今日からいよいよ夏休みスタート!

朝は、学習参考書の出版の仕事をしてくれているOさんが担当してくれています。さすがに教えるのが大好きで上手です。頼もしいね。

子どもたちは、しっかり朝から宿題をやったので、心置きなく遊んでいます。

10時には、「風船おじさん」こと、Tさんがきてくれました。風船をいろいろ作ってもらったり、風船を使ったゲームを教えてもらったりで大興奮。初日から飛ばすね~。


そのあとは、ツイスター。なぜか子どもたちはこれが大好きで、今日は、これで2回目です。

12時半から1時間はゲームタイム。暑いのに皆でゲーム機を覗きこんでワイワイ。

そのあとは、「外行きた~い」というのだけれど、「今一番暑いときだから夕方になってからね」と押しとどめています。

今、15時半。

子どもたちからは「暑い」の声は一言もなかったけれど、熱中症指数系が「厳重注意」ゾーンに完全に入ったので、仕方なくクーラーを入れました。ただし28℃の省エネ設定です。

凛童舎は、子どもたちに、具体的イメージで言うなら、「青年海外協力隊に行っても逃げ帰ってこないだけのサバイバビリティ」を身につけてほしいと願っています。世界に先進国人としての責任を果たすために。また、「人のために役に立ちたい」という利他的な夢を見る大人になって欲しいとも。

理由は以下です。

もし、世界中の全人口が自分と、あるいは平均的な日本人と同じ生活をしたとき、地球が2.5個分必要なのだそうです。

なので、日本人は、地球1個分以下の生活をしている人々の余剰から搾取して今の高負荷な生活を享受しています。

これから、後進国も経済力をつけて行きます。今、アフリカ人は地球0.7個分の生活ですが、いずれ、1個を超えてきます。そういう時代、どうやって世界全体を地球1個で賄うのでしょうか?

地域間格差が減少したとき、地域内の階級格差によって地球1個分に収めるのだとしたら、子どもたちの生きる時代の日本は殺伐としたものになります。

それを避けるため、もちろん、自然エネルギー開発は必要ですが、世界の人口増を考えると追いつかないと思われます。だから、日本人も地球1個分の生活に近づけていくべきだと思うのです。

今の子どもたちは、とても打たれ弱いと思います。暑い、寒い、おなかが減ったということを我慢することが少ない。かつて子どもなら一度は罹らなければならなかった病気も、皆、予防注射で、かかる必要がなくなり、病苦も知らない。

我慢すれば済むようなことも、我慢せずに済むように仕向けられています。標準がどんどん怠惰な方向に進んでいます。駅のエスカレーターは、中高生でも使います。スマホを見続けるために。

凛童舎では、できるだけ我慢する経験もさせてあげられたらと思っています。

「夏が暑いのは当たり前。でもそれもまた楽し~い」そんな思い出ができる夏休みにしてあげたいなと思います。
昨日は6月の「森の探偵団」をやりました。場所はいつもの田喜野井公園。季節を通じて定点観測という意味があります。

天候が危ぶまれましたが、はじめこそ少しパラついたものの、最後には陽が差しまでになっていました。「晴れ女」を豪語する、インタープリター(自然翻訳者)の鈴木さん(智ちゃん)のおかげですかね。

今回のテーマは、森の材料を使って「○○のおうちを作る」でした。

たとえば「ダンゴ虫のおうち」とかです。

まず、チームに分かれて、設計図を書きました。

設計図

それから、チームごとに工夫を凝らして、製作です。

出来上がりはこんな感じ

 作品1


順番が逆のようですが、そのあと住人探しです。(笑)

ダンゴ虫やらミミズやら、どんな場所に居そうか予測しながら探します。


小さな土ガエルを見つけたチームは、急きょ「カエルのおうち」に変更。
何匹も見つけて、二義こぶしの中に詰め込んでいたので、全部ぐったりしてしまいました。(笑)

子どものうち、カエルや虫相手に残酷なことを体験しておくと、人間相手にそういうことをしなくなるとの説がありましたが、本当でしょうかね?

