◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◆
   塾生起業レポート

          『キッズコミュニティ凛童舎』
        ~船橋市で子育てを通じて地縁を紡ぐ~

                     一新塾第24期 本科 吉岡秀記

◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◆

 私は、実はとても自己肯定感の低い人間です。
 たまたま結婚はできましたが、子をもうけるつもりはありませんでした。
自分のような自信のない人間を親に持つ子がかわいそうだと思っていたからです。
ただ、父の死をきっかけに、同じ歳に死ぬとしたら残り30年。自分の人生はこのままで良いのか?と考えるようになりました。そんなあるとき、妻に「子どもが大好きなのに本当に子どものいない人生でいいの?」と聞かれたのです。この言葉が私の人生を変えました。

 実は私は子どものころからどういうわけか子どもにもてました。私自身、小さい子の相手が好きでもありました。それを知っていての妻の言葉でした。「よし、子どもを持とう」と思ってから、すぐ娘ができました。だから娘は、私が充実した人生を送るため、天が下された贈り物だと思っています。そのため、私のこの事業に対するモチベーションのすべては、この娘から発していると言っても過言ではありません。

 娘に生き抜く力をもってもらうために、私自身が生き生きと生きている後姿を
見せたい。一人っ子にしてしまった娘に、兄弟のような幼馴染を作ってやりたい。娘が将来協力し合って苦難を乗り越えて行けるように、世の中に頼りになる同輩をたくさん輩出する仕組みを作りたい。それも、娘の世代が財政赤字に苦しまないように、公金をあてにせず運営できる仕組みを、社会を変えるほどたくさん。そして、高齢者問題で、娘の世代が負う負担をなるべく軽くする仕組みにもしたい。というふうに。

 娘の世代の前に立ちはだかる以下の問題の、解決の糸口だけでも見つけて、安心して逝きたいというのが私の目標になりました。

●社会的課題

(1)弧育の拡大と地域教育力の低下
 昔にくらべ、今の子どもたちが接する人の数が格段に減りました。兄弟が少なく、一人っ子が多い。外で遊べる場所も時間も減り、防犯上の危険もあって、大人数で遊ばなくなりました。一緒にといってもTVゲームするだけだったりで深い関わりも減ったようです。公設学童保育に居られるのは小1から小3であるため、歳の離れた子と遊ぶことも減りました。

  子育てもプライベートなものと考えられるようになり、他の家庭に手や口を出すこともはばかられるようになりました。親は独自の価値観で子育てすることになり、子どもは親以外の価値観に触れる機会を失っています。こうして、「臨機応変に自ら道を切り開く力」の乏しい子ども、無難に生きることを「夢」として語る子どもが増えました。ある日、TVで、学校に通えるようになったカンボジアの子ども達が口々に、人の役に立つ夢を語るのをみました。かつての日本もそうだったのに。再びそういう子どもたちを日本からも輩出しないと娘の生きる日本社会は劣化する一方だと感じます。

(2)地域の互助力の低下と高齢者の増加
 大人の世界でも、地域のつながりが薄れ、互いに助け合うことが少なくなりました。家族の関係も希薄になり熟年離婚や仲たがいで音信不通になる親子も増えて孤独な高齢者、手助けが必要な高齢者は増加の一途です。そのため、ご近所のちょっとした手助けで済むような問題まで、公的支援が必要になり財政を圧迫します。

(3)労働人口の減少=労働世代の高負担
 手助けが必要な高齢者が増加する一方、労働人口は減少し、労働者は高負担を強いられることになります。娘の世代は、それでも希望を持って働き続けられるだろうかが心配です。


●ビジョン

 「物が豊かで、便利で快適」が幸福であると信じ、経済的豊かさへとまい進してきた日本ですが、その結果、人とのつながりが薄れ、孤独感が社会を押し包んでいます。

 今ここで、幸福感の源泉を「もの」から「ひと」へシフトさせることが必要だと考えます。そのためのキーワードが「あなたが居てくれてありがとう」です。たとえば、夏、エアコンの効いた部屋で一人で快適に過ごすよりも、「暑いでんなぁ」「ほんま、かないまへんなぁ」と言い合える相手がいることの方が、実は幸福なのではないかという考えです。

 ただ、現状、人が自然に集う場所(路地や井戸端)は地域に見当たらなくなっています。公共の用意する場の多くは世代を限っていて役不足です。私は、世代を超えて興味をもつ「子ども」をフックとしてはどうかと考えました。シニアが子どもに遊びを教えるイベントもよくありますが一過性のつながりとなりがちでした。常設の場が必要だと感じました。そして閃いたのが学童保育園+コミュニティカフェだったのです。

