7/27(土)に2か月に1回の凛童舎家族交流会という名の宴会を行いました。保護者、スタッフ合わせて大人20人、子ども8人が集まってくれました。

いつの準備や給仕を妻が手伝ってくれるので感謝です。それに妻が加わってくれると、私には直接伝わってこない、保護者やスタッフの本音が、妻を経由して聞こえてくるのでありがたいです。


この日も、妻からこんな話を聞いて感激しました。


あるお母様が、お子様と初めて凛童舎をご見学に来られたとき、丁度ロボット教室の時間だったそうあのですが、お子さまが、ロボット教室のある生徒の部品を勝手に触っていたのをみて、私が「部品はなくなるとロボットが作れなくなるから勝手に触らないでね!」と叱ったそうなんです。(私はよく覚えていないのですが)


それを見て「この人!はじめて会った子を、親の目の前で叱った!!」と感激したとのこと。「それで、もうひとつ迷っていた民間学童保育ではなく凛童舎に入れることにしたんです。」と妻に語ったそうです。

「そうだったんですか!」こちらこそ感激して涙が出そうでした。


これまで、いろんな保護者の方が居ました。


開設して初めての家族交流会の席でいきなり「あんた、商売がやりたいだけだ!」と言い放たれたお父様が居ました。あれには面喰いました。そのあと、その子にはその後、あれ物に触るようになってしまいました。良くないことだったと反省し、今は子どもだけを見るように肝に銘じています。


スタッフが借りてきた図書館の本に落書きをした子に「図書館の本なので弁償になるかもしれないからお母さんに言うね」と言ったらスタッフに隠れて泣いていたようです。そこにお迎えに来たお母様が「泣いてるじゃないですか!!」と怒り出しました。多分、そういうお母様に叱られるのが怖くて泣いていただけだと思うのですが・・・。それに器物破損は、束縛過剰などで欲求不満な子の症状です。


私立小で、さらに毎日習い事を入れられている子が居ました。凛童舎での自由時間がすぐ終わってしまって習い事の時間になり、いつも疲れていて、それを諦めているように見えました。。それでお母様にその様子を率直にお伝えし「習い事が少々多いのではないですか?」とお伝えしました。


この方々は皆のちに凛童舎を辞めて行かれました。この子ども達には何もしてあげられなくて本当に申し訳ないと思います。でも、凛童舎が平和になりました。


私は、保護者の満足感より、子ども達の幸福を優先し、損をしてでも言うべきだと思うことは言い、やるべきだと思うことはやると心に誓っています。


それで、凛童舎がつぶれても、天命だから仕方ないと思っています。もしこれが成り立たないとしたら、指示待ち人間ばかりの日本になると思っているから。大きな潮流がそちらに向かうなら仕方ないです。


もちろん、内政干渉だとお怒りになる保護者ももちろんいます。でも、子育てがプライベートになりすぎたことが子どもたちに閉塞感を与え苦しめているとも思っています。


幸い、今は、凛童舎が作り出そうとしている子育ち環境に共感して下さる穏やかな保護者の方々のみが残ってくださり、本当にありがたいと思っています。


まだ経営は成り立つまでの規模に達していませんが、成り立たせる努力は
続けて行きたいと思っています。大きな潮流にどこまで逆らえるのか、できるところまでやって行きます。

昨日、 千葉県四街道市の「四街道市みんなで地域づくりセンター」で開催された『コミュニティカフェ』をつくろう!」講座で、講演してきました。

http://minnade.org/event/community_cafe_20150625.shtml

 

コミュニティカフェというマイナーなテーマなのに40名もの方々が集まってくれていたのには驚きました。

 

20分ほど、コミュニティカフェRindowと学童保育「凛童舎」を作るに至ったキッカケや、コンセプト、事業仕組み、今後やりたいことなどを話させていただきました。実は、講演20分、質疑10分だと思っていたので、20分で話をまとめてしまったのですが、30分話してよかったらしく、あとで10分損したなと思ってしまいました。

 

(実は、コミュニティカフェの講座とのことなので、学童保育部分の話は、控えるようにしました。でも、あとの座談会では、結構、学童保育部分に興味を持ってくださった方がおられたようで、もっと話せばよかったと思った次第です。)

 

講演者は他に3組いて、その方々の事業もとても参考になりました。特にケアラーズカフェは、Café Rindowでも週1ぐらいでやりたいなと思った内容なので、今度直接話を聞きに行ってみたいなと思いました。

 

