僕の弁当のおかずには必ずといっていほど卵焼きが入っていた。
甘くはない塩味の卵焼き。それが僕の弁当箱の五分の一を埋め尽くす。
勝ち試合では7回からJFKが登板すると決まっているように
我が家の弁当箱の五分の一は卵焼きで埋められることが決まっていた。
そしてそのまわりをいわゆる主婦の味方ともいえる工場で作られた製品。
小分けすることができて便利なチンという機械に入れれば簡単に一品と化す製品。
つまりは冷凍食品というものによって埋められていく。
それは日によってというかその僕の冷凍食品の消費具合によって
品揃えはかわっていく。
きんぴらごぼうや、ホウレンソウの煮付け、から揚げやら魚類だ。
そんな母の愛情が詰まったというか、もしかしたら工場のおばちゃんたちの
愛情も半分ぐらい詰まっているんじゃないかという弁当を僕は朝カバンの
中に詰め込み、そして12時が来るまえにはほとんどたいらげる。
いわゆる早弁ってやつだ。
朝食は毎日のように食べていたが、いかんせん学校というところは慣れない環境の
中で頭を使い、さらにはちっとも面白い話をしない先生の話をじっと聞かなければ
いけないという拷問にも近い状況のため、腹が減る。減って減って仕方がない。
早弁をした後はぐっすり昼寝タイムだ。
弁当のうまさなんて当時わかるわけないんだから満腹感を味わえるなら
なんでもよかった。
詰め込み、先生の話を子守唄代わりに眠る。
それが僕の高校生活。
久しぶりに母親の卵焼きを食べながらふとこんなことを思い出した。