燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」 -5ページ目
今日のご紹介は<蓬川温泉 みずきの湯>なのです。

<スーパー銭湯度☆☆☆☆>


かつての日本の高度経済成長期を支えた全国の工業地帯。関西圏の
工業地帯として形成されたのが「阪神工業地帯」でした。大阪~神戸
の湾外沿いにサマザマな工業、企業が設立され、日本の御家芸とも
称された加工貿易を中心に隆盛を極め、戦後の日本経済の屋台骨と
なったことは、オマエタチ皆々様も学校の授業で御習いになったこと
でしょう。その阪神工業地帯を形成する都市の一つである「尼崎市」に
所在する温浴施設「蓬川温泉 みずきの湯」を御紹介いたします。
尼崎市は実はワタクシの地元でもあります。日本の高度経済成長期の
真っ只中、タクサンある沿岸の工場の煙突からは煙がモウモウと吐き
出され排水は川に流される時代、現在の日本のような環境保護など
ナンのソノ、作れ!造れ!出荷しろ!の叫び声が聞こえてそうなほど
各工場はフル稼働の日々でした。当然、空気は汚れ、川は濁っていき
昭和40年代から尼崎市は「公害の街」としても全国的に知られていた
のであります。カクいうワタクシも、世を忍ぶ仮の姿の幼少時代は「小児
ぜんそく認定患者」でありました。小学生時代は「光化学スモッグ警報」
が発令され、その日の体育の授業は中止、あとの授業も中止になって
早期の下校なんてこともショッチュウでした。しかし子供心としては学校
の授業が早く終わる、この「光化学スモッグ」は悪いと分かっていながら
歓迎しておりました。それに加え、毎年の夏には小児ぜんそく認定患者
の子供達が集まり、避暑地にある尼崎市市営の保養施設に行くという
イベントもありました。空気の良い場所に行って、少しでも小児ぜんそく
の症状を和らげるというのが名目だったようです。
そんな工業地域の街=「工都」とも言われた尼崎市、現在は兵庫県下
となっていますが、明治時代には前身の「尼崎藩」から「尼崎県」となり
大阪、神戸に並ぶ、独立独歩の街でもあったのです。
戦前・戦後と日本の産業の中心となったのは繊維産業でした。そして
製紙産業と、イズレモ「糸」偏の産業でありました。海に面した地形で
あり、大阪~神戸間の輸送の便の良さもあって高度経済成長期には
働き口を求めて、市外から沢山の人が移り住みました。
産業の隆盛、人口の増加。この2つの要素は相反するものであります。
人の住む地域である場所にも関わらず、高度経済成長期の日本では
都心部に近い工業用地が多く求められたのです。そうして職を求めて
流入する人々の住居…これら相反する要素を解決したのが「準工場
地域」でした。ウィキペディアには「都市計画法による用途地域の一つ
で、主に環境悪化の恐れのない工場の利便を図る地域である。住宅や
商店など多様な用途の建物が建てられる用途地域であり、土地利用の
選択肢が多い反面、しばしば住宅と工場・遊戯施設などが混在し、騒音
などのトラブルが起こりがちでもある。」とあります。
(出典・引用 ウィキペディア 準工業地域)
この準工業地域という区画によって、人口オオヨソ50万人の居住する
一大産業都市への道を歩むのでした。衣食住の確保と良く言われます
が、この衣食住を確保するには仕事がなければなりません。そうして
勤務先が自宅から近距離にある、この好条件により尼崎市は未曾有
の人口増を見るのです。それは企業にとっても好都合でした。生産の
拠点・営業所の拠点を作っても人を雇えなければハリコの虎も同然、
バブル期には企業がコゾッテ尼崎市に進出したのです。
そして、その増え続ける人口の住居の受け皿となったのは行政主導の
市営住宅でした。ワタクシのブログ稚拙「スーパー銭湯へ行こう!!」の
三田温泉 熊野の郷の中で記述しておりますが、高度経済成長期へと
邁進した当時の日本では深刻な住宅不足が問題となっていたのです。
http://ameblo.jp/ringmutaro/entry-11716040408.html 
その住宅不足対策として日本政府がヨウヤクその重い腰を上げたのが
昭和30年設立の「特殊法人 日本住宅公団」でした。翌年の昭和31年
に大阪府堺市に「金岡団地」が出来上がるのです。しかしながら人口
増の対応策は急を要するものであり、尼崎市は先だって「市営住宅」
をツクッテいくのです。尼崎市は以前の行政区画であった中央・小田・
大庄・立花・武庫・園田の地区に市営住宅を建設していくのです。
そして兵庫県による県営住宅など行政による公営住宅が次々と建設
されても追いつかない時代もあったと思われます。
やがて未曾有の好景気「バブル期」をへて失われた10年へと突入する
日本。時代の流れは住居を必要とする「家族」の形を様々なスタイルへ
変化させていくのです。「核家族」「独身貴族」「シングルマザー」etc…
バブル崩壊後に生まれた、これらのキーワードは「家族」の形だけでは
なく、アラユル分野へと影響を及ぼしていくのです。それは消費動向や
価値観の変化をトモナイながら、バブル崩壊後の日本という国の在り方
を多様な方向へと導いたのでした。


