昨日、3月12日に、いつもの「森の探偵団」をやりました。


毎月、1回、船橋市立小が短縮授業になる日に田喜野井公園の森で、プロインタープリター(自然翻訳者)の鈴木さん(ともちゃん)に来てもらっておこなっています。


場所は、基本、田喜野井公園です。毎月同じ場所にすることで、季節の移ろいを、より深く実感できるようにです。



今月のテーマは「森の演奏会」。手作りの楽器をつくって森で合奏しました。ボランティアさんのバイオリンも加わって、なかなか楽しめました。


まず、凛童舎で楽器作り






写真は作った楽器





右の2つは「パチカ」というそうです。ガチャポンのケースで作りました。森に行って球の中に、ドングリや小石、小枝の切れ端など思い思いのものを入れて完成です。入れるものによって微妙に音色が違って面白い。


この演奏がなかなか難しい。

演奏法動画はこちら → https://www.youtube.com/watch?v=ztJNcE5t1L0


球が打ちあうリズムと、中のものがシャカシャカ鳴るリズムとの、2つのリズムが同時に鳴らすのですが、誰も成功しませんでした。


左の小さな筒は、名前は知りませんが、牛乳パックとレジ袋で作ったものです。牛乳パックを切って筒状に下の者の一部を四角く切り取って、そこに小さく切ったレジ袋の切れ端を貼り付けます。口にくわえて「ウー」というと、そのレジ袋が振動して「ブ~ン」となります。メロディは、声の方で鳴らします。(笑)


森で謳うのは気恥ずかしいけど、これを口にくわえて「ウーウー」いうのは、意外と平気でした。(みんな一緒だし)


実は、森にカメラを持っていくのを忘れてしまい、演奏の様子はお伝えできません。すみません・・・・


次回は、4月23日。すっかり春になっているでしょうね。楽しみです。





偶然、「脱常識!江戸川区のすごい「学童保育」」という記事を見つけました。

http://toyokeizai.net/articles/-/24310


文科省が自治体に勧めている「放課後子ども教室」に厚労省所轄の「学童保育」を合流させたようなプランです。


学童保育に子どもを預けているご父兄からは、「放課後子ども教室」はあくまで遊びや学びの場であって、学童保育の存在意義である「家庭の代替としてのゆったりくつろげる空間」とは別物との批判があります。


江戸川区の場合、一応、誰でも無料で登録できる「一般登録」(参加日や帰宅時間が自由。無料)と、有料の「学童クラブ登録」があるようですが、上記の点がどの程度手当されているかが重要ですね。


ただ、江戸川区の多田正見区長の言う


そもそも、街づくりの中心は「子育て」にある、というのが江戸川区の根本的な考えです。基本となる理念は「共育」「協働」で、これは「大人も子どもも関係なく、みんなでお互いに勉強し合って、共同の力で地域を支えましょう」という考え方です。


という考えは、まったく凛童舎が目指すところと同じです。特に「大人も子どもも関係なく」というところなど。


また、私も、この財政難の時代、ファシリティの多重利用が必要で、放課後の学校も、ただ空けておくのではなく、どんどん活用すべきだと思っています。


私は、古くなった公民館は建て替えず、放課後や休日の学校を公民館として活用してはとさえ思っていました。


いずれにせよ、江戸川区の事例は今後も注目していきたいと思いました。

今日のCafé Rindowは、久しぶりに赤ちゃんがいっぱい。本当に癒されます。


こういう日には、やってて良かったとつくづく思います。

沖縄から学童保育 凛童舎を視察に来たいと電話がありました!

ええ~っ!?沖縄からわざわざ来ていただくほどのものという自信が全然ありません!


