今日とある番組で〝責任〟をテーマに取り上げていた。



責任ってなんやねん?


責任ってどうとるべきやねん?




例えば会社で賞味期限の改ざん事件が発覚したとする。


そのときに会社の代表者である社長は毎回のように


責任をとって辞任すると発表する。


しかしこれは日本独自の考え方らしく、


欧米や韓国では社長業を続け、その事件に対する償いを


自ら行うべきだと考える。



どちらが正しいのか?



ただ日本で何か事件が起これば社長が辞任するという風潮を


作りあげたのには明らかにマスコミに関係性があると思える。




事件が起こる→マスコミがここぞとばかりに叩きまくる



この騒動を回避するためのベターな方法が社長が辞任するということ


なのだ。なぜだか分からないが社長が辞めることによって一時的にしろ


マスコミのバッシングというのは収まる。そしてもしやめなければ


なぜ辞めないのかという質問を浴びせ水のように毎日社長に投げかける。





マスコミというのはときに問題を取り違える。




賞味期限の偽装にしたって社長が辞めたからといって全くもって


問題は解決しない。




問題は賞味期限を偽装するような会社の体質を変えることであって


それが元社長であろうが新たな社長であろうが解決するならば


一向に構わないはずだ。




しかし会社居座る社長をマスコミはバッシングし続ける。




やっぱりおかしい。




もちろん会社として誤ることは必然的に必要だ。


そして会社自身がその問題の解決のために社長交代という選択肢を選ぶ


ことだっておかしくはない。


しかし変わらないことに対してマスコミが批判するのはおかしい。



責任とは無関係のはずだ。


辞めたからって責任が取れるなんてどこの誰が言ったんだ!!






成年になったから責任を取らなきゃいけない。


これはよく言われるが、僕はブログで好き勝手叫んでいるくせに


一向に責任を負ってはいない。





人の意見は否定から成り立っている。



こんな話を聞いたことがある。


「赤」という色を表す単語がある。


この赤という単語が表すものは逆にいえば


赤以外のものではないということなのだ。



つまりは赤というのは青でもなく、黒でもなく、白でもない。


その赤以外のすべての色を否定したものを指しているということなのだ。



赤と言葉は決して赤という一点を指示しているわけではなく、


赤だって濃いものから薄いもの、さまざまな赤が存在する。


つまりはその他の色を否定することによって赤の幅を定めている


ということを言いたいのだ。




話がややこしくなってしまった。




誰にだって肯定することよりも否定することのほうが簡単だと感じた


ことはないだろうか。



例えばどんなドラマが好き?と聞かれてパッと答えられなくても


どんなドラマが嫌い?と聞かれればなぜそのドラマが嫌いなのか理由まで


はっきりと話せる。


そんなことはないのだろうか。



おそらく肯定というのは自分のなかに受け入れる行為である。


しかし否定というのは自分の中から排除する行為である。


だからこそ人間にとって肯定よりも否定の方が簡単なのではないだろうか。



そして自分の意見に迷ったときには否定からはいっていく消去法によって


自分の意見を定めることができるのだはないのだろうか。



嘘をつくことはさほど嫌いではない。



こんなことをいうと世の中の女性どもは嘘つきな男性は嫌いだとか


絶対付き合いたくないタイプだとか好き勝手言うけれど、


世の中の男性を代表して言わせてもらえれば女性ほど


嘘を気軽につく生き物はいないと断言できる。




大学生のころだ。僕は一人の女性と同棲していた。


今まで人に言えるほど数多くの女性と付き合ったことがなかった


僕にとっては初めての同棲かつ、しかも自分自身として


心の底から好きだとはっきり言える相手だった。




そんな彼女との同棲は約1年続いた。


僕は一年の記念日と思って僕は彼女のためにささやかながらの


プレゼントを買った。もちろんそれは彼女を喜ばすためであり、


そしてこれからも素敵な関係を続けていくためだった。



しかし、記念日の日僕は不幸にもバイトの予定を入れられてしまった。


彼女との記念日は大切だったが、そのときのバイトは


僕が行かなければ店が回らない状況だったのでその事情を彼女に


説明し、なくなく記念日にでも行こうと思っていたディナーは別の日に


変えてもらうことにした。突然のことだったので彼女は怒ったが


以前の借りもあってかなんとか許してもらった。



そして記念日当日。バイトにいくと思っていたよりも2時間以上も客は早く帰り、


僕は運良く早退できることになった。もちろんその日は彼女が家で待ってくれて


いるだろうと思い、まかないを食べることもなく足早に家路を急いだ。



車で帰る途中、ささやかながらショートケーキでも買おうと思ってコンビニに寄った。



そこで僕は人生の中で間違いなく一番といえるほどの自分の目を疑う事実というものを


見た。




彼女がいたのだ!


僕のしらない男と一緒に!!




そういう場での対応はなれてないので、今考えてもそれが最適の方法だったのか


疑問が残るが僕は彼女に声を掛けた。


あとから追及するよりも現場でつきかけた方がいいと判断したからだ。



僕はその男は誰なのかを彼女に尋ねた。


すると彼女と男はあとで話すとだけ告げて足早に去っていった。




明らかにパニック状態に陥っていた僕は家に帰って彼女の帰りを待つ


ことにした。何にせよ彼女が帰るところはここしかないはずだし、


男のところに泊るにしても彼女の荷物はここにある。


何より彼女は僕に対して説明しなければ何も進まないということが


分かっているはずだ。




彼女はかえってきた。少し涙のあとが見えた。


そして僕にぽつぽつと事情を話始めた。


3か月前からあの男と付き合っていること。


関係は最後まですでにいっていること。


そして正直今の自分よりあの男の方が好きなこと。



当然の成り行きながら僕らは別れた。


もちろん僕としては後ろ髪を引かれる思いというものがあったが


僕は他人の意見を否定することはあまり好きではない人間だった。




僕が初めて結婚を意識した彼女、今は何をしているのか僕は知らない。





嘘をつくことはさほど嫌いではない。


つまりはこんな経験談は僕にはない。