先週水曜の夜、10月17日のPM7:30~NHKクローズアップ現代で「女性は日本を救えるか~Can woman save Japan?~」と題した番組が、放送時間を拡大して75分間のスペシャルで放送されました。http://www.nhk.or.jp/gendai-blog/ 「Women could save Japan's economy」と題したIMFの緊急レポート(IMF working Paper WP/12/248 :http://www.imf.org/external/pubs/ft/wp/2012/wp12248.pdf
日本語の要約版:女性は日本を(そしてアジアも)救えるか?:http://www.imf.org/external/Pubs/FT/fandd/jpn/2012/09/steinbergj.pdf )を扱ったもので、来日中のIMF専務理事で2児の母でもあるリスティーヌ・ ラガルド氏も出演されていました。

今、ここでIMFから日本に関する緊急レポートが出された主旨は、ヨーロッパ経済の混迷が世界の与えている影響が大きいように、日本がもし同様の事態になったら、同じように世界経済が影響を受けるからだとラガルド氏。そして、その懸念は世界から見るとかなり高いのです。それは、スペインが危機にあるとはいえ、ユーロ導入国全体で見てみると総財政債務は、ユーロ導入国全体の総GDP比で100%でしかないのに対し、日本のそれは、倍の200%にも及ぶからです。

番組は、日本の女性が、もっと社会進出することが、労働力減少と人口高齢化を、なんとか、乗り越える最低限の方法のひとつだとの論調で語られました。それには、女性管理職をもっと増やすこと、そして、パートも正社員も、仕事の内容が同じならば同じ賃金にすることや、1日に何時間働くかを自分で決められ、そのことによって待遇的に差別されないという仕組みを法制度化し、働く女性を急激に増やしたオランダの成功例が、日本の手本になるのでは?として紹介されました。

日本経済の良い時代を過ごした我々50代以上は、子、孫の世代に膨大な財政赤字のつけを残していきます。しかも子どもたちの未来には、赤字を返済していく労働人口そのものの減少と、ただでさえ足らない労働力を割かなければならない要介護高齢者の増加という問題が立ちはだかります。

これを解決するためには、子を持つ女性がもっと働きに出やすくして労働力を確保し、さらに非労働世代(学生と引退世代)が互いに支え合う仕組み作りが必須であり、それを作っておくことが、子どもたちへの親世代の責任であると、多くの方々がずっと主張してきましたし、私も言ってきましたので、IMFという外から見た目でもこれを言ってくれて非常にありがたく感じました。


そして、この番組では、もうひとつ私が「わが意を得たり」と思ったことがありました。それは、ラガルド氏が、自らの体験をもとに、子を残して働きに出る母親の「罪悪感」に言及したときです。彼女は、その心情に強く共感しつつも、こうも言いました。「子どもは、母親がそばにいて、ずっと注目され続けていると、そのストレスで疲れてしまいます。信頼できる他者に預けて、子供のそばを離れることも、子供の成長にとって重要なことなのです。」と。これは、ご自身が2人の息子さんをのこして法律事務所の代表としてすごした忙しい日々からも、自身の母親が大学教授として多忙だった子供時代を振り返っても、言えることだとのことでした。母親自身からこのことを聞くと、自身の考えが間違っていないと自信がわきます。

凛童舎は、世のお母様方が働くに出やすい環境づくりと、信頼のできる預かり手となることに努力していきたいと思っています。子どもたちの未来と未来の日本社会が希望のあるものになるように

私の友人で、今ヨーロッパに赴任している若手官僚がフェイスブックで、英語についてこんなことを言っていました。私もまったく同感です。

英語って発音よりアクセント、アクセントよりイントネーションが大事なように思う。カタカナ発音でも、イントネーションとアクセントのリズムが正しければ大抵伝わるし、これが変だと「え?」っとなりやすい。よく考えてみれば、日本語でも、「ちーっす」と言えば「おはようございます」と変換されて伝わるけど、この要諦はイントネーションで、発音が曖昧でもイントネーションが挨拶っぽければ何でも伝わる。発音や文法が無茶苦茶でも、とにかく、ネイティブの人と近いイントネーションで話している限りは結構なんとでもなる。