「赤字ですよ」「子ども少ないですよ」と念を押しましたが、HPをみて「同じようなことをやりたいので」とのこと。


ぜひ、「ついで」もいっぱい作って来てくださいね。どんなお話が聞けるか楽しみにしています。

凛童舎が標榜するサドベリースクールの関係者である知人が、俵万智の新刊『オレがマリオ』(文芸春秋)の一首:

「オレが今マリオなんだよ」
島に来て 子はゲーム機に 触れなくなりぬ


について、以下のようなことを言っていました。


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 俵さんは仙台に住んでいたが、原発事故の放射能から逃れるために一時避難のつもりで坊やと二人で石垣島に行き、そのまま住みついている。石垣島の海と自然の魅力がゲーム機の魅力を上回り、坊やは自らマリオになりきって外で遊んでいるという歌だ。
 グリーンバーグ(サドベリー教育の創立者)は、「大人の価値観を子どもに押し付けてはいけない。子どもにとって有害なものは、必ず本人が自主的に離れる。そういう判別能力を持っている子どもを全面的に信頼しなさい」という。
 俵さんのお子さんは、石垣島の自然に接して自主的にゲーム機から離れた。これから身体も強健になり、逞しく育っていくだろう。まさにグリーンバーグの言うとおりだ。
 でも、石垣島の自然ほどの魅力を子どもに与えられないときには、どうなるのだろう。

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グリーンバーグ氏の「子どもにとって有害なものは、必ず本人が自主的に離れる。そういう判別能力を持っている子どもを全面的に信頼しなさい」という言葉にはとても勇気を得ます。

ただ、話は違いますが、俵万智さんの、原発事故から自分だけ逃げだしたあの行動は私の価値観から言うと賛同できないです。東電の重役たちの海外逃亡と同等に思います。その電気、あなたも使っていたでしょう?と思います。

マイケル・サンデル氏のハーバード白熱教室を見て自覚したのですが、わたしはどうやらコミュニタリアンのようです。

私が今あるのはこの社会のおかげです。だからこの社会がこうむった悲劇から自分だけが逃げ出すなんて卑怯なことはできない。多くに方々が逃げるに逃げられない状況である以上、一部の限られた人だけにしかできないような避難はすべきではない。自身が放射能をかぶろうともそれを甘んじて受け入れるべきだと考えています。

そういう、社会に支えられているという自覚を持つ者で構成されてこそ、社会は進歩しうると思います。

最近、自分だけが得すれば、自分だけが安全なら、自分だけが楽しめればよい。そう考える人が増えてきているように思います。そういう社会の行く末は、殺伐としたものにしかならないと娘の時代が心配です。

だから、自分の子だけがサドベリースクールに通えればよいという風には考えられないのです。



リバタリアンは人はできうる限り自由を与えられるべきだと考え、コミュニタリアンは、所属するコミュニティに対して一定の義務を負うものだと考えるようです。

この2つの考えの人は、それぞれ一定数社会にはいて、どちらかに収れんすることはないでしょう。だた、リバタリアンが社会の大多数を占めてしまえば、その社会は、よほど豊かでない限り他者を信用できない殺伐とした社会になるだろうということです。

自由な国アメリカでも、意外に国家に所属意識が強く、誇りにしている人が多くそれで社会が成り立っているのではないかと思います。

日本はもともと、「お陰さま」という思想があって、コミュニタリアンの方が多かったと思われます。それで何とか幸福な社会を維持して来れました。

ところが近年それがどんどん減ってきて、自分さえ良ければよい、他人の痛みは気にしないという人が増えていそうで、阿部首相など、そういう危機感もあって国家が道徳心や愛国心をコントロールしようという発想につながっていると思います。

要するに民心が信用できなくなってきたのでしょう。(いや、もともと信用してないか)

放射能から避難するという問題は、究極的には山で遭難したパーティで自分だけがチョコレートを持っていた。それを分け合うか、自分だけで食べるかということと同じです。

この場合、「チョコレートを持っていない」ということと「避難する道を持っていない」ということが同値です。

もし、自分のものだからどうしようと勝手でしょうと一人で食べることは可能だし法も制限しないでしょう。ただそれをしてしまうと、そのパーティというコミュニティでは仲間として認知されなくなります。