「衣食住」の確保が死活問題だった高度経済期の日本人は、多方面に
渡って、バブル期から「豊かさ」を追い求めていくのです。
最低限の暮らしから豊かな暮らしへ。かつて深刻な問題であった住宅
問題にも、その変化は訪れます。今回の舞台である尼崎市に話を戻す
と、少子高齢化や家族形態の変化にともなって行政主導の公営住宅
は入居者が減少の方向にあっただろうは容易に想像できる訳です。
それは「琴浦住宅跡地活用提案競技参加事業者募集要項」(尼崎市)
「都市再生整備計画(第1回変更)蓬川地区」(尼崎市)そして、更には
「明倫中学校跡地開発による地域の人口動態と経済効果による検証」
(尼崎市)などの尼崎市が公表している資料からも読み取れると思うの
であります。前述の尼崎市営住宅のいくつかは老朽化が進み、阪神
淡路大震災以降は耐震性の問題も浮上、立替などの計画がナサレタ
ようであります。中でも今回御紹介する「蓬川温泉 みずきの湯」以前に
同敷地にあった「尼崎市営 琴浦住宅」は入居者の減少傾向、さらには
昭和28年利用開始という築50年以上経過した建物ということもあった
のか、建て壊すという案が浮上したようなのです。本来なら立て直す、
という選択肢もあったのではなかろうかとワタクシは思う訳であります。
しかしながらバブル期~バブル崩壊後~失われた10年に日本国民の
意識に「豊かさ」という変化が芽生えたように、尼崎市政も大きな変化
を迎えるのです。平成19年、変革を掲げて当選を果たした当時の女性
市長によって中核市への移行表明が発表され、その市長を本部長とし
第1回中核市推進本部会議が開催され、平成21年政令の公布とともに
中核市へとなった尼崎市はそれまでの工業の都市つまり「工都」から
尼崎市公式ホームページにある文言で言えば「にぎわいと活気あふれ
る新都心」へと変革の時期を迎えたのです。(引用・出典 尼崎市公式
ホームページ>あまがさき緑遊新都心より)
この「あまがさき緑遊新都心」はJR尼崎周辺の土地区画整理事業の
中心となり、JR尼崎周辺にあった大手ビールメーカーの生産工場移転
と共に再開発が行われショッピングモールに加えてマンションや大学が
あるミッドタウンとして大きな変化を遂げるのです。それまで準工業地域
だった場所の1部は用途地域変更となり、住居専用の地域となったので
あります。その変革は他の尼崎エリアでも見られました。琴浦住宅跡地
はこれらの変革による後押しを受けて工場以外の施設や住宅以外の
施設を提案する公募案件として「琴浦住宅跡地活用提案競技」として
コンペティションが行われたのでした。
こうして審査合格者が決定され琴浦住宅跡地は地域の活性をウナガス
商業施設へと生まれ変わるのです。その合格者とは?
堺市に所在する「祥福の湯」「堺浜寺温泉祥福」を展開する大手企業で
ありました。これらの温浴施設のノウハウを存分に活かした手腕により
2013年4月に「蓬川温泉 みずきの湯」はその産声を上げたのです。


それでは「蓬川温泉 みずきの湯」のインプレッションでございます。
尼崎市を東西に走る国道2号線を西宮方面へと向かい、尼崎西警察署
のある交差点を左折、尼崎センタープール方面に車を走らせて約3分
ほどで尼崎センタープールの目の前に広大なパーキングが見えます。
それが蓬川温泉 みずきの湯です。近年のスーパー銭湯系の温浴施設
は他業者との複合店舗での出店が多いのですが、第1・第2の駐車場を
備えたみずきの湯はモチロン単独出店です。外観は絶妙なライティング
効果で煌びやかかつ奥行きのある造りであります。エントランスにある
バリリゾート風のオブジェにより異国情緒も漂いそうですが、ガラス越し
に見える風景は近代リゾートホテルの様相です。
それではフロントへと進みます。フロントは入館受付と出口が分かれて
いて、チケット購入の券売機はありません。受付にて精算専用のリスト
バンドをもらいます。御帰りの際に入浴および館内利用の料金を一括
して支払うシステムのようです。リストバンドを受け取って、イザ館内へ。
フロントから左手には岩盤浴エリア、右手が御食事処になっています。
ところで蓬川温泉 みずきの湯は天然温泉ではありません。イワユル、
沸かし湯なのであります。天然温泉という看板はありませんが週末とは
言え、訪問時は日曜日でありサザエさん症候群とも言われる翌月曜日
を迎えることにイササカ不安な心持ちになる時間帯であるのですが…
そんなことには御構い無く沢山の人・人・人なのであります。
同じ尼崎エリアにある他の温浴施設が「天然温泉」の看板を掲げ営業
していますが蓬川温泉 みずきの湯がオープンしたことによって大多数
の利用者がみずきの湯へと流れて行ったことは明らかでした。
JR尼崎駅スグの「金の泉 天然温泉 あま湯」や「尼崎やまとの湯」が
それぞれ諸事情があったとは言え閉店となったことは消費者のニーズ
がモハヤ「天然温泉」以外の何かにシフトしていったことが原因である
と思う訳です。そんな事を考えながら館内を進みます。右手の飲食店
エリアは奥行きがありフワッとしたソファーが並べられています。従来の
温浴施設に有り勝ちな御食事処というより食事だけでも…と思わせる
レストランであります。そのレストランの横にはもう一つお食事処があり
レストランはビュッフェスタイルですが、お食事処は和食をメインに据え
キッチリと棲み分けが出来ているようです。そうして左手には岩盤浴の
エリアがあります。1階の営業面積のほぼ半分は占めるのでしょうか?
かなり大きいスペースが割かれています。残念ながらワタクシはまだ
みずきの湯の岩盤浴「八汗房」を体験していません!って堂々と言うな
とお思いになるかも知れませんが、常にどこのエリアも人が多いので。
もう4~5回訪問してるんですけどね…ですが岩盤浴エリアの入口には
透き通るようなガラスに囲われた部屋があって真ん中には雪を盛った
オブジェがあります。それをずっと見ているだけでも何故だか癒される
感じがするのです。いつも其処が気になって仕方がないのですが。
そして1階の奥には自販機やトイレ、売店があります。2階の大浴場へ
と続く階段の横にはカラフルな配色のキッズコーナーがあります。
こうした小さな子供を連れたファミリーへのフレンドリー感覚も絶大なる
支持を受けている要因なのでしょうね。そうして階段を昇り大浴場へと
向かいます。脱衣場を経て「御風呂」であります。
浴室部分入口から左手にはスタジアムサウナがあります。みずきの湯
の施設全体に感じるのですが、どのエリアも天井が高く開放感があって
ユッタリとした心持てで居られるのです。サウナも天井が高くて尚且つ
ひな壇部分がユルヤカな角度で縦幅があるのでユッタリと過ごせるの
です。右手には洗い場があります。
更に進んで行くと左手には水風呂、そして強烈なジェット噴流が特徴の
回遊風呂があります。右手には電気風呂も1部に備えた寝湯スタイル
のジャグジー風呂あります。空間を見事に活かしているな、と感じるの
はそれら内風呂を囲うのは巨大なガラス窓であり、視線を遮るモノが
極力無いように内風呂室内がデザインされているところでしょうか。
新規オープンだけあって、利用者が温浴施設に求めるモノは何か?を
知り尽くし、計算され尽くした空間がそこにはあるのです。
そうして露天風呂へ向うと内風呂から若干低位置にあるフロア造りで
あります。露天風呂には建屋の軒をそのまま伸ばした屋根があるので
ありますが、低めに設置された床のおかげで外の空間が目に飛び込ん
で来るように思える、そんな開放感があります。
露天風呂も開放感やユッタリ感を演出するデザインで設計されていて
街中の「スーパー銭湯」であることを微塵にも感じさせません。
露天風呂の一番左側には人工泉を使用した大湯船があり、その横に
壷湯、露天真ん中の位置にはソファー風の肘掛を模した座浴部分を
持つ、長方形の湯船がありユッタリ感はハンパありません。露天風呂の
一番外側にある目隠しも兼ねた植樹がありますが巨大なテレビモニタ
があります。この長方形の湯船は、そのテレビが目の前にある位置に
設置されているのです。ソファー風肘掛のある座浴に腰を降ろします。
そうして目の前にある巨大なテレビモニタで番組を見る。すると自宅の
リビングで寛いでいる、そんな錯覚さえおこしそうな癒しが溢れる時間
を過ごせるのです。当然そこには人が集まります。友人同士、家族で
その肘掛に持たれながらテレビを見て、語り合い、ホームパーティの
ようにも見えます。日常の喧騒を離れて御風呂がモタラシテくれる癒し
そしてコミュニケーション。そんな光景がそこにはあるのです。
そうして、その仲間や家族が集う我が家のリビング的な湯船と対称的
に、ヒッソリを離れたエリアが同じ露天風呂にあります。それがワタクシ
お気に入りのスチームバスであります。チムジルバンスパ風のスチーム
バスはヒッソリとした佇まいで、隠れ家的な雰囲気があります。そこで
ジックリと汗をかくのです。そんな独りの時間。1人になり明日のことを
考える、今日一日のことを振り返る、それも癒しじゃないでしょうか。