あと、この企画の良いなと思った点は、講演の後に、今度は昼食を取りながら、講演者と参加者が1グループ10人に分かれて座談会形式で膝をつきあわせて、状況説明や質問のやり取りをしたことです。これを3回繰り返したので、参加した方は、4組の中の興味の湧いた3組と、ざっくばらんに会話できたことになります。

 

このあと、今度は、この日の参加者の内、ご希望者が、コミュニティカフェRindowの見学に来てくださるそうで、楽しみです。

アメリカ・シアトルの介護施設で始動した「介護施設で生活する高齢者と、幼稚園の子供たちがもっと触れ合う機会を持とう」という趣旨のプロジェクト”Present Perfect(プリゼント パーフェクト)”を紹介します。
http://buzzmag.jp/archives/29147



こういう発想は以前からありました。
30年も前、私が大学の建築学科の学生だった頃、すでに老人ホームを小学校や幼稚園に隣接して作ると、入所者たちが若返るという報告がよく知られていました。特に交流はなくとも、子どもたちの歓声が風に乗って聞こえてくるだけで若返るのだそうです。

 

しかし、こういう仕組みはあまり目指されてきませんでしたね。何か傷害があるのかもしれません。管轄の違いとか、利用者とくに幼児側の保護者の反対とか。

 

ただ、ないわけではなく、千葉県佐倉市のユーカリが丘には、高齢者向けグループホームと学童保育園が併設されている施設がありますね。(ユーカリ優都ぴあ:http://town.yukarigaoka.jp/townguide/17

 

最近も、日本のどこか忘れましたが他でそういう施設の話題を聞きました。

 

私も、少し違いますが、建築設計事務所勤務時代、大きな病院の設計でホスピス病棟の前に、看護師のお子さん達を主に収容する保育所を置こうという案を提示したことがあります。世を去ろうとする人々に、次世代を担う子どもたちの元気な声が、自分亡き後の村井の希望を伝え、癒しとなるのではと考えたからです。却下されましたが。

 

でも、私自身、この考え方で「もう一工夫足らない」と思うのは、この場合、幼児も高齢者も「保護の必要な人」という点です。これでは両者の保護職員が必要です。

 

凛童舎では、ライフステージの推移を利用した、子どもとシニアの支え合いができないかと「仕組みのデザイン」をしたものです。

 

つまり、まだ保護を必要としないアクティブシニアが、今保護の必要な小学生を見守ります。

 

その後、子どもたちが中高大学生になったころ、かつて元気だったシニアにも、弱った方々が現れます。その時、今度は、他社を保護支援する能力を身に着けた子どもたちが、かつて自分たちを支えてくれたシニアに恩返しに行くのです。

 

かつて、時間を共に過ごした間柄ですから、話題も事欠かないのではないでしょうか?また、シニアからは、子どもたちが幼い時にはできなかった、どんな価値観でどんな人生を歩んできたかというような話もできるはずです。

 

シニアたちには、ただ他人の世話になるという負い目ではなく、かつて世話した子が立派になったのを目の当たりにし、希望を感じることにつながります。

 

子どもたちには、かつて世話してくれたシニアが、やがては弱り最後は死んでいく。人の人生の重みを感じる機会にもなるはずだと思うのです。

 

これぞ、共助ではないでしょうか?

 

凛童舎は、「ライフステージをコラボしよう!」というスローガンのもとに設立された「一般社団法人 コラボライフ」が運営しています。

「学童保育 キッズコミュニティ凛童舎」を起業してすでに5年目に入りました。この間、会社勤務時代と違って、自分の責任において物事を「決定する・判断する」という行動が格段に増えました。おかげで自分が何を最重要の判断基準にしているかが3年目ぐらいからはっきり意識できるようになりました。そしてそれがあまりにも単純であることに驚きました。

 

会社勤務時代は、自分の価値観があることは、感じていましたが、それはきっと何か複雑なアルゴリズムのようなものだと思っていたのです。

 

しかし、その基準というのは、ただ、

 

『ひとは、その人の努力によって解消できない様なこと、解消する必要のないことで、制限を受けたり差別されたりしてはならない。世界はこの理想を目指しており、私たちは、その恩恵をすでに受けている。だから、私たち自身も、たとえ損をしてでもその実現を目指す義務を負っている。』

 

というものでした。

 

なにか、とても汎用性の小さい価値概念のような気もするでしょうが、私は、これで結構いろいろなことを判断していることに気づきました。

 

