スピリチュアルに出会った頃に見ていたサイトは

世界中の覚者、チャネラーのメッセージを

わかりやすく、動画と文章でまとめてありました。

 

 

その中にインドの覚者のメッセージもあったことから

この記事にあるようなグループにも興味を持ったり...

 

この記事にあるグループレッスン

『自分と向き合う』

『自分を表現する』

取り組みをしながら

 

そのサイトで紹介されているYouTubeを見て

紹介されている覚者、スピリチュアルリーダーの

本を読みあさっていました。

 

インドの覚者の伝えること

スピリチュアルリーダーの伝えることと

チャネラーのメッセージは

どこか質感が違いました。

 

当時はバシャールの動画が好きでした。

本では、エックハルト・トールの

『ニューアース』が1番好きです。

何度も何度も読んだ本です。

 

たくさん持っていた本は

ほとんど他の方に譲ったのだけど

ニューアースは再購入して、今も手元にあります。

 

ただ、

その頃の私は

『母を許すことだけは絶対にできない』

と決めていて

『母に言われたこと、されたこと』

『してもらえなかったこと』

エックハルト・トールの表現する「ペインボディ」を

エゴが...これだけは絶対に手放さないと笑

 

ニューアースは、読んでいて時々

ものすごい抵抗を感じていました。

110ページとか...

「私と私の物語」

「私の悲しい物語」

わかるけど、わかるけど

わかりたくない感じでしたね...

 

同時期に

般若心経にも触れていて

『こんな身近に真理が!』と

毎日、当時父の代わりにしていた農作業の間に

何時間も般若心経を聴いて唱えていました。

 

当時、父は闘病中でしたが

それ以前に、子どもの影響で

私と父の関係はみるみる改善していました。

 

『孫は目に入れても痛くない』

まさにそんな感じでしたが

 

子どもがあまり意思表示をしない頃

7・8ヶ月くらいまで?は

そんなに関心を示してはいませんでした。

 

私自身

同居している親に

トラウマを刺激されたりしていましたが

母親としての私は

『この子は私自身でありひとりの人間』

『絶対に私のような思いはさせない』

『笑顔で育てる』

と固く誓っていたので

子どもに接するときは

感情をコントロールできました。

 

と言うより

子ども自身から感情を乱されることは

ほとんどなく(生後1ヶ月除く笑)

いつも笑顔なのは、むしろ子どもの方でした。

 

子どもの笑顔につられて

父がよく笑うようになりました。

『この人こんな風に笑えるんだ』

と驚くほどの優しい笑顔でした。

 

保育園に行く時には

毎日、庭の花を摘んで子どもに持たせてくれました。

私が仕事で急な保育園のお迎えに行けないとき

車の中で子どもが吐いてしまっても

愛情をもって対応してくれました。

 

私の中のわだかまりは少しずつ溶けて

父の闘病中は

自分にできるだけのことをしました。

(途中、罪悪感から実家を出て

傷つけることもしてしまったけど)

 

友だちの死や

自分自身の死への渇望から

私にとっては『死』はかなり重いものでしたが

 

その頃に触れていたスピリチュアルや般若心経など

迷走して偏ってもいたのだけど

父に「死は怖くない」と言葉にはしてないけど

伝えられるくらいにはなっていました。

 

父の最期の優しい表情は

今でも鮮明に浮かんできます。

 

 

父が他界し

私は他県で子どもと二人暮らしをしながら

つつましく学びのある日々を送っていましたが

1年後、

祖母の状態が良くなく

いてもたってもいられなくて

実家に戻る決意をしました。

 

2週間後、祖母が他界し

母と3人の生活が始まると

 

私のそれまでの学びは吹き飛んでしまうほど

過去に、記憶に、翻弄される日々が続きました。

 

エックハルト・トールの言う

『いまに在る』なんて到底できません。

 

頭の中の声に気づいている状態は

さらに自分を悩ませました。

元々、自分自身を責めるのは得意なので

「私はやっぱりダメなんだ」

と自信を失っていくのはとても簡単でした。

 

心理学を学び

哲学書を読みあさり

『母を理解しよう』としました。

 

頭でわかっていることと

心で感じていること

浮かんでくる記憶

それらに決着をつけたくて

私はある選択をしました。

 

それは

スピリチュアルに出会った頃の思想

魂のレベルが高い人、低い人という解釈

そして、私には使命があるんだと

あるんだと.....思いたくて………


何も無いはずのところにある

何かを求め始めたのでした。