<御気軽度☆☆☆>
入館料(ご入浴)は大人(中学生以上)は750円となっています、今の
ところは。会員に入会すると700円になるようです。結構リーズナブル
じゃないでしょうか。消費増税やらサマザマな諸事情により変更となる
場合もあるので、必ず「蓬川温泉 みずきの湯」公式サイトで御確認を
お願いいたします。営業時間も朝9時から深夜2時(最終受付 深夜1時)
となっているので混雑がピークの時間帯を避けるのもイイかも。
これらの情報は必ず「蓬川温泉 みずきの湯」公式サイトで御確認の上
ご利用下さいっ!必ず、ですよ~!

<レジャー施設度☆☆☆☆>
ビュッフェ形式のレストランを含め2つのレストランがあります。加えて
岩盤浴、お土産コーナーやリラクゼーションなども有ってレジャーとして
は結構楽しめそうです。ですがそれぞれ営業時間が異なるようです。
必ず蓬川温泉 みずきの湯公式サイトで御確認の上、ご利用なさって
下さいませ。

<蓬川温泉 みずきの湯>
http://www.mizukinoyu.com/

<参考および出典・引用>
尼崎市公式ホームページより
「市営琴浦住宅跡地の公募による貸し付けについて」
http://www.city.amagasaki.hyogo.jp/si_zaisan/10367/010_kotourajutakuatoti.html
「蓬川地区まちづくり交付金にかかる都市再生整備計画について」
http://www.city.amagasaki.hyogo.jp/tosi_seibi/kaihatuproject/zigyou/010yomo_saisei.html
「明倫中学校跡地開発による地域の人口動態と経済効果に関する検証」
http://www.city.amagasaki.hyogo.jp/dbps_data/_material_/localhost/sosiki/010/210508_meirin.pdf#search='%E6%98%8E%E5%80%AB%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E8%B7%A1%E5%9C%B0%E9%96%8B%E7%99%BA%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E5%8B%95%E6%85%8B%E3%81%A8%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%8A%B9%E6%9E%9C%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E6%A4%9C%E8%A8%BC%E3%80%8D'
「あまがさき緑遊新都心」
http://www.city.amagasaki.hyogo.jp/tosi_seibi/kaihatuproject/ryokuyu/

