私は鋭い歯であなたを傷つけることができるにもかかわらず、あなたを傷つけないと決めていることを。


8.私が言うことを聞かないだとか、頑固だとか、怠けているからといって叱る前に、私が何かで苦しんでいないか考えて欲しい。もしかしたら、食事に問題があるかもしれないし、長い間日に照らされているかもしれない。それか、もう体が老いて、弱ってきているのかもしれないと。


9.私が年を取っても、私の世話をして欲しい。あなたもまた同じように年を取るのだから。


10.最後のその時まで一緒にいて欲しい。言わないで欲しい、「もう見てはいられない。」、「居た堪れない。」などと。あなたが隣にいてくれることが私を幸せにするのだから。忘れないで下さい、私はあなたを愛しています。

 

 

 

世の中には裕福で、幸せに暮らしている人もいれば、一生、不幸続きで終わる人もいます。


一度は誰でも、世の中、不公平だと思ったことがあるのではないでしょうか。しかし、不公平でもなんでもなく平等なのであります。自分が過去からおこなってきた、思考、行動がすべて因果となり、現在の環境をつくり出しています。魂のレベルに応じた人間関係、環境をつくりだしているのです。



極貧で明日の食事もままならない人間もいれば、富裕層に飼われて何不自由のない生活をしているペットもおります。


また、同じ動物でも、いい人間に飼われて、幸せに生活している動物もいれば、保健所に連れていかれて、殺処分されてしまう動物もおります。


この大きな違いは、どこからくるのでしょうか。運命ではございますが、すべての原因、他との違いをつくりだしているのは、自分自身なのです。それが、理解できないことには、運命が変わることはありません。未来永劫、同じような環境の繰り返しとなるのです。





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この写真をご覧ください。


人のために生きる動物もいれば、人を陥れる、不幸にする、また殺める人間もおります。


犬という姿でも人間以上の魂をもつ動物もいれば、人間の姿でも動物以下の魂をもつ人間もおります。


人間である以上、人間に相応しい魂をもっていただきたいものです。


当然、人の役に立っている犬が、人を不幸にする人間より、よい生活をしていても何の不思議もありませんし、平等なのであります。











人の心はいつから荒んでしまったのでしょうか。

他人を騙す、陥れる、嘘の情報を流す。そのような人がとても増えております。

人と人、人と自然の調和がとれなくなっているのです。地球も病んでおります。

このままでは、未来はどうなるか誰でも想像できるでしょう。

現代社会では、自分を見失っている人が実に多いといえます。

本来は、純粋でよい人間でも関わる人が悪く、自分を見失って悪い方へいってしまう人も多いのではないでしょうか。

しかし、どんなに悪人でも、元々、心が腐敗しているわけではないのです。必ず、何かのきっかけがあるのです。それが因縁といえば因縁でしょうが、努力によって必ず、良い方に向かうことができるのです。

本来の自分を取り戻す(浄化する)ことは非常に大切なことです。
浄化するには、いろいろな方法がございますが、一番簡単な方法は、幼い純粋な頃に聴いた歌、音楽などを聴いて、その当時を思い出すとよいでしょう。音は波動であり、不思議な力があります。その当時のぼんやりとした記憶、純粋な自分を呼び起こしてくれるのであります。

他には、日常を忘れられる場所にいくのもよいでしょう。
腐敗してしまった世の中で、本来の自分を見失わないで欲しいものです。

一日数分でも、幼い頃、純粋だった頃、楽しかったことを思い出すとよいでしょう。
何度も申し上げていますが、誰でも、心に変化が起きれば必ず運は開けるのです。まずは、純粋な状態にすることが重要なのであります。


以下の歌もお聴き下さい。多くの人が、純粋だった幼い頃を思い出すのではないでしょうか。



稲の根をそのままにして土盛りをしただけの宅地造成で家を建てると、腰から下の病気が起こりやすくなります。


田んぼに家を建ててしまって、もう動きがとれないという場合には、まず、一合のお酒に水を二合加えて薄めて下さい。家の四隅に穴を掘り、無精製塩をひとつかみずつ入れ、先の薄めたお酒を上からかけてお清めをします。お塩とお酒で土地は浄化されて障りはなくなります。

