昨日、2月5日は「森の探偵団」の日でした。


毎月、船橋市立小の先生の研修会で短縮授業になる日に田喜野井公園の森で、プロインタープリター(自然翻訳者)の鈴木さん(ともちゃん)に来てもらっておこなっています。

今月のテーマは「大地になる」。「落ち葉の布団」をつくって交代で寝てみました。もちろん、掛布団付きです。(笑)




公園で遊んでいた子たちも集まってきてにぎやかに楽しめました。







凛童舎代表の私も寝てみました。2年生の女の子たちが山盛りに落ち葉をかけてくれました。暖かかったです。





で、見上げた空は、こんな空。昨日の雪空がうそのよう。





来月は、3月12日の水曜日です。


場所は、いつも田喜野井公園の森でです。定点で季節の移ろいを感じるためです。15時ぐらいから17時ぐらいまでやってます。途中でおやつタイムも。

テレビ漫画(なんて今どき言わないか?でも昭和の香りぷんぷんのあれはアニメという感じじゃない気もする)の「サザエさん」で磯野波平の声を演じておられた永井一郎氏が他界された。


私も、「ムーミン」や「母を訪ねて三千里」「フランダースの犬」をなど見ていた子どもの頃から、直前にやっていた「サザエさん」をよく見ていた。


あの慣れ親しんだ波平の声がもう聞けないのはさびしいと思う。というより声の変わった波平を「波平」と思える自信がないくらいだ。


でも、そんなときに不敬かもしれないのだが、波平が「変わる」機会に非難を覚悟で述べてみたいこたがある。波平の教育観についてだ。


「もう古いのではないか?」「あれだけの国民的番組で、あれを放送し続けることには、悪影響さえあるのではないか?」と最近思い始めていた。

「親とはああしたものだ」と大多数の親が思ってしまうのではないかと心配だった。


波平と言えば「ばっかも~ん!!」だろう。


親には、幸か不幸か知らないが、私を親として生まれたからには、「これだけはやらないでくれ」というものがあってよいし、むしろ、そういう肝のようなものが親としてあるべきだとも思う。これは『人の道に反する』と思うような、絶対に許せないという肝の場面で「ばっかも~ん!!」と雷を落とすことがあってもよいと思う。


その肝が、親によって多少ずれていてもそれは仕方がない。誰を親として生まれてくるかは、どの国に生まれてくるかと同様に運命だ。人はその運命を受け入れ最善を尽くすしかないのだから。


そういう、『人の道に反する』ような場面での「ばっかも~ん!!」はよいと思うのだが、あれはどうかと思う。


「そんな暇あったら勉強しろ!」「何だこの点数は!!」というような、勉強至上主義的な「ばっかも~ん!!」だ。


親の仕事は勉強させること?勉強させときゃ、成績良けりゃあ何とかなる?東大入れば何とかなる?そんな時代は終わっているのではないかと思う。


確かにこれまで「親」を描くとき、「勉強しろ!」と言わせておけばそれらしかった。


のび太のママももマルちゃんのママもそうだった。でも、もうそんな描き方をし続けていてはいけないと思うのだ。


特に、日本の教育は、いまだに「既知の答えに早く辿り着く」力を目指す教育だ。しかし、それで高得点をとれても、世界最先端の少子高齢化、世界最大の財政赤字という問題を抱えた日本に必要な人類未踏の状況を解決する「未知の答えを生み出す」力が育まれるとは思えない。


ただそれらしく見えるからと、国民的番組で旧態然としたステレオタイプの「親」を放送し続けるのは罪深くないだろうか?



さらに言えば、カツオがめげない性格だから磯野家の例では何とかなっているが、今やめげやすい子の方が多い。


成績の良い子を作るより、めげない子を作るにはどうするかという方が今や教育の重要テーマだと思う。やたらめったら叱りまくる親像というのも問題だ。


「サザエさん」には、昭和の良い部分もたくさん出てくる。でも、昭和の悪い部分も出てしまっている。国民的テレビ番組であるだけに、そろそろ潮時なのではないかと私は思う。


ミスタービーンのように、外人のパジャマには帽子もついているとか、囚人は横じまのつなぎを着ているとか、中国人が日本語をしゃべる時、文末に「~あるよ」と付くとか、半ば記号化したギャグの範疇として皆が「勉強しろ!」を見ているのなら問題ないが、その実、日本人の深層心理に影響していたりするのではないかと心配だ。



今日、1年生の男の子が学校から持って帰ってきたあやとり糸で、70代のシニア女性と1年生の男の子2人が遊び始めました。





ときどき、げらげらと笑い転げています。あやとりって、そんなに面白かったっけ???微笑ましいです。



奥のテーブルでは、ひとりでブロック遊びをしていた1年生の男の子が、横でマンガを読んでいる6年生の女の子に話しかけています。


「ねえ、みてみて、こんな電車!」


それを邪けんにせず、微笑みながら受けごたえしている女の子。こちらも微笑ましい。


今日も素敵な時間が流れています。

昨日の日曜日、船橋ワーキングマザーの会主催の「二兎を追って二兎を得る!仕事と子育て両立術」に行ってきました。来場者の多くは未就園児のママさんで、50人ほども集まりました。講師の吉田恭子先生(NPO法人ファミリーシステムの代表)のお話とてもよかったです!