~後編~

「スーパー銭湯」が消費者の支持を勝ち得た理由。やはり「価格」だと
一重に思う訳でありますが、その「価格」を支えた要因はヤハリ昭和の
「日帰り温泉」のイノヴェイター達の失敗を改善したことだと思うのです。
その改善とは?それは御客様の「癒し」に集中したサービスだったと
思うわけです。レジャーの要素をアレモコレも押し込んだ昭和の日帰り
温泉巨大レジャー施設に対してスーパー銭湯は客単価を下げてでも
施設をグッとスリムに絞り込んだ上、消費者のニーズの中でも重要と
思われる部分に経営資源を集中させたことが成功の要因だと思うわけ
であります。では、その重要な部分とは?やはり「天然温泉」でしょう。
加えて「露天風呂」だと思うのです。
消費者が理想とする御風呂=「天然温泉」「露天風呂」、これらを安価
で安易に安心して楽しめる。これこそがスーパー銭湯だと思うのです。
全国各地でスーパー銭湯が産声を上げるなか、このスーパー銭湯の
業態を全国展開で推し進める企業が出てきました。
その一つが極楽湯チェーンです。1996年にフランチャイズ店1号店を
開店させた後はイケイケドンドンで出店を推し進めました。
弊ブログにおいても吹田店、茨木店、堺泉北店と御紹介しております。
極楽湯 吹田店 http://ameblo.jp/ringmutaro/entry-10632549269.html
極楽湯 茨城店 http://ameblo.jp/ringmutaro/entry-11581706481.html
極楽湯 堺泉北店 http://ameblo.jp/ringmutaro/entry-11581713258.html
極楽湯チェーンは店舗により天然温泉利用でない店舗もあるようです
が、イズレモ極上の癒しを持つ御風呂をリーズナブルな料金で楽しめる
温浴施設として消費者のニーズをシッカリとツカミ、営業中であります。
そして極楽湯チェーンの全国展開とホボ同時期に全国展開を推し進め
勝ち組への名乗りを上げた企業がありました。それが「やまとの湯」を
運営およびフランチャイズ展開していた大和システム株式会社でした。
大和システム株式会社は平成17年に株式上場を果たしますが、その
わずか5年後の平成22年には上場廃止となり、さらには民事再生法を
申請します。そして平成23年には温浴事業を他社に継承、やまとの湯
運営会社であった株式会社やまとの湯の事業も譲渡するのです。
追い討ちをかけるように平成24年には会社清算する旨の再生計画の
認可を受けるのです。(引用・出典 ウィキペディア 大和システム)
スーパー銭湯の時代の大波が訪れて、消費者の安価志向をガッツリと
ツカンデいくなかで、一方、その波に押し流された「日帰り温泉」の真の
イノヴェイターたち。関西日帰り温浴施設の「草分け」とも称された、あの
箕面温泉スパーガーデンも時代を同じくして、平成22年に民事再生法の
申請および適用を受けたのです。
それは「アベノミクス」によってもたらされた「両極の層」、昭和の時代
バブル崩壊を勝ち抜いた「勝ち組」をサラにもう一度フルイに掛け、さら
なる「勝ち組」と「負け組」を作り出したということなのでしょう。
今一度申し上げます。弱肉強食が世の常ならば、捨てる神あれば拾う
神あり、もまたこの世のサガなのであります。
箕面温泉スパーガーデンの民事再生法による再生計画のスポンサー
として名乗りを上げた企業がありました。あの大江戸温泉物語グループ
でした。運命とは本当に奇なるものです。消費者の安価志向のニーズ
をガッツリとツカミ、再生手腕による旧勝ち組の施設たちを復活させて
きた大江戸温泉物語グループにより、旧・箕面温泉スパーガーデンは
平成25年10月に「大江戸温泉物語 箕面温泉スパーガーデン」として
再出発を果たしたのです。よろしければ、弊ブログで御紹介いたしました
「大江戸温泉物語 箕面温泉スパーガーデン」を御参照下さいませ。
http://ameblo.jp/ringmutaro/entry-11733854829.html
http://ameblo.jp/ringmutaro/entry-11733861595.html
http://ameblo.jp/ringmutaro/entry-11733866014.html
そして他方、スーパー銭湯ブーム立役者の一人であった「やまとの湯」
は平成23年に事業継承、事業譲渡を受けた企業「株式会社湯快生活」
により体制も新たに運営されていたのですが、平成26年までに突如と
して全国の「やまとの湯」チェーン店を閉鎖しました。
その閉店原因を調べていたところ、蕨市議の保谷武先生のブログにて
その原因と思われる記事を見つけました。以下引用。
『やまとの湯チェーンの運営会社である湯快生活㈱の親会社である
㈱八丁堀投資(旧:㈱スピードパートナーズ)が、2014年5月13日付け
で経営破綻していました。~中略~読売 2014年5月10日記事:スーパー
銭湯入湯税滞納、「源泉権」差し押さえ
この記事によると、2012年から広島県府中町では湯快生活㈱の入湯
税の滞納が始まっていたとのことです。既にこの頃から、グループ内の
優良企業から不良企業への資金の融通が行われていたようです。』
(出典・引用・参考文献: 蕨市議 ほやたけし先生のブログより)
  http://www.hoyatakeshi.com/%E3%80%90%E8%95%A8%E5%B8%82%E9%8C%A6%E7%94%BA%E3%80%91%E3%82%84%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%B9%AF%E3%82%8F%E3%82%89%E3%81%B3%E5%BA%97-%E5%85%AB%E4%B8%81%E5%A0%80%E6%8A%95%E8%B3%87%E5%80%92%E7%94%A3/

上記は埼玉県蕨市にあった「やまとの湯 わらび店」に関して書かれた
記事なのですが、2014年には関西の「やまとの湯」各店の公式サイト
にて閉店の旨のお知らせが次々と掲載されていきました。
デフレスパイラルの日本に一時代を築いたスーパー銭湯「やまとの湯」
ですが、勝ち組企業は「失われた10年」が更に「失われた20年」という
声も聞こえはじめた2014年、もう一度、企業闘争のフルイに掛けられた
のです。もう何度も弱肉強食と申しておりますが、今一度、申します!
捨てる神あれば、拾う神ありもこの世のサガなのです。
関西のやまとの湯に関して、2013年、大阪に本社を置く不動産ファンド
などを本業とした大手企業の運営により「やまとの湯 伏見店」は新たに
「玉光の湯 ひじりのねの湯 伏見店」としてリニューアルオープンします。
そして、2014年には滋賀県の「守山天然温泉 ほたるの湯」を運営する
パチンコ遊技場をはじめ、他業種に事業を展開する京都の大手企業に
より、「やまとの湯 壬生店」は「天然温泉 壬生温泉『はなの湯』」として
リニューアルオープン。そうして、「やまとの湯 今津店」は「街の湯治場
上方温泉 一休」「上方温泉 一休 京都本館」を運営する企業によって
「えびすの湯 湯匠 一休」として待望のリニューアルオープンを果たすの
であります。幾多の紆余曲折を経て誕生した新たなる温浴施設の復活
を祝して!イヤイヤ、長ーーーーぃ前説をココまで読んでいただいた方