もしそのあと、気温が下がって、寒くなっても、仲間から毛布を分けてもらうことはできなくなるでしょう。

避難先の外国で、もし誘拐されて政府に身代金の要求が来ても、もしその人が原発から逃げるために海外に行ったと知ったら日本の世論が「身代金を出してあげげるべきだ」という方向には向かわないでしょう。

避難する方にも後ろめたさがあるはずです。あるならそれがその方の真の心です。「関心はしないけど仕方ないよね」と思う行動をとると、それは心の重しとなってずっと尾を引くでしょう。

外国に避難した人は、将来、日本に戻ってくることがあった時、外国に行くことになった理由について偽りを述べて通さなければならなくなるかもしれません。

避難と言えば大きいことですが、例えば「福島県産の牛乳や野菜を買うか」という問題とも同じです。

「罪なき同朋が、風評被害で困窮しても知らない」と考えるか「情けは人のためならず。困っているだろうからなるべく買ってあげよう」と思うかという問題とも同じです。

私がこういう風に考えるようになったのにはきっかけがあります。

一つは学生時代、ある韓国からの留学生に、朝鮮併合時代に日本がかの国でしたことについて非難されたときです。それで、私は「それは、自分たちがしたことではないから、我々が責め負ういわれはない。」というようなことを答えました。その時彼にこう言われたのです。

「あなたは先人たちの残した正の遺産を享受しているはずです。にもかかわらず、負の遺産は受け継がないというのは卑怯です。」と

私は、まったくその通りだと思いました。

下宿に帰る電車の中でずっと考えました。自分が大学に行けるのは、親のおかげだけれど、そもそも大学という仕組みをだれかか構築したからだ。物理的に通学できるのはこの電車があるからで、この電車も誰かが運転している。そのその誰かが線路を敷いた。いや、そもそも先進国人の生活ができるのは先人の努力のおかげ。いや、朝鮮戦争がなかったら日本経済は復活していたかどうか。ならば、朝鮮戦争で苦しんだ人々の犠牲の上にある。いや、そもそも基本的人権が私に保証されているのは、だけかがその獲得のために戦って勝ち取ったもの・・・・・

そう考えていくと、自分ががんばって手に入れたものなど何もないと思いました。


私は、全ての人が私のように考えるべきだと思っているわけではありません。ただ、私の発言が誰かの目にとまり、そうだなと思う人が増えてくれればと思っているだけです。すでに避難を実行されている方の考えを変えられるとも思いません。

ただ、多くの国民がお金と機会があればアメリカかカナダの永住権を取って祖国を逃げ出したいと願っている隣国のような国に、日本がなってほしくないと願っています。もしそうなったら、つまりコミュニティに何の義務も負っていないと考える人が多数派になったら、日本の「国というコミュニティ」は居心地の良いものにはなりえないでしょう。

私が勤めていた日建設計にインターン来ていたフィリピンの超富裕層の子弟は、まったく自国に愛着を持っていませんでした。いまは、多分、カナダかアメリカに住んでいると思います。同じく台湾の超富裕層の子弟は、将来カナダに住むと言っていました。親が別荘を持っているそうでした。



私は、いま日本は「幸福」の定義を変えるべき時に来ていると思います。「豊かさ」とは、言い換えれば、「何事も自由にできる裕福さ、様々な苦痛から逃れられる快適さ」と言い換えることもできるのでは。しかし、独りぼっちでそれができたからといって、果たして幸福だろうかということを考え始めています。それよりも多少不自由でも、苦痛が伴っても、気心の知れた大好きな人たちの中で、承認され感謝されて生きることの方が幸福なのではないかと考え始めています。



それは、3.11の被災者や、ブータンの人々が示してくれています。そういう幸福は、コミュニタリアンの幸福ではないでしょうか?