 「子ども好き」で「子どもにもて」かつ「新たな教育が必要と感じている」。私の「できること・やりたいこと・やるべきこと」の重なる事業だと感じたことも背中を押しました。

 凛童舎は、「ありがとう」を言い合う「縁」をつなぐ、地域に投げ込まれた常設装置です。

 近未来の日本を、幸福社会とするためには、「ありがとう」を言う方も言われる方もハッピーになれるという「お金ではなく、無(人と人との関係性)から有(ハピネス)を生む」仕組みで、財政難や人手不足の日本を幸福社会とすることができると思ったのです。

 教育方針は、「何はなくとも自己肯定感を」と定め、常に子どもを「肯定」することとしました。自己肯定感の低い人間は、他者に対して堂々と振る舞えない。私自身、学校や会社などの様々のコミュニティでうまくやっていくのには大きな障害でした。そういう、人に対して挙動不審な振る舞いになる人間は、とっつきにくく、「感じの良い人」とはならない上に、人に真意を伝えるのが下手で誤解されがちになるからです。そういう人間は、社会で成功する上で、そうでない人間に比べて、非常に多くのマイナス要因を背負うことになります。子どもたちにはそうさせないことが一番大切だと考えたのです。


●ビジネスモデル

 私は、自立したイノベイティブな人材を、将来日本を支えるインパクトのある数輩出するには、公設学童保育のような一般家庭の子弟が普通に通える価格で、子どもたちに教育的配慮をしつつ、営利学童保育のようにプログラム漬けではない、自己裁量で行動できる自由な放課後を提供する施設が全国の各小学校区に2~3か所は必要だと思います。

実現方法
1)ファシリティの多重活用

 午後3時までの空き時間をコミュニティカフェとして地域に開放し、地域住民との接点とします。学童タイムにPCによるEラーニング型学習塾となる一室は、カフェタイムには、シニア向けPC教室(PCの2重使い)などとして活用し、関わる人間を増やしつつ、収益化も図ります。

2)ボランティアの活用
 ボランティアとは無報酬で働く人ではなく、金銭外の報酬で働く人です。ボランティアにはコミュニティカフェの時間帯にこの場所を自由に無料で使ってもらいます。

 学童保育ボランティアには、アクティブシニアに参加してもらいます。若者ボランティアはどうしても年齢が近い分、子どもに迎合的になります。遊びにも混じり、このことで子どもは「遊んでもらう」ことに慣れてしまい依存的になります。その点シニアは、自分たち亡き後の未来を見つめている分、教育的な配慮をしてくれるし、子どもたちも自然とシニアには一緒に走り回ることを求めません。

 そうして時が経ち、子どもたちが中高生、大学生になったころ、彼らを世話したシニアも弱って、入院や車いす生活になり、介護やリハビリが必要になっているかもしれません。そんなとき、昔世話した子どもたちが立派な中高大学生になってシニアのところを訪れ、手助けをしたり、話し相手になってくれたりしたら、シニアの心も和むし、思春期や青年期の子どもたちが「人生」というものを考えるきっかけにもなると思います。このことが、将来の高齢化社会の人手不足の懸念を軽減する一助になると考えます。

 最終的には、これを主催者が最低限食え(年収300万円目標)、かつ「円」はなくとも「縁」は豊富な、「ひと」基軸の幸福を享受できるモデルとしてオープンソース化します。そして、「食えるなら」と日本各地の厚志家に真似してもらえれば、公金を使わず幸福社会を築けると考えています。凛童舎はその小さな一歩です。

*キッズコミュニティ凛童舎
 →
http://www.rindows.jp/


‥‥|‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    
   || 特定非営利活動法人[一新塾]
   || URL: http://www.isshinjuku.com/   Mail: iss@isshinjuku.com
   凸 105-0014 東京都港区芝3-28-2カスターニ芝ビル2F
   || [地図] → http://www.isshinjuku.com/map.html
  || Tel 03(5765)2223 Fax 03(5476)2722
  囲囲     ×     ×    _    _上
  八八   /┃\   /┃\  |::|-○╂|::::|
  ∧∧∧  /│┃│\_/│┃│\ |::|-┼╂|::::|
 //⌒\V─┴┴╂┴┴┴┴┴╂┴┴─|::: ̄ \|::::|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
               ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