これは大地に対しての礼儀であります。田に家を建てるときは必ずおこなって下さい。


また、田んぼや沼など水の多い場所には、小動物がたくさん住んでいます。生きものを殺生するわけですから、障りをおこすこともあります。土地ばかりでなく住宅を新しく購入するときにも、その土地が前に何であったかをよく調べてからにすべきです。





ある人が飛行機で出張する予定であったが、飛行場に着くのが数分遅れてしまい、そのために乗り遅れてしまうと、なんて運が悪いんだとその人は思うと思います。


ところが、その飛行機が墜落してしまいます。数分差で乗り遅れたその人の事を、傍から見ると運がいい人と思うのではないでしょうか。

 

しかし、この人より、さらに幸運な人がいるのです。
それは飛行機に乗ろうとさえ思わなかった人であります。そもそも飛行機を選ぼうともしなかった、飛行場すら近づかなかった人のほうが、はるかに運がいい人なのです。

 

 

別の話で、こんなのもあります。

 

昔、ある剣術の達人がいました。その人とお弟子さんが歩いていたとき、後ろを通ると必ず蹴るという暴れ馬が道につながれていました。


弟子が後ろを通ると、案の定、馬は足を蹴り上げました。弟子は素早く身をかわして、見事に通り抜けたのであります。そばにいた人たちは、さすがあの達人のお弟子さんだと関心していたのです。

 

ところが、剣術の達人はと言うと、馬がつながれているはるか何百メートル手前から、道を迂回しました。そして、弟子のところに近づくと、お前もまだまだだ。と言ったのであります。

 

 

何が言いたいのかというと、本当に運がいい人は、そもそも危ない場所には近寄らない、ということであります。

 

 

危ない場面に遭遇して、切り抜けたり、倒産や破産の逆境から這い上がってきた人達を運がいい人と思いがちです。 もちろん、這い上がれない人の方が圧倒的に多いですから、運がよい事には間違いありません。しかし、本当に運のよい人は、そもそもそんな場所に近づかないし、自分を危険な状態に追い込むこともないのです。

 

 

動物は事前に危険を察知し、回避行動に出ます。大地震が起きる前に小動物が逃げ出すのはよく知られた話です。

 

 

はるかに進化した人間は、その能力をフルに駆使すれば、必ず不運は回避でき、運がいい快適な状態に自分をおくことができるのです。

 

 

では、その能力を駆使するには、どうすればよいのでしょうか。心のあり方を変えるのであります。心と行動、体は一致しており、健康や人間関係、仕事、お金も心のあり方そのままに動いているという事なのです。

 

 

さらには、心のあり方で顔まで変わってくるのです。見た目が綺麗な人でも心が醜くなると必ず顔に出るのであります。

 

 

運を良くしようと、さまざまな開運法を試みたり、成功本を読んだり、神仏を拝んだり、どこかで祈願をしてもらおうとする人も多いことでしょう。

 


しかし、心の法則を知らずに、そのような事をしても、それは汚れた顔を鏡で見て、鏡のほうを一生懸命ふいているにすぎないのであります。

 

心が変わると、身体から発する氣の質が変わります。そして、本来人間が持っている内的感覚が鋭くなります。内的感覚が研ぎ澄まされると、危険を回避する能力が高くなるのです。

 

 

そして、運命まで変わるのであります。

 

 

もし、子供がいなくて、亡き後、自分を供養してくれる人がいないならば、自分が元気でいる時、できる時に、先祖霊に供養し続ければ良いのであります。

養子をもらって、その養子とうまく折り合っていければよいのですが、折り合いが悪く苦痛を感じるようならどうでしょうか。また、その養子が必ず供養をし、お墓参りしてくれるという確証があるとはかぎりません。