には拍手をお送りします!「オツカレ!」であります。

では、これより「えびすの湯 湯匠 一休」を御紹介したいと思います!
実は「やまとの湯 今津店」は弊ブログにおいても既に御紹介済みなの
でありまして、重複する部分もございますが、宜しければコチラも御覧
いただければと思います。(やまとの湯 今津店)
http://ameblo.jp/ringmutaro/entry-11016253056.html
さて国道2号線を西へと向かい、某女子大角の交差点を左折していくと
鳴尾浜エリアに入ります。そうすると企業の倉庫などの事業所そうして
商業施設などが立ち並ぶ街並が見えます。しかしながら住居もチラホラ
とある、そんな場所に「えびすの湯 湯匠 一休」はあるのです。
すると以前の旧やまとの湯 今津店とマッタク同じ場所にありました。
建屋壁面には紺に白く書き抜かれた字で「えびすの湯 湯匠 一休」と
大きな看板がありました。同敷地内には以前と同じように飲食店やら
ファストファッションチェーン店があります。そうして館内に入ると、館内
もホボ以前と同じでした。目に付いたのは御食事処のランプが真っ赤な
提燈のようなライティングになっていたことでしょうか。
休憩所などもホボ同じでしたが、以前あった喫煙所はなくなってました。
マッサージ処も同じテイストで、同じ場所にあります。
券売機でチケットを買い、フロントに行って下駄箱の鍵を差し出すと、
店員さんに「そのままお持ち下さい」との旨を言われました。
以前は下駄箱の鍵と脱衣所のロッカーキーと交換だったような感じが
します。聞くと脱衣所ロッカーは100円リターン式で空いてる場所を、との
ことでした。ここにも変化はあります。
そうして、大浴場へ向います。以前は再入浴可だったのかどうか記憶が
曖昧なのですが、えびすの湯 湯匠 一休はオープン当初は再入浴不可
でしたが、御食事処やマッサージ処などの付帯設備を利用する御客様
に限り、再入浴可となっていました。この再入浴に関しては、また変更
となる場合もあろうかと思いますので、公式ホームページ、もしくは現地
にて御確認をお願いいたします。
そうして、脱衣所で服を脱いで浴室へ。ここで気がついたことですが、
良く清掃されていました。何度も従業員の方が清掃に訪れていたこと
が印象的でした。以前のやまとの湯 今津店ではソンナに頻繁に清掃
されていなかったような気がします。また従業員の皆さんの御客様への
御挨拶もシッカリとされていて心地よい感じがしました。やはり客商売!
ですからね。そして浴室へ。湯船やら御風呂の配置は旧やまとの湯と
マッタク同じであります。しかしながら、御湯は天然温泉利用が無くなり
すべての御湯が、イワユル沸かし湯になっていました。
浴室入口真正面には高濃度人工炭酸泉の湯船があります。えびすの
湯一休の公式サイトの見出しには【高濃度炭酸泉のお湯屋】とあって
この湯船が天然温泉に代わる、えびすの湯一休の新たな名物の御湯
であろうことがウカガエます。では、その御湯のインプレッションです。
掛け湯をし、ソロリと足を御湯に付けると炭酸泉のジワ~ッとして独特
の湯触りが来ます。そうしてドップリと御湯に身をユダネルと、ジワ~
ジワ~とハッキリと感じる刺激があります。これは人ソレゾレだと思い
ますが。御湯の温度はヌルメに設定されていて、ジックリと御湯を楽し
むにはチョウド良いですね。その隣のバイブラバス、立ち姿勢で浸かる
ジェットバスへと。えびすの湯一休ではバイブラバスもヒックルメテ、総
じてジェットバスと呼んでいるようです。以前は深風呂と呼ばれていた
立ち姿勢でのジェットバスに浸かります。すると、ホンノ~リと柑橘類の
香りが漂っています。えびすの湯一休へ訪問した日は暦で言う、冬至
の前日の日曜日、2014年12月21日でありました。そのため、ゆず湯が
露天風呂に奢られていたのでした。館内には冬至イベントの掲示など
ナサレテいたのですが、よくアリガチな入浴剤を使用した御湯なのかと
思っていて、特に気に留めてなかったのです。
そうしてジェットバスの後ろを振り向いて見ると、ガラス越しの露天風呂
の岩風呂に黄色いボールのようなモノがタクサン浮かんでいます。
何か?と思って岩風呂に行くと、そこには御湯一面に柚子がプカプカと
浮かんでいました。そうです、柑橘類の柚子なのです。
入浴剤ではない、天然の柚子の香りが御湯一杯に広がっています。
岩風呂に浸かり、その柚子を一つ手に取って、もう片方の手で御湯を
サラサラとすくい上げると身体がポカポカとアッタマッテいくのを感じる
のです。御湯は熱めで、柚子湯の効果も一層増したような感じです。
そうして、周りを見渡すと冬休み前の小学生たち。日本の冬の風習、
冬至の柚子湯は初めてだったのでしょうか、プカプカ浮かんだ柚子に
驚きながらも楽しそうです。古き良き昭和の時代には冬の風物詩だった
柚子湯をユッタリと楽しむ御老人。皆さん思い思いに柚子湯を楽しんで
います。その光景をニッコリと笑顔で見つめる人がいました。御湯の
定期検査用のシリンダーを手にした従業員の方でした。
「自家源泉による天然温泉」を全面に押し出した旧やまとの湯 今津店
の時代に比べると天然温泉でないことが物足りない!という皆さんも
居られるのかもしれません。しかしながら、やまとの湯時代に訪問した
印象では天然温泉を維持するため、肝心の天然温泉だけでなく沸かし
湯もカルキ臭がカナリあったこと、その天然温泉を目当てに利用客で
常に満員で、落ち着いて御湯を楽しめなかったこと…
それらのことを思い返せば、西宮の灘の名水「宮水」による御湯は常に
キレイな御湯と見受けられましたし、天然温泉だった時代よりカルキ臭
は気にならなかったですし、ムシロ現在の「えびすの湯 一休」のほうが
安心して御風呂を楽しめたのです。天然温泉という看板を外したことで
館内の清掃や従業員の接客、シャンプーやリンス、ボディソープなどの
アメニティも向上したような感じを受けたのです。
アベノミクスやら勝ち組負け組みの企業闘争やら、弱肉強食やら…
本当にセチガライ世の中でありますが、えびすの湯の一休の柚子湯は
ほんの一瞬でもホッさせてくれる良い御湯加減でしたよ。
なお、スーパー銭湯度は☆2つですが、これはリニューアルオープン
するのであれば、新たなスーパー銭湯としてもうひと工夫付加価値を
付けた設備投資をして欲しかった、という点でこの評価となりました!
アシカラズ、アシカラズ…

