あまり、ちゃんとしたことを書こうと思わず、思ったことをさらっと書く日も作ろうと思います。今後、テーマ「思うこと」はそんな内容になります。よろしくお願いします。


昨日の「クローズアップ現代」(TV番組 NHK19:30~)は、3Dプリンターの話でした。


私はなんとなく、プラスチックの立体サンプル品を作る機械だと思っていたのですが、最終製品を直接作ることができるのですね。


金属のものも作れるようで、殺傷力のある銃を作った人もいるとのこと。


日本が得意の「金型」がいらなくなる可能性が大きいようです。技術の日本と言われ、職人の力量がそれを支えていると言われてきましたが、外堀からどんどん埋められている感ありですね。


やっぱり、人間に最後に残される仕事は「何を作るか」の発想、つまり、クリエイティビティです。


日本の教育も、今の工場労働者養成型から、クリエイター養成型にシフトしていかなければならないと思います。


クリエイター養成塾として、「小学生のための建築家養成塾アーキキッズ」の構想を持っていますが、早く実現しなければとの思いを強くしました。


(多くの方が建築家は形をデザインする職能と思っておられますが、私は何より人の役に立つ「仕組み」をデザインする者だと思っています。)


そんなことを考えていたら、予備校時代から大学時代にかけて、仲間たちとショートショート同人誌「変幻自在」(SF誌「奇想天外」の向こうを張って)を出していたのを思い出しました。


仲間同士、課題小説として、同じ書き出し、同じ題名で創作するというゲームのようなこともやっていました。そういうのもアーキキッズでやったら面白いかもな、なんて思いました。どんな物語が、子どもたちから出てくるか楽しみにです。

ちゃんとしたことを書こうとすると、なかなか書けませんね。書きたいテーマばかりがたまっていきます。


なので、今日は最近、凛童舎ではやっていることを、さらっと書きます。


民間非営利 学童保育園           キッズコミュニティ凛童舎 ブログ


凛童舎には、いろいろ頭を使うゲームを置くようにしていますが、その中に、お金のことを考えるツールになるかなと加えたモノポリー日本版がありました。


でも、金額が大きいことや不動産などで利殖するという概念が難しいらしく、子どもたちはあまりやりませんでした。


それが、先日、ある子ども古着店で「ポケモンモノポリー」というのが中古で出ているのを見つけました。


「へぇ~、こんなのあるんだ」と思い、安かったので買ってみたら、子どもたちがこれに夢中!?連日これで遊んでいます。


ポケモンを売り買いするというのが実感しやすいのと、金額も1000円以下なのでわかりやすいのでしょう。


拾い物でした。




とある日韓戦の試合後、朝日新聞の記者が国旗、国歌斉唱の時に1人だけ胸に手を当て声に出して歌うカズにこんな質問をした。

「韓国では日の丸や君が代には過去の軍国主義の象徴という意味もあるのを御存じですか」


するとカズはこう切り返した。

「自分の国の国旗や国歌に敬意を表さない人が他国に対して敬意を表する事ができますか」


民間非営利 学童保育園           キッズコミュニティ凛童舎 ブログ


私もカズに同感です。


自国を好きなことをエゴというのは、おふくろのことが好きなことをエゴというようなものです。


自分がおおふくろを好きでなければ、


「私が母ちゃんを好きなように、あなたもお母様がが好きなんですね?」


と共感できないでしょう。


ただ、うちの母ちゃんは、おまえんちの母ちゃんより強い、とか価値があるとか、おまえの母ちゃんはだめだとか言い出すならそれはエゴだと思います。


愛国心を対立の道具ではなく共感の道具にしなければいけないと思います。

2月21日、月曜日、1年生の男の子が、学校で木ゴマをもらって
きました。学校で昔遊びをやるに当たり、彼のクラスはコマ回しに
なったから先生がくれたのだそうです。回せるようになるのが宿題
というので、海松台公園に練習に行きました。私も彼に付き合って
、凛童舎の鉄ゴマ(鉄の輪の付いた木ゴマ)を回していたら、公園
にいた近所の子どもたちが集まってきて「やらせて!」と。


...