だから私は、小学校から英語教える必要はないとも思っています。道具としての英語は、中学からで十分。もっと言えば成人してからでも十分だと思うのです。

私が新入社員研修で、ベルリッツにて40日間毎日10レッスンずつ受けて思ったのは、英語を話すのに一番大事なのは「のり」だということです。これを具体的に言えば、物怖じしないチャレンジ精神プラス、アクセントよりイントネーションということになるのではないかと思います。

だから、中学からの英語も、とっつきやすいようにカタカナで教えて、どんどんしゃべらせればいいのにと思ってました。thなどの特殊な発音だけ表記を工夫して(スに〇とか、thの濁音はスに×とか)どうですかね?スペルはあとから学べばいいんじゃないでしょうか?我々が日本語をそう習得したように。そのほうが「しゃべれる」ようにはなると思います。もちろん、単語の意味は覚える必要がありますが、表記や文法や微細な発音の違いは、後回しでよいのではと。

実は、サリーマン時代の末に、早朝英語勉強会というのを仲間とやっていました。朝7時に秋葉原駅前のカフェに集って英語の勉強を1時間するのです。方法は「5往復程度の英語のダイアローグ(2人会話文)を丸暗記して、ネイティブスピードで言えるようにする」というもの。書籍に付属のCDの見本をストップウォッチで測っておいて、同じ秒数で言い切れるようにするのです。

アクティブラーニング社の羽根卓也氏が、ハーバード大学で日本語を教えていたいたときに編み出した方法で、私たちはその伝授を氏から直接受けました。氏曰く「語学はスポーツだ」と。

ハーバードでは、この方法で多くの学生が1年間で、日本語で会話できるようになったそうです。これをやってたくさん会話文が頭に蓄積されてくるとその言語の「のり」が沁みついてきて、そのうち口を突いて出るようになるそうです。

私は、朝練でこの勉強法をやるにあたって、英語を前述の方式でカタカナ表記して覚えていました。なぜなら、英字表記を見ていると、ついつい長年の習性で字ずら通り読んでしまうからです。たとえば“up and down”なら「アップアンドダウン」と。でもそんな読み方をしていたらとてもネイティブスピードの秒数で言い切れません。だからカタカナで「アッペンダン」と書きます。長音(-)や促音便(ッ)は省略。carは「カ」、topは「トプ」です。

それで通じるの?と疑問をお持ち方もいらっしゃるかもしれませんが、先の友人の言うようにアクセントとイントネーションがあっていれば、(それと明らかに別音として聞かれてしまうs音とth音とかR音とL音を言い分けられていなければならないかもしれませんが)通じると思うのですよね。

そう確信するのは、実際海外旅行で通じたという実績もありますが、一番の根拠は、高校時代に聞いたFM放送番組のある印象的な実験です。その番組は、音の不思議をいろいろ体験させてくれるものでした。たとえば、前にしかない二つのスピーカーから流れてくる小太鼓の音が、前から右、右から後ろへと自分の周りを一周したりするのです。(逆位相の音をうまく操るのでしょうか)

でも一番驚愕したのは、次のような実験です。

まず、日本語の国会か何かの答弁の音声を70%欠損させて聞かされました。「ウッ・・ツッ・・プッ・・・シッ・・・」という感じでまったく何を言っているかわかりませんでした。次に「音と音の間の無音部分を同音圧のホワイトノイズ(ラジオの局間のスーという音のようなもっとも無個性な雑音)で埋めてみましょう」と言われ、それを聴いたらなんと!何を言っているのか聞き取れてしまったのです。すごく電波状態の悪いラジオ放送を聴いているという感じはありましたが、無理して聞き取ったというのではなく、「そうとしか聞こえない」という感じです。びっっっくりしました!

つまり、ネイティブなら、70%と聞き取れていなくても、意味は取れてしまうということではないでしょうか?日本語だけでなく英語でも、あるいはどの言語でも同じことが言えるのだと推測できます。だからネイティブは70%欠損していても「予測変換」のような言語脳の働きで意味を把握してしまうでしょう。ネイティブではなかったとしても、4,50%欠損していても大丈夫ではないかと思います。だから、肝(アクセントやイントネーション)さえ押さえておけば、細かいことは気にする必要はないのではないでしょうか?