<御気軽度☆☆☆>
近隣の西宮市内にあるスーパー銭湯業態の温浴施設では最安値では
ないでしょうか。施設利用料が大人料金で平日750円土・日・祝850円
となっています。その他の施設利用料はえびすの湯一休の公式サイト
で必ず御確認をお願いいたします。また回数券も販売されています。
えびすの湯一休公式サイトでは11回分で7500円で土日祝も利用可
とのことです。また変更もあるかもしれません、えびすの湯一休の公式
サイトにて御確認の上、御利用をお願いいたします。

<レジャー施設度☆☆☆>
御食事処の「福福食堂」やリラクゼーション処もアカスリ・エステ・ボディ
/フットマッサージ・理容店など一通り揃っているようです。でも、やはり
メインは御風呂なのでしょうけど。

<えびすの湯 湯匠 一休>
http://imazu19.jp

出典および引用、参考文献・サイトの御紹介
○ウィキペディア※文章内参照
○埼玉県蕨市 市議会議員保谷 武先生のブログ
「蕨市議 ほやたけし(保谷武)です。」より【蕨市錦町】やまとの湯わらび店/
八丁堀投資倒産/(2014/5/23投稿記事)
http://www.hoyatakeshi.com/%E3%80%90%E8%95%A8%E5%B8%82%E9%8C%A6%E7%94%BA%E3%80%91%E3%82%84%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%B9%AF%E3%82%8F%E3%82%89%E3%81%B3%E5%BA%97-%E5%85%AB%E4%B8%81%E5%A0%80%E6%8A%95%E8%B3%87%E5%80%92%E7%94%A3/

○まっぷる日帰り温泉 関西2014年版









今日の御紹介は「えびすの湯 一休」なのです!