最後は、みんなで品評会です。
それぞれのチームのプレゼンを聞いた後拍手の大きさで投票しました。



優勝は、女の子チームらしいアジサイの花で飾った「ダンゴ虫のおうち」でした。葉っぱで中を暗くした甲斐あってか、入れた虫たちが逃げ出してこなくなりました。居心地良くなったんですかね?そこも評価されました。

みんな結構熱中してました。はじめは気持ち悪いと、虫に触れなかった子も、家から逃げ出した虫を家に戻す間の一瞬だけは触れるようになってました。

来月の「森の探偵団」は7月9日です。初夏の森はどんなでしょうか?

昨日、アズママさんのスタッフが、当方との協業のお話に来られた。

アズママさんが推進している子育てシェア(http://asmama.jp/)は、未就業のママさんたちには、ちょっとしたアルバイトにもなるなと思う。

普段、月一で交流会などを開催して、お友達になったママ同士がお互いの子を空いてる時間に、時間500円であずかりあうのだそう。

ただ、うちにボランティアに来てくださっているママさんたちにヒアリングしたところ、「それでも、一人で一人のお子さんは預かるのは責任が重くて怖い」とのこと。

「なるほど、そう思って登録を躊躇している女性も多いのでは?」と思い、このCafé Rindowを「一緒に子どもを預かる場にすれば、ハードルも下がって登録者も増えるのでは?」「さらに、Café Rindowに来たお客さんに、そういうお仕事があることを実践中の人から聞く機会にもなり、登録者増にもつながる。」とアズママさんに提案。

アズママさんからは、「そういう拠点があるとありがたい」とのお言葉を頂いた。

Café Rindowとしても、そうやって、この場所を活用してくれる人が増えればありがたい。

「Win-Winという言葉は嫌いですが、これでHappy-Happyに慣れればよいですね」とお伝えした。

一点、凛童舎として気になっていたのは、アズママさんの仕組みが「ママ同士」だけの助け合いに見えること。

凛童舎はむしろ「異世代間の助け合いこそが、難題多き近未来日本を救う」との考えで、シニアの子育て参加を促進したいと願っている。

そのことをお伝えすると「アズママも、子育てサポータをママに限定していない。男性でもシニアでも大歓迎です。」とのこと。
そうだとありがたいが、「それにしては、ネーミングや、広報の方向性がそうは見えないので、シニアサポーターなどのネーミングで、別枠で募集するなど工夫が必要ですね」とお伝えした。

学童保育「凛童舎」は、人口減少問題を緩和するため、女性が就労しやすい環境づくりを目指しており、そのためには、お子様の健常時だけでなく、病時の支え(病児保育)にもぜひ取り組みたいと設立当初から考えている。

それも、知らない大人が看病するのではなく、普段から見知っている、たとえば、学童保育を手伝いに来ているシニアが、病時も面倒を見るといったような「顔の見える病児保育」を模索していた。

その点、アズママさんの「見知った同士、子どもを預け合う」という思想と合致する。

子育てシェアにもっとシニアもが登録しやすくしてくれて、その仕組みを凛童舎が考える病児保育に生かせるようになればと期待したい。

今後の協業が楽しみだ。

フリースクール「東京シューレ」理事長の奥地さんの以下の言葉にはとても共感します。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

1978年に長男が不登校をしたんです。実は当時は私も、不登校は治すものだと思っていました。子どもは学校へ行かなければならないと信じていたんですね。でも、ある児童精神科医との出会いがきっかけで、いかに自分が学校を絶対視する価値観に染まっていたのかに気づかされました。ありのままの子どもを、受け入れてあげられていなかったんですよね」

 

ほとんどすべての親、あるいは大人は、無意識に子どもの「あるべき姿」を決めつけている。理想の子ども像を描き、子どもをそこに近づけることが大人の役割だと思っていると、奥地さんは自身の反省を踏まえて指摘する。

 

「そんな理想像なんて大人が勝手につくったものでしかなくて、子どもたちのニーズとは違う場合も多い。なのに『みんなそうできているのに、なんでこの子だけ』と、大人たちも必死になる。そうすると、子どもは健気だから、親や先生の期待に応えなければと思って、もう必死になったり、理想の子どもを演じたりしますよね」

 

だが、それが自分の望むものと違ったり、合っていないと、子どもたちは非常に苦しい思いをすることになる。親や先生の期待に応えられなくなったとき、「自分はだめな子だ」と罪悪感や自己否定感に苛まれ、その苦しみが不登校や暴力といったかたちで表れてくることさえある。