将来の人口構成から女性の働く意義、パパの役割、孤育にならない方法などなど、とても理論的で実践的な内容でした。

とても共感しました。そして凛童舎と問題意識が同じだと感じました。



「凛童舎」も、子どもたちの迎える人口減少少子高齢化社会を少し手もよくするために、女性に頑張ってもらわないとと考え、女性の働きに出やすい環境づくりをひとつの目的に設立しましたから。


それと、あとで講師の方に訊いたのですが、孤育のはなしのとき、会場で涙ぐんでいるお母様がたくさんいらしたとのこと。「育休中は孤独になるのよね」と主催者のママさんも言っておられました。


コミュニティカフェRindowは、そんなお母様方にも地域の方々とつながり、お気を抜ける場にしたいと運営していますが、なかなかそういう場になっておらず、申し訳なく思いました。


一緒にコミュニティカフェRindowを活性化する企画と実施をしてくださる方募集中です。



先週末の土曜日(1/18)に、凛童舎でスタッフ新年会をやりました。8人のボランティアさんが集まってくれました。お子様連れで参加してくれた方もいらしたので、私も入れて11人の宴会になりました。


これまで、スタッフミーティングをしたことがないわけではなかったですが、これだけたくさん集まったのは初めてでした。


ボランティアさんには、日替わりで来ていただいているので、私も、一度に大勢とお会いするのは初めてでしtたし、ボランティアさん同士も、初めて顔を合わせる方が多かったです。


集まってくださったボランティアさんは、50代の会社社長、建築士で、現在保育園に努めている保育士でもある50代女性、ご近所70代の女性、ご近所の30代のママさん2人、学びなおしの学生をしている30代男性2人、学童保育指導員2年のご経験がある30代男性の8人です。


最初は、硬かった皆さんも、徐々にお気持ちを語ってくれて、凛童舎にそれぞれ思い入れを持ってくれていて、しかもご自身にも価値があると感じてボランティアしてくれているのがわかり、とてもうれしかったです。


いつもお子様を連れて勤務してくれているママさんは、「下の子があまり外で遊びたがらず、ふたりで家にいてもなんだなあと思ったのと、子どもが皆小学校に上がったので、私自身も社会との接点を持とうと思っていたとき、凛童舎のボランティア募集のチラシを見つけ、子連れでもOKとあったので、親子ともに価値があると思って申し出てみたんです。」という話をしてくださいました。


お互いの存在がお互いにとって価値がある、「あなたがいてくれてありがとう」

そんな関係づくりの出会いの器に凛童舎がなれればと思っていたので、ちょっとそれができ始めているような気がして感激しました。


市販のピザや冷凍のたこ焼き、点心と、缶ビールやペットボトルのお茶、ジュースといった質素な宴会でしたが、手伝ってくださっている皆さんの思いが聞け、より身近に感じることができるようになったのは、すごく価値がありました。


帰り際には、学生同士、大学のことで話し込んだり、ママ同士でメールアドレスを交換したりで、まだ小さいですが、コミュニティが生まれ始めている気がしました。


今回、バイトや用事で来れませんでしたが、今月から2人の20代の男女が新たにボランティアに加わってくださいました。


3月には、凛童舎でサドベリー教育を知り、とても興味を持ってくれた女子学生が、「まっくろくろすけ」という日本初のサドベリースクールでの、3泊4日の研修に参加すると連絡をくれました。


凛童舎をきっかけに、人がつながり、成長し、ハッピーになっていったらいいなと思っています。


あとは、子どもたちも、異年齢「集団」を体験してもらえたら完璧なんですが、まだ「集団」といえるほど、子どもが集まっていなくて、申し訳ないと思っています。来年度募集に力を入れます。


スタッフミーティングを兼ねた宴会は、偶数月の週末に、奇数月の週末には、スタッフも参加する在籍児童のご父兄同士や御兄弟同士などの家族交流宴会を行っています。


凛童舎のスローガン「子育てを通じて地縁を紡ぐ」のとおり、コミュニティカフェと学童保育の関係者を種に、多世代地域コミュニティが育っていったらいいなと思っています。


そうすれば、子どもたちの生きる、人口減少少子高齢化社会も、少しは温かみあるものになるのではと考えています。