<スーパー銭湯度☆☆>
平成の世を吹きスサブ不景気の嵐は一向に止む気配を見せない今日
この頃。そうして更には消費増税が追い風となり、不景気の勢いは力
を一層増したようにも思えるのです。
しかし、一方でアベノミクスと言われる存在するのか、存在しないのか
我々庶民には実感も実績も微塵も届けられない好景気の恩恵を受け
株価や為替の上昇下降に一喜一憂するホンの一握りの富裕層と言う
名の成金のオマエタチ皆々様もイラッシャルわけなのであります。
平成26年末となり、不景気体質に慣れきった日本の社会は結局、何の
景気上昇も見せずにアベノミクスという呪文のような言葉ばかりが独り
歩きを進めるばかりなのです。そのアベノミクスがモタラシタもの…
為替・株価変動による好景気を信仰する人々を生む一方、ワーキング
プアと呼ばれる貧困層も増大した、そんな両極端な層を拡大させただけ
というのがアベノミクスだと思いませんか?
GDPの翌年比マイナス成長がすべてとは思いませんが、アベノミクス
の結果は数字でも表れているのです。国内成長のマイナスそして為替
相場での円安…これらがこの先の日本で引き起こすことは…
そう、デフレスパイラルを経た「ハイパーインフレ」じゃないでしょうか。
アベノミクスへの恨みツラミをこのブログで展開するつもりはモウトー!
ございません。しかしながら、ライフラインである燃料・生産資源である
資源・その他モロモロを他国での現地生産→紐付輸入→安価販売の
サイクルがデフレスパイラル日本を今日の今日まで支え続けていたの
です!それがアベノミクスによる為替相場円安によりハイパーインフレ
の引き金に、その指を掛けたことは安易に想像できるのです。
その引き金の指が、加工貿易による現地生産低コストのサマザマな
仕入れ調達をコスト高へとジワジワ推移させることによって、ハイパー
インフレをこの日本で暴発させるのは時間の問題でしょう。
そうしてアベノミクスが造り出した両極の層、富裕層と貧困層は一層
拡大の憂き目に会うのは目に見えています。
デフレスパイラルにより、安価・安心・安易を売り物にした企業が躍進
を遂げて勝ち組となり、他方の負け組は淘汰されたこの10年。
ハイパーインフレの予兆は、その激しい企業闘争に勝ち残った産業を
更にフルイに掛け、アベノミクスの無意味な信仰は、人々の間に富裕
層と貧困層という両極を生み出したのと同じように、勝ち残った企業を
もう一度、勝ち組と負け組、両極の企業を生み出そうとしているのです。
そして、このブログのテーマである「スーパー銭湯」業界においても
ジワリジワリと企業競争のヒブタが切られているのは間違いない!そう
思う訳であります。
弱肉強食が世の常ならば、捨てる神あれば拾う神ありもまた、この世
のサガ。本年の企業淘汰の様子を見ていると、そんな言葉がピッタリ
当て嵌まるでしょう。その栄枯盛衰をスーパー銭湯を始めとした温浴
業界に当て嵌めて見れば、本年はサマザマな嵐が巻き起こった時期
でもあると思うのです。
勝ち組と負け組、弱肉強食、富裕層と貧困層、そしてアベノミクス…
これらのキーワードを絡めながら、近年のスーパー銭湯業界の動向も
振り返りつつ、兵庫県西宮市に所在する「えびすの湯 一休」を御紹介
したいと思います。ハジマリハジマリ…!
現在の政権与党が長きに渡る政権第一党の座を譲り、下野となった
平成21年、「失われた10年」への国民の怒りが衆議院議員総選挙で
爆発したのは記憶に新しいところでしょう。しかしながら、その国民の
怒りを引き起こした出来事を憶えておいででしょうか。
あげればキリがないのですが、ワタクシ、燐夢が憶えているところでは
「厚生年金基金」のムダ遣いではなかったのではないでしょうか。
国民の血税とも言える厚生年金基金を注ぎ込んだ厚生年金福祉施設
はムダの烙印を押され、いくつかの施設が廃止・清算へと追い込まれ
国政のミソギの一つとして、天下り・ハコモノ行政の象徴のヒトミゴクウ
として、国民の拍手喝采を浴びたのではないでしょうか。
それら厚生年金福祉施設は廃止・清算への道を辿るのですが、即刻
廃業というわけではなく、全国の、しかも一級のリゾート地に所在する
施設が多く、利用者も多くいた施設がホトンドでして、基本ラインとして
入札等による売却・譲渡がナサレタのでした。
これら厚生年金福祉施設の売却先の名乗りを上げたのは、マチオコシ
ムラオコシを掲げた地元有志による自治体をも巻き込んだ第三セクター
だったり、地元有力企業によるジョイントベンチャー=J ・Vだったりした
訳です。ワタクシの稚拙、このブログでも厚生年金休暇センターだった
三重県の「ヒルホテル サンピア伊賀」も同様の経緯で誕生した施設で
ありました。
http://ameblo.jp/ringmutaro/entry-11291570026.html
しかしながら、これら厚生年金福祉施設だった施設はホテル業界、地元
有力企業などが引き受け手として名乗りを上げ、温浴業界からも手を
上げた企業がありました。
大江戸温泉物語グループは2003年に「日本初の温泉テーマパーク」
と銘打って東京臨海副都心つまり、お台場に第一号店を開業、その後
大江戸温泉物語グループを運営する大江戸温泉物語株式会社は前述
の厚生年金福祉施設関連の施設のほか、公共の施設を次々と取得し
再生・復活させたのでした。かつては厚生年金健康福祉センターだった
ウェルサンピア会津を「大江戸温泉物語 湯屋あいづ」としてリニューアル
オープンさせたことを皮切りに全国展開していくのでした。
大江戸温泉物語 鹿教湯桜館(長野県上田市 旧かんぽの宿 鹿教湯)
大江戸温泉物語 湯屋日光霧降(栃木県 日光市 旧メルモンテ日光霧
降(郵便貯金総合保養施設))、大江戸温泉物語 下呂(岐阜県 下呂市
旧ヘルシーパル岐阜(岐阜県健康福祉センター))、大江戸温泉物語
君津の森(千葉県 君津市 旧ウェルサンピア君津(厚生年金健康福祉
センター))など(出典・引用:ウィキペディア 大江戸温泉物語>大江戸
温泉株式会社)大江戸温泉物語グループは上記の旧公共施設だけで
なく、リゾート地・温泉地の老舗旅館・ホテルを取得し、大江戸温泉物語
の再生手腕でリニューアルさせていくのです。
これらの施設の共通点はズバリ「旧負け組」だったことでしょうか。長き
に続く「失われた10年」により、すっかり「負けグセ」が付いた企業たち。
これら「負け組」はかつてバブル景気をこの世の花と謳歌した「勝ち組」
でした。「良いものは良い」「プレミアム」「一時の贅沢」これらはバブル
時代は高価高額が当たり前の時代でした。ところがバブル崩壊を経て
バブルの余韻をも過ぎ去った頃には、「良いものは良い」「プレミアム」
「一時の贅沢」であろうとも「安価」でなければ受け入れ難くなったので
あります。その証拠に大江戸温泉物語と時を同じくして、近しい手法で
マタタクマニ、消費者のニーズを獲得した企業がありました。
それが「湯快リゾート」でした。北海道以外の日本全国の温泉地そして
リゾート地にある、廃業したり競売に掛けられたりしている宿泊施設を
買収して再生させる手法を用いて規模を拡大していったのです。
(参考および引用:ウィキペディア 湯快リゾート)
ウィキペディアには、『2003年9月から2014年3月まで近畿地方および
北陸地方を中心にテレビCMの放送をしていた。フレーズは「温泉、なな
せん、はっぴゃくえん。」(7800円)。』との記述があります。(引用:ウィ
キペディア 湯快リゾート)この湯快リゾートのCMはワタクシも良く憶えて
います。有名温泉地のあの老舗ホテル・高級旅館が、当時の価格表示
で税込み7800円!衝撃的でした。
バブル期に著名な温泉地に小旅行に行き、老舗ホテル・旅館に宿泊し
贅沢な食事に舌鼓を打ち、そうして名湯の誉れ高き素晴らしい御風呂
温泉を思う存分楽しむ、これらを行動に移したならウン万円掛かったと
思います。それが1泊2食付きで7800円なのです!
しかしながら、どういった再生手腕を持ってすれば、大江戸温泉物語や
湯快リゾートのような1万円を切る低価格で提供できるのでしょうか。
それについては、また別途述べたいと思います。
これら低価格による温浴施設が「失われた10年」の時代において圧倒
的支持を獲得した背景には平成17年前後にオープンラッシュとなった
イワユル「スーパー銭湯」業態の温浴施設の躍進が背景にあると思う
のです。ワタクシの稚拙、このブログの「箕面温泉 スパーガーデン」の
http://ameblo.jp/ringmutaro/entry-11472563404.html
http://ameblo.jp/ringmutaro/entry-11472570431.html
中でも申しましたように、温泉がレジャーとなり昭和の時代には宿泊を
前提とした小旅行として広まったのですが、時代の移り変わりとともに
消費者志向が「個人」を優先としたモノになるにつれ、遠方地の著名な
温泉場に宿泊して「温泉」を楽しむ、というレジャーからクルマで1時間
前後の移動距離で楽しめるレジャーに変化していったのです。
その消費行動の変化を後押ししたのが昭和の巨大温泉レジャー施設
のベンチマーク的存在だった「箕面温泉 スパーガーデン」を始めとした
入浴のみの利用がオッケーの「日帰り温泉」施設でした。
箕面温泉スパーガーデンなどの温浴施設が開拓した「日帰り温泉」の
業態が現在のスーパー銭湯業態を開花させていくのですが、スーパー
銭湯業態が消費者の支持を獲得し、勢力を拡大させて行けば行くほど
昭和の時代に「日帰り温泉」を開拓した箕面温泉スパーガーデンなどの
温泉レジャーのイノヴェイターたちは衰退化していったのです。
その状況は前述の有名温泉地の老舗温泉旅館・ホテルも同様でした。
昭和期には有名温泉地の老舗旅館・ホテルも日帰り温泉の温浴施設
も、それぞれの消費者ニーズを持ち共存、棲み分けがなされていたの
ですが、バブル崩壊後デフレスパイラルに突入した日本では許される
はずもなく、限られたパイを奪い合うかのように弱肉強食の時代へと
突入するのです。勝ち組は更に勢いを伸ばし、他方の負け組みは一層
規模を縮小させていく時代へと。その両極の層、勝敗を分けたLINEは