自分の人生を大切にし、そして悔いなく生きることが人間の幸せなのです。


死後、自分を誘導してくれるべき先祖霊に対し、供養し続ければ、自分の死後、誰も供養してくれなくても、極楽という名の高速道路の中に入る事ができます。何も心配する事はありません。


後は、その道を進んで、生まれ変わりをする、という終着点に向かって進んで行けば良いのであります。

どうぞ、子供がいないから、お墓参りしてくれる人がいないからという理由で、不本意な養子を受け入れたりしないで下さい。


軒を貸してお母屋を取られる、と昔から言われていますが、自分のほうが気を遣い、養子の機嫌を伺いながら暮らすような事は、なさらないでいただきたいものです。

 

人を見抜く事は、難しいようで意外に簡単なのであります。

 

 

悪口、愚痴ばかりを言い、そして嫉妬心の強い人間は、関わると必ず災い、不幸をもたらす事になるのです。また、そのような人間の言葉のほとんどが嘘である事が多いのです。

 

昔から嘘は泥棒の始まりといいますが、人の悪口、愚痴を言い、そして嫉妬する事は、犯罪者の始まりなのです。

 

 

お釈迦様の言葉の中で、よく出てくるのが「同調圧力」に対する考え方です。お釈迦様は、「同調圧力には気をつけなさい。自分をしっかりもって、悪いものは遠ざけなさい。と言うのであります。

 

 

悪口や不満を持った心と付き合っていると自分の心まで悪い影響を受けてしまうから避けなさい。という事なのです。

 

 

 

 

ブッダの真理のことば。

 

 

 

 

すでに(他人が)悪いことばを発したならば、(言い返すために)それをさらに口にするな。(同じような悪口を)口にするならば悩まされる。聖者はこのように悪いことばを発することはない。愚かな者どもが(悪いことばを)発するからである。

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

斎藤一人さん 自分を護るための人を見抜く力(眼力)も書いておきます。

 

人間関係のなかでね、人の悪口を言う人がいるのね。人の悪口を言う人って、ほぼ100パーセントの確率で、あなたがいないときにあなたの悪口を言っているよ。

 

 

悪口いうのは、もう病気みたくなっちゃってんの。悪口を言いだしたら、あなたの悪口を言う人もいるし、人の悪口を言う人もいるけど、そういう人に近づいちゃダメだよ、波動が悪いからね。

 

 

あなたが的掛けられて悪口を言われたとしても、精神論的には、あなたは言わないこと。

 


あなたがその人の悪口を極力言わないこと。言われっぱなしで損じゃないかって思うけど、言ってる人って言うのは、自分が言っている言葉の毒で破滅するの。


悪口とかって言うのはよく昔の人が「あの人の言葉って毒があるよ」と言うけど、本当に調べてみると毒があるの。

 

悪口やなんかをいっぱい言っている時の空気を一升瓶なんかに入れて、ハエやなんか虫入れて、普通の息を入れた時と、はるか違うだけの速さで、虫が死んじゃうとかね。そういう実験してる人がいっぱいいるんだよ。

 

 

そういう毒を吐く人がいるの。
で、当人は毒を吐いていると思ってないの。それくらい毒に麻痺してしまっているの。自分は悪口を言ってる気がないんだよ。だけど、あきらかに言っているんだよね。

 

 

またそういう波動で集まってきて、一緒に悪口をいっている人がいる。それは、そういう人たちだけ集めておいて、あなたはそっとそこから逃げな。

 


その悪い波動に浸っているとね、あなたの運勢まで悪くなる。

 

名指しで、あすこが悪い、ここが悪いって言ってる人が出てきたとき、私はたいしたやつだと思わないの。
ホントにすごいやつ、つうのは、「ひとりさんの会社こういうとこが素晴らしいですよね」とか。「だけどうちも微力だけどがんばってるんですよ」とか言うような、相手を誉めるようなやつが出てきたときは手ごわいぞ。と思うけど、人のことを貶してるようなやつは手ごわくもなんともないの。

