妖仙編が終わってからだいぶ放置してましたが、旅行中にみんなで共闘したことでついに覇王編への分岐解放っ☆
(無線LAN環境がないので…)
ちょっとずつまた進めていきたいと思いまーす!
ストーリーが知りたいので入門でさくっと(笑)
アクションゲームの下手さを何とかしたい。
入門でも攻略サイトがないと進めません。
武将はもちろん曹丕でやってますよ♪
陸遜もたまに使います。

旅行はめちゃめちゃ楽しかったです!
小田原に行ったんですが、小田原城見て、ショッピングして、温泉浸かって、お酒飲んで…とここまでは普通の女の子。

…夜は、全員男装(三國無双)、ただしめんどくさいので首から上だけで、下はTシャツにトランクスという悪ノリの怖さを思い知るカオス旅行でした(笑)

経国之大業―三国志・乱世の詩人に恋して-100626_2109~01.jpg

これ以外の写真は大金貰ってもupできません(笑)

学生ノリに戻れる仲間っていいですね。
みんな歳も違うし立派な大人だけど(笑)

いつもの三国志話題とは関係ないんですけど・・・

音楽がスキな人には特に見てもらいたい内容かな♪


大学の同期とか私の親しい知人が(メンバー内で3人ほど)音楽ユニットをやってまして、

8月のSUMMER SONICに出るためのオーディションを受けているんですー。


一次審査がオンライン投票のため、もし良かったら投票してあげてほしいんです!☆

PCからだと動画も見れるので、いいかも♪と思ったらとかでもいいので。


こちらです♪


アーティスト名:SOUL MAKER
曲名:CHANGE
作詞・作曲・振付:SOUL MAKER

SOUL MAKER専用投票webページ
 
http://emeets.jp/pc/artist/4131.html (PC)
 
http://emeets.jp/mobile/artist/4131.html (mobile)


1600組くらいがエントリーしてて、上位200組が一次予選通過らしいです。

現時点では合格圏内に入っているので、後押しお願いしますー!

明日から泊まりがけで小田原に行ってきます!
無双の色に例えて、青緑会と呼んでいる集団があるのです(笑)
要は、魏好き女子3人と蜀好き女子3人の内輪なわけですが(笑)
コスプレしたり旅行したりご飯したりしてるのです。
旅館に飲み放題がついているので、きっと潰れるまで飲むことでしょう(爆)
無双のマルチレイド大会もやる…かも!?

そして、さっきまでアメーバピグの部会に行っていました。
三国志関連のです!
皆さん色々な三国志作品を知ってて面白かった~。
三国志の話題は癒やしです。

さてと、たまにはこんな緩い日記を書いたところで寝ます☆

そろそろ、最愛の文帝様のお言葉も引いてこないとね!

さて今回は、曹丕が亡くなった曹沖へ宛てた弔文です☆


『魏書』「武文世王公伝巻二十 鄧哀王沖伝注」からの引用になります。



咨爾鄧哀侯沖、昔皇天鍾美於爾躬、俾聡哲之才、成於弱年。
当永享顕祚、克成厥終。

如何不禄、早世夭犷。
朕承天序、享有四海、並建親親、以藩王室、惟爾不逮斯栄、且葬礼未備。
追悼之懐、愴然攸傷。

今遷葬于高陵、使使持節兼謁者僕射郎中陳承、 追賜号曰鄧公、祠以太牢。

魂而有霊、休茲寵栄。嗚呼哀哉。

-----------------------------------------------------

ああ爾鄧哀侯沖よ、昔 皇天 美を爾が躬に鍾め、聡哲の才をして、弱年に成らしむ。

当に永く顕祚を享け、克く厥の終わりを成るべし。

如何んぞ禄あらず、早世し夭昏せんとは。
朕 天序を承け、四海を享有し、並びに親親を建て、以って王室に藩たり、 惟だ爾は斯の栄に逮ばず、且つ葬礼も未だ備わらず。
追悼の懐いは、愴然として傷むところ。
今 高陵に遷葬し、持節兼謁者に僕射郎中陳承をして、号を追賜せしめて 鄧公と曰い、祠るに太牢を以ってせしむ。
魂にして霊有らば、茲の寵栄を休べ。嗚呼哀しきかな。



曹沖といえば、曹操の跡継ぎの最有力候補の才を持ちながらも幼くして亡くなった子ですね。

この弔文が書かれたのは、曹沖の死後からだいぶ経った、曹丕が皇帝になった後の話です。

曹沖が亡くなった当時はまだ献帝の世でした。

つまり、実権