何だったのでしょうか?お分かりでしょう、ズバリ「価格」でした。

ところで、この「弱肉強食」の時代を生み出し、「バブル景気」その崩壊
と共に訪れた「失われた10年」、これら両極の時代の寵児であり象徴
とも言われた企業を憶えておいででしょうか。
スーパーマーケット「ダイエー」であります。平成26年12月に新聞等の
メディア発表によると、主要株主の大手流通企業がダイエーの全株式
を取得して平成27年1月に完全子会社とし、その後はダイエー全店舗
の統廃合などの再編およびダイエーの名称を変更するとのニュースが
流れました。かつて日本一の流通・小売業と謳われたダイエーグループ
ですが、全盛期とも言えるバブル期には同業者の買収、外食業界など
の異業種への参入、国内外での積極的な多店舗展開などで、一時は
約300社の関連企業を抱える巨大企業だったのです。
しかしながらバブル崩壊後はジョジョに財務状況が悪化し、平成16年頃
には産業再生法の適用及び産業再生機構の支援を受けることになる
のです。(参考および引用:ウィキペディア ダイエー)
ワタクシ、燐夢が思うに、創業者一族のワンマン経営やその巨大過ぎ
るグループ体制がダイエーの後の終焉の原因であると思う一方、その
本当の原因はダイエーの代名詞であった「価格破壊」にあると思うわけ
であります。というのはスーパーマーケットの本来の主な業態であった
食料品だけでなく、家電製品や衣料品などサマザマな分野での商品
を「価格破壊」と銘打って安価で販売した結果、バブル崩壊や消費増税
による消費の冷え込み、買い控えが生み出したデフレスパイラルの渦
に呑み込まれて抜け出せなくなったから、だと思うのです。
皮肉にも、デフレスパイラルの渦はダイエー自身が日本に波及させた
「価格破壊」により生み出されたのです。そうしてバブル崩壊が訪れた
後は、かつての売上高1兆円規模を誇った時代の寵児は屋号の消滅

を迎える結末をタドロウとしているのです。

弱肉強食の企業競争から這い上がり勝ち組になった企業はサラナル
企業競争の中へと身を投じていく世の中で、「価格破壊」が波及させて
いった「安価」競争は勝ち組となった企業を今一度フルイに掛け、両極
の層、勝ち組と負け組みを再度作ろうとしているのです。
さてさて、話は前述の「温泉」へと戻ります。「価格破壊」が波及させて
いった「安価」競争はアラユル産業へと広がって行きます。
やはり温浴業界においても、その波は訪れたと言っても過言ではない
と思います。「日帰り温泉」レジャーを開拓した箕面温泉スパーガーデン
をはじめとした温浴施設は後発の「スーパー銭湯」に顧客を奪われて
行く結果を迎えるのでした。勝ち組と負け組の分かれ目となったのは…
ここでも「価格」だったのです。
日帰り温泉のイノヴェイターたちは昭和の時代のレジャー施設の特徴
だった「大は小を兼ねる」のように、巨大な敷地の中に温泉も遊技場も
演劇もプールも、アリトアラユル施設を盛り込んだ施設がホトンドでした。
それ故、営業面積、館内設備、従業員数、etcが増大になり、それらを
維持するために入館料や料金を1000円~3000円に設定した温浴施設
が大多数を占めました。それぞれの温浴施設の棲み分けが成されて、
共存していた昭和の時代は日帰り温泉、温泉地の老舗旅館とも固定
客をシッカリとツカんでいました。ですがバブル期には将来の売上高を
ドンブリ勘定に見込んで設備投資をしたりと、後の「失われた10年」が
やって来るなどとは、その当時、夢にも思わなかったのでしょう。
こうして、バブル崩壊後はバブル期の高金利の借り入れ、放蕩な経営
そうして巨大な施設・設備が手カセ足カセとなっていくのです。
他方、日帰り温泉~健康ランド・サウナ~クア・スパハウスと進化して
バブル崩壊・デフレスパイラル真っ只中の日本に登場した温浴施設で
ある「スーパー銭湯」はその名のとおり、普通公衆浴場つまり街の銭湯
の豪華版を全面に押し出したイメージ、昭和から続く日帰り温泉施設の
利用料金の半額~1/3程度の「価格」でマタタク間に消費者の絶大な
支持を得たのでした。
その「安価」な価格を支えたモノ。それは皮肉にもバブル崩壊によって
もたされた不景気でした。昭和の巨大温泉レジャー施設が観光地やら
温泉地の一等地に所在したのに対して、スーパー銭湯は街中~郊外
に多く成立しました。それは不景気により撤退した企業の工場や倉庫
の土地が遊休地となり、格安で売り出されたり貸し出されたり、同様に
安価を全面に押し出すことで飛躍をモクロンダ他業界の企業との共同
出店などで、営業敷地内の光熱費や税金などの出店リスクを分散させ
たことも「安価」を実現した要因の一つに挙げられると思います。
そうして世の中がデフレスパイラルの渦の真っ只中に居続けた平成も
2ケタになろうかという時代に「スーパー銭湯」はオープンラッシュとなる
のであります。~後編へ続く~