 

 

人の悪口を、平気で言ってるやつを相手にしちゃダメだよ。そういう人間はどうやってやっつけてやろうじゃないの。

 


必ず自分の言葉で自滅するの。


自分が出した毒を自分が吸うの。

いつも悪口を言っている人、妬み心の強い人、恨みっぽい人。こういう人は、犯罪でも犯すよ。

 

人を殺すような人間みててごらん。いっつも人の悪口いってんの。それから、妬む人。それって、もう狂ってるよ。

 

 

自分に出来る事は何ですかっていうと、相手に言われてもこっちが極力言わない、相手にしない。相手にすると向こうの毒とこっちの毒と両方が毒出しあっちゃうんだよ。

 

 

相手にしなければ、自分の毒が自分に降りかかるだけなんだよ。

 


言われっ放しで、損だとか思っちゃダメだよ。相手にしなかったら、その毒は全部、自分の所へ行くもんなの。


こちらが言わなければいいだけのこと。

 

もう一回言うよ。いつも人の悪口言ったり、やたら執念深かったりね、それから、いつまでも人のことを恨む恨みっぽい人って、そばにいると危険だよ。だから、これは本当に考えたほうがいいよ。この人間から離れようと思わないと、自分の運勢まで悪くするし危険だよ。

 

 

これからいろんな犯罪が起きた時、ずーっと聞いててみな。必ず恨みごと、悪口、やたら執念深い、そういう人間だよ。

 


直してあげようとかって思っちゃダメだよ。絶対、直んないからね。これも眼力のひとつだよ。凄い大切なことだからね。

 

会社同士でもそう、普通の人間関係でもそう。たいしたことのない人間が、一番やること、怨み言。

 

 

それよりも、自分のお世話になった事とか、ありがたかった事、本当に助かるねとか、あの人には助けてもらったんだとか言う人は伸びる。

 

 

自分が破滅して、波動を悪くする人の特徴は、自分がやってあげたことを言いまくるの。こんなに私はしてあげたのに……

 

 

でも、まともな人間は、お互いが助け合って生きているんだよね。
それを、やってあげた事ばっかしを、ずーっと言うような人で、まともな人間はいないよ。

 


大概、助けたり助けられたりしているんだよね。私ばっかし助けてきました、みたいのまずないよ。
また、本当に助けるような人だったら、人にやってやったこと覚えてない。いついつこれやってあげたのに、とかって……
覚えてること自体が、おっかしいよ。

 

私は、あの人にこうやってあげたのよ、こうしてあげたのとかいうけど、なんかいい人のように思うけど、本当にいい人は、そんなこと言わないよ。

 


ただ、黙ってやってあげるだけだよ。

 

人間関係のうちで、この眼力を見損ねると、仕事もダメにするし、ヘタすると命も失くすこともあるよ。

 

ジーッてこうやって見てると、こいつおかしいって分かるよ。

 

みんな、眼力を養わないといけないよ。
眼力とは、見抜く力だよ。

 

 

 

 

 


離婚はしないにこしたことはありません。
しかし、世間体だけを考えて嫌々ながらの結婚生活を続け、離婚しない夫婦は霊になってからも後悔の念が消えず、成仏の道を閉ざされる事があります。


決して離婚がよいとは言いませんが、ただ、あまりに重い後悔の念をもったまま霊界に旅立つのは、成仏しにくいということです。


世間体だけで離婚しないのも不幸な事です。
離婚せざるを得ない場合は、子供がいる場合、子供を第一に考えたうえで、お互いにとってより幸せな解決法を見いだすべきでしょう。


後悔、我慢、忍耐だけの結婚生活は、死んでも安らかに成仏できない霊になりがちなのであります。

やむを得ず、離婚する場合は、何度も言いますが、子供を第一に考えるという事が重要です。
子供を不幸にさせるようならば、深い因縁をつくる事になるからであります。