凛童舎でシニアと子ども対象にスポーツ吹き矢をやろうと思っています。


それで、昨日は、別件で知り合ったスポーツ吹き矢協会指導員のFさんが来てくださって、凛童舎で体験をさせていただきました。


的までの距離6mからはじめて7m、8mへと伸ばしていきました。片目をつぶって狙うのは禁止なので、なんとなく「そうかな」ぐらいのタイミングでフッと吹くと、中心近く結構当たりました。筋がいいそうです。(笑)


凛童舎で距離10mまで出来そうです。


Fさんの手作りの道具もたくさんもらいました。

夏休みのお楽しみ会としてやろうかなと思っています。


今日は、千葉大学建築学科、福川研究室(街づくりがテーマの研究室)のゼミにお邪魔して、プレゼンさせていただきました。日建設計裏話も少々。楽しかったです。

またまた連載「人口減少ニッポンの未来」からの話題です。


私は、日本の生産人口は減っていくから、そのうち働き手が足らなくなる。だから女性の労働力が必要になると思っていたのですが、なんとそうではないらしいのです。


その理由を【第5回】 人口が減るのに街は失業者であふれる!? ではこう説明しています。


たしかに炉生産労働人口は、年0・9%の割合で減っていくのだそうですが、一方「平均労働生産性上昇率」は上がっていくそうです。


以下引用


2004~2008年の平均上昇率を見ると、1.19%。今後もこのスピードで上昇するものと仮定すると、生産年齢の減少率0.9%を上回って進むことが考えられる。これなら、生産年齢人口が減ってもどうやらカバーできそうだね。


以上引用


さて、そうはいっても、エネルギー問題もあるので(遠くから運んでくるコストが上昇する。エネルギーを使って生産するより人出を使う方が安くなる。など)、これまで同様に労働生産性が上がっていくとは考えられないと私自身は思います。


がしかし、以下の主張には私も同感です。


以下引用


 じつをいうと、労働人口そのものは不足しないものの、今の日本に不足していて、将来も必ず必要になる労働力があるんだ。「高度人材」と呼ばれる人々だよ。

 一般には、専門的な技術や知識を持つ外国人労働者を指している。人口減少の時代に労働生産性を上げ、経済成長や技術革新をおこなっていくには、不可欠な人材だと考えられているよ。

 もちろん、ただ知識や技術を持っているだけではダメ。有名な大学や大学院を出ているだけでもダメ。自分で考えて行動し、「イノベーション」を起こすことができる人材が必要だ。

 イノベーションと言ったって、山中伸弥教授が成しとげた「iPS細胞の開発」みたいな偉業ばかりを指すわけじゃないよ。パン職人がランチにぴったりのヒット商品を生み出したり、農家の人がお米の品種改良をしたり、営業マンが、お客様が欲しいと考える機能を持った商品やサービスを見つけたり――そんなことだって、立派なイノベーションだ。


 消費が落ち込み、国内での市場が小さくなっていくこれからの時代は、新しいモノやサービスを生み出し、「あ。これ、ほしい!」って思ってくれる人を増やさなきゃいけない。それも、世界と競争して勝てるようなものでなければ、すぐ、追い払われて買い手から忘れられてしまう。


だからこそ、指示されたことをこなすだけではなくて、自分で工夫して挑戦する「高度人材」が必要なんだ。


以上引用


私は、今の公教育はイノベーターを育てるようにできていないと思っています。なので、そこで成績が良くてもあまり意味がない。


だからこそ、凛童舎では、子どもたちのオリジナリティを伸ばすサドベリースクールの教育観を導入しようとしているし、学生時代にアイディア力・発想力を鍛えられた早稲田大学建築学科の課題を小学生向けにアレンジした「小学生のための建築家養成塾アーキキッズ」を始めようとしています。


外遊びも、かつて私が、石ころひとつで楽しむ知恵など、常に工夫とともになった環境だったと感じているので凛童舎でも奨励しています。







「人口減少ニッポンの未来」 連載第2回で言っている「頼りにならなくなる行政」という発想も、私が凛童舎を、コミュニティ再生のための常設装置にしようと始めた理由のひとつです。


以下引用


こうしてコミュニティを失ってしまうことは、じつは僕らにとってとても大きな痛手なんだ。なぜって、人口が減少すれば税金による収入がますます減るから、行政もあまりたよりにならなくなる。だから、近所に味方がいるということはすごく心強い「保険」になる。


 自分も家族も元気で自立している間は、こんな保険なんていらないだろう。でも、子どもが生まれたり、親が倒れたり、自分が年取って病気になったりすれば、そばにいて助けの手を差し伸べてくれる生身の人間がどうしても必要になってくる。