そこで、この論述で一番言いたかったのは・・・・

だからこそ、小中学生には、汲々として道具でしかない英語の質を磨くより、道具としての英語を習得した後、もっと内容のある話ができるよう国語、特に作文や物語作り、スピーチやお笑いネタ作りなど日本語での創作に力を入れるべきだということなんです。アーキキッズではこれをやりたいと思っています。

でないと、英語が喋れたとしても、内容で勝負に負けてしまいます。

自殺ほう助合法化が世界の潮流だという、驚くべき内容の記事を見
つけましたので紹介します。長文ですがぜひ読んでみてください。
成熟先進国で恐ろしいことが進んでいます。


...

http://synodos.livedoor.biz/
archives/1981328.html




私には、私が40歳のときできた一人娘がいます。この子は、ほか
の子たちより10年早く親を亡くす、あるいは、10年早く親の負
担を、しかも一人で負うことになると思うと、20年後、30年後
のことが心配でなりません。



特に心配なのが、財政破たんによる社会の、特に人心の荒廃です。



人口の高齢化で弱者は増える一方です。その中で公費が底をつけば
、弱者はコストとして扱われ、切り捨てがつぎつぎ起きます。人々
は人のことにかまっていられなくなり、皆疑心暗鬼の中に生きるこ
とになったとしたら、例え自分は裕福だったとしても、だれも幸福
には生きられない気がするからです。



もし、この記事のような社会が未来社会なら、娘を残して逝けませ
ん。



少しでも自分が障害を負ったら「周りは自分に死んでほしがってい
るのではないか?」とプレッシャーを感じなければならないとした
ら・・・・



この記事は、デンマークやオランダなどの教育先進国と言われる国
での話というのも気になります。これが成熟社会の未来なのでしょ
うか?日本にもこの潮流はやってくるのでしょうか?

働ける女性の皆さん。社会を支える側にぜひとも回ってください。



夫は立てて欲しがっている?


それは小さな男です。あなたが経済力を持つことで、あなたの夫を
ワンランク上の男に押しあげます。働かない理由にはなりません。


子どもがそばにいて欲しがっている?


小学生にもなれば母やにずっと見張られているのは窮屈です。特に
兄弟の少ない子はそうです。のびのび育てたいなら子どものそばを
離れましょう。働かない理由にはなりません。



先日、ハートネットTVの女性の貧困特集を見ていて思いましたが
、子を持つ貧困女性の多くが、夫に依存し続けた結果、最後に夫の
横暴によって離婚した母親たちでした。



夫に経済的に依存し、夫に「支配権がある」と勘違いさせた結果に
他ならないと思います。


手に職のない彼女たちは、昼はパート、夜は風俗へも流れているそ
う。中高生を育てながらデリヘルで働くシングルマザーを紹介して
いました。デリヘル経営者は、「最近多いですよ。彼女たちは、お
金の必要性が高いからまじめに働く」と言ってました。



凛童舎は、働く準備をしている女性、お母様、働く意欲のある女性
、お母様たちを応援します。



政府ももっと民間を使って、子を持つ女性を働きやすくする施策を
打ち出すべきだと思います。公共だけでは全然足らないのだから。

私が尊敬する人は、「滅私」のひとです。多くの人が、人のため、子どものためと言いながら、実は、自分の気の済むようにしているだけだと感じることがおおいからです。自分の、気の済むようにしているだけになっていないか、ちゃんと何かのためになってもいるか、いつも検証していないと心配になります。


尊敬する滅私の人のなかにガンジーがいます。先日、フェイスブックの友人のコメントで、そのガンジーの言葉を知りました。



民間非営利 学童保育園           キッズコミュニティ凛童舎 ブログ

ガンジーの言葉

あなたがすることのほとんどは無意味であるが
それでもしなくてはならない

そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく
世界によって自分が変えられないようにするためである。


・・・・・・・深い。


凛童舎を始めてから時々、こんなことをしていて何か意味があるのだろうか?とむなしくなることがあります。


でも、はなから無意味なのだと思えば当たり前なことです。


ただ、もしそれをしなければ、諦めてしまうことになる。諦めの世界に引き込まれないためにそれをしている、ということなのか。納得。

子どもたちは、写真のロフトスペースが大好きです。梯子は外してあるのに、器用に棚に足をかけてするすると上り下りします。



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そういう場所が好きな気持ち、「わかるな~」と思うので、ダメとは言いません。今日は、1年生3人が遊んでました。