サドベリースクール型、つまり、子どもが自分で考え、できるだけ自由に行動できる学童保育を作ったのも、「子どもが未熟であることは、子ども自身の努力によって今すぐ解消できるものではない。にも拘わらず、親や先生などの大人によって行動を制限され続けるのは理不尽ではないのか?」との疑問があったからです。

 

もちろん、未熟な部分があるのは確かで、その部分に保護が必要だとしても、それは、よくよく考えて必要最小限に留めるべきだと思ったのです。子どもにも自由を謳歌する権利があると思うし、そうさせるとこで自立心と成長意欲が育つと思うからです。

 

子ども達を叱るときも、「これは本当にこの子のせいだろうか?」と悩みます。そして、できるだけこちらの価値観を押し付けず、意見として伝え、それに対して「だって、・・・・・」と向こうの言い分を伝えてきたら、それに反論せず「ふ~ん」といってそれ以上このことに言及しないということもよくやります。

 

こちらの判断を押し付けて無理に「わかった」と言わせて決着をつけるよりも、ずっとその子がこの件について考え続けることになるからです。小学生以上なら、本当はどうなのか自分の良心に照らし合わせればわかるはずだと信じるのです。

 

もちろん、社会で活躍したいと願う、女性が女性であること、出産することで制限やいやがらせを受けるたり、大きな困難を負わされたりすることには、理不尽を感じ、女性を応援したいと思ったというのもありました。

 

しかし、それも子ども達が担う日本の未来に、労働力が不足するという心配と、兄弟が少ないのに母親がずっと子どものそばにいると、(兄弟が多い場合には合ったお目こぼしもなく)ついいろいろ目について小言も多くなり、子どもが側板感を抱くことも多くなり、母子ともに精神衛生上良くないという考えもありました。

 

学童保育の主体者は、母親だとし、母が働きに出るために存在するとの声も聞かれますが、私の「学童保育 キッズコミュニティ凛童舎」の主体者は子どもたちであり、性差によって差別・制限を受けない社会構築と同時に、頼りになる次世代を育成するために存在するものと思っています。

 

 

https://mamanoko.jp/articles/8706?utm_content=buffer91dad&utm_medium=social&utm_source=facebook.com&utm_campaign=buffer

この記事の、

以下の言葉にとても感動しました。

「中学生になったころ子どもが、「自分は充分に遊んだ」と言いました。その言葉を聞いたとき、この子の児童期は成功したと思いました。やるべきことを充分にやったという満足感を持って、思春期に入っていきました。」

学童保育「凛童舎」を開設した意図も、放課後は、子どもたちを自由に遊ばせたいとの思いからです。

...

私も、「遊びほど創造的で、子どもの発達に必要なものはない!」と思っています。人が最も「子どもらしい」小学校の6年間、つまり児童期に、どれだけ遊んだかで、人生を生きる意欲も創造性も楽しみ方も大きく変わってくると思っています。

この方のお子さんは、「暇そうにしているとか、やりたいことがないなんてことは一度も見たことがないくらいです。」とのことですが、最近の子どもたちは、こういう風に見えることが多々あります。中には「暇~。なんか面白いことない?」と求めてきます。「子どもなのに創造性がなさすぎる」と、とても残念に思います。

心理学者ヴィゴツキィの「子どもの発達に、遊びは不可欠とも言えるのです。共感や感動などの「人間性」の発達に加え、規則や役割、責任、義務、倫理や道徳といった「社会性」の発達に、非常に有益な、価値ある活動なのです。 」という指摘にまったく同感です。

私は、小学生をサッカーチームや野球チーム、あるいは合奏やダンスのチームに入れるのも実は反対です。大人が決めたフレームのある環境で、既存のセオリーを学ぶのは、「大人見習い」が始まる中学生になってからで十分だと思うのです。

やるなら、子どもだけで草サッカー、草野球がよいです。ラグビーは、草サッカーをしていた少年の1人が、ボールを持って走り出したのが始まりと聞きました。大人の管理するフレームの中だったらそんなことは起きなかったでしょう。
フレーム自体を変えてしまうことさえ子どもの自由であることが、遊びの本質だと思います。

自身の記憶でも、たった4人で野球の試合をするという場面で使う三角ベースという方法も、透明ランナーという概念も、ないものを工夫で埋めるという思考力を高めてくれたと思います。

今の子どもたちが大人になるころは、我々の時代以上に「発想力、アイディア力」が問われると思います。指示されたことをただ上手にこなすだけの人間は、単純労働に追いやられるでしょう。だから、「子ども時代に、自由に(自己裁量をもって)たくさん遊んだか?」が大きな分かれ道になる可能性が高いと思うのです。