余分にあったコマ3個を貸して、ひもの巻き方とコツ、回し方のコ
ツを教えました。子供たちに付き添っていたママたちまでが集まっ
てきて、ママさんたちまでが挑戦。でも、結局この日は誰も回せま
せんでした。



火曜日、海松台公園でまた練習していたら、「コマのおじさんだ!
」と昨日の子どもたちが、新しい子も連れてやってきました。結構
女の子も興味があるようです。この日もみんなでコマ回し大会にな
りました。でも、結局、誰も回せません。



水曜日、凛童舎のうちの娘と4年生の女の子が加わり、また子ども
たちも集まってきて、コマ回し大会に。でも、この日も、誰も回せ
ませんでした。

木曜日、やっと「俺、回せる!」という男の子が現れました。なの
で、「じゃあ、これは?」と、私がコマをダイレクトに手の上で受
けて回したら、いきなり「神だ!」ですと。・・・・

神・・・か・・・。実を言えば、私はどちらかというと、子どもと
してはBクラスでした。お世話になった学童保育「風の子シュワッ
チ」の理事長が「子どもたちを“一人前のこども”にするのが目標
」と言っておられましたが、私は一人前すれすれ。プロ野球で言う
と2軍選手(つまりぎりぎり一応プロ野球選手)だったのに・・・
。私が子どものころ、男子なら誰でも普通にできたことが神業扱い
になってしまうのは、とても寂しい気がしました。

私が大好きだった鬼ごっこ「コマ鬼」は、鬼も子も、コマが手の上
で回っている間だけ動けるというもの。どこでかつどのタイミング
で、コマを回しなおすか(つまりF1レースで言えば、どのタイミ
ングでピットに入るか)の戦略がものをいう体力だけでなく知力も
問われるドキドキ感たっぷりの遊びでした。それに、手の上のコマ
が勢いをなくし落ちた時、2m横で鬼もコマを落として、先にコマ
を回し終わって逃げなければ捕まるという極限状態で、紐巻きも回
しも一発必中、絶対に失敗できないときに、それを「決める」精神
力も養われたと言えば大袈裟でしょうか?

とにかく私の好きな3大鬼ごっこ(他の2つはジャングル鬼と自転
車鬼)の中でもNo,1に面白い遊びでした。なので、これに参加
できる最低限のスキルが「ダイレクトに手の上でコマが回せる」と
いうことだったのです。

1軍は、コマがより長く回るよう抵抗を減らすため、手のうえに王
冠(ビンジュースの金属の栓)からコルクを取ったものをセルテー
プで手のひらに貼り付け、その中にピンポイントでコマを乗せるこ
とができました。わたしは成功するときもあれば失敗するときもあ
りましたので、これを実戦で採用することができませんでした。失
敗すると王冠のエッジがコマの軸にこすれて却って早く止まってし
まうのです。だから、必ず命中させる自信のある子だけが採用でき
る高等戦術でした。

コマ鬼の面白さを、いつか子どもたちには味わってもらえたらなと
思います。

さて、金曜日、月・火と来ていた1年生の女の子が、私を見つける
と「回せるようになった!」と駆け寄ってきました。どうしても回
せるようになりたくて、学校でコマを借りてきてパパと練習したの
だそうです。そういう子が現れたのは、とてもうれしかったです。

こういう、何かに「やりたい!」という思いを持つことができ、い
わゆる「フロー」に入れる子って、種さえ提示すれば次々にチャレ
ンジしてどんどん成長していくんだろうなと思います。

一方、「コマだよ。コマだよ」と呼び込みのように友達を連れてく
るのに、「やる?」と訊いても「俺回せないから」としり込みし、
やっても、「もう疲れた」とすぐやめようとする子もいました。で
も、こういう子でも、「ダメな子、残念な子。将来性のない子」と
切り捨てることなく、なんとか乗せてその気にさせられるような、
コーチングスキルを身に着けたいなと思いました。

ともあれ、凛童舎がこういう風に地域に溶け込んでいけたらなと思
う、いいヒントをもらえた一週間でした。

来週は、子どもたちにコマの綱渡りを披露しようかなと思います。
最後にやったのは、確か中学の頃でしたが、練習すればまたできる
ようになると思うので。
父が死んで12年になる。父が死んでから思ったのは、父がどんな価値観を持って、どんな人生を生きたのか、私自身ほとんど何も知らずに終わったということだ。父とはさまざまな場面ぶつかった。そのため相容れない価値観は明確に印象づいている。私の「教育者」ぎらいもそれに起因しているといえるだろう。

しかし、父をもっとよく知っていたなら、共感できる部分も多々あったのではないかと最近思う。育ての恩のある人のことを何もしらない。その寂寥感と罪悪感を、人生の残りが少ないと思うほどにひしひしと感じる。

凛童舎を始めたのも、もちろん娘の今と30年後の問題を同時に解決するというのが主眼だが、幼児教育研究者で「いつか保育園をやるのが夢だった」(と母から聞いた)父への手向けのようなところも実はある。

さて、父が死んだ翌年生まれた娘は、私が40歳の時の子だ。なので、彼女は同年輩の仲間とくらべて10年は早く父を亡くすだろう。そのあと、彼女に私と同じ寂寥感や罪悪感を負わせたくない。だから、私が日々感じたこと、考えたことを文章にして残しておくことにした。いわば、「プライベート天声人語」だ。アメブロとフェイスブックの書き込みを読んでくれる皆さんがそのモチベーションを支えてくれている。ありがとうございます。