 

「毎日学校に行って、しっかり勉強していい点数をとって、なるべくいい学校に進学してっていう生き方を目指すことが、大人も子どもも常識みたいになっていますよね。そうじゃなくて、その子にはその子の個性があることを認め、その子が生き生きするにはどうしたらいいのか考えるのが、ほんとうの教育なんじゃないでしょうか」

 

「子どもたちが主体的に学べる居場所を」http://www.kaeruchikara.jp/kaeruhito/1334/?Page=4

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

凛童舎で実現しようとしているサドベリースクールの問題意識、価値観もまったく同様です。

 

だからこそ、「無理をして大人の理想を演じ切れている子どもたちに」せめて自由な放課後を提供したいと凛童舎を立ち上げたのです。

 

しかし、その現場で、瞬間瞬間いつも心配になるのは、「自分もまた、子どもたちに自分の理想を押してけているだけなのではないか?」ということです。

 

特に、子どもが困った行動をとったときの対応です。問題行動 たとえば、壁紙をはがしたり、テーブルの裏に落書きをしたりしたとき、それは、子ども自身の責任ではなく、「過剰な締め付け」が原因なのかもしれないとも、それは私が困るというだけのエゴではとも思ってしまいます。

 

毅然とした態度を取らないと、却ってよくないと思い、エイヤ!で対応を決断し行動に移してはいますが、いつも迷ってばかりです。

 

6月1日の日曜日、東京シューレのシンポジウムに参加してきます。何か得られればと願うばかりです。

 

子育て3法の中の児童福祉法の改正により、学童保育の対象が小学生全学年に広げられました。上記3法によって自治体が決めるとされた内容の条例化が今進められています。

船橋市の公設学童保育ルームの基準は、厚労省推奨が1.65/人であるのに対し、1.5/人とするようで、さらに、底から算出される定員の20%増しまでは、緊急避難として容認する模様。これだと、子ども一人あたりの面積は実質1.25㎡にしかならず、これは厚労省推奨面積の75%にすぎません。

これに対する市の言い訳は、「明るいうちは外で遊ぶ子も多く、夕方になれば、(パート勤務などの家庭の)お迎えの早い子が帰るので、実際にはそれほど過密にはならない。」というものです。

一方、学童保育の対象者が3学年から6学年へと2倍になることについて、船橋市はどういう対応を取るのかなと思っていたら、どうやら、文科省が推奨する「放課後子供教室」事業でお茶を濁すようです。

これは、放課後の学校を使って午後5時まで、市の雇用したスタッフあるいは地域のボランティアの見守りの中、子どもたちが勉強したり遊んだりするというもの。

全児童が対象で、出欠も取らないことから、共働き世帯からは、子どもの安全が確保されず、かつ、子どもたちが自分のテリトリーで落ちついて過ごせる居場所、すなわち家庭の代替である学童保育とは質的にまったく異なるものとの意見が多数をしめます。

ですが、船橋市は、この事業を始めることで、学童保育利用者の中から、「無料(実際は年500円)で5時まで時間をつぶしてくれるなら、うちは学童保育じゃなくてもいいわ」という(パート勤務などの)家庭が出てくるので、その分、学童保育の定員に空きが出て、高学年を受け入れられると見込んでいる模様です。

しかし、これは、先の1人当たりの面積を削ってよい理由と、論理的に相矛盾します。放課後子ども教室を始めることで、学童保育ルームには、お迎えが遅い子ばかりが残ることになるはず。夕方になっても過密さは自然解消しないのです。

市の考えは、「いかに収容するか」という数合わせの論理でしか、子どもたちの放課後を見ていません。

凛童舎は、子ども時代の貴重な体験の時間である放課後を、こんな「収容所」のようなところで過ごす子どもたちは、よい「子育ち」ができないと考えています。

凛童舎が目指すのは、地域ごと(たとえば前原東にひとつというように)に、地域の人々のボランティアで支えられた20人規模の小さな学童保育がいくつもでき、そこが地域の人々のつながりのハブとなるような社会です。公費を削減できるうえに、却って地域住民の幸福度が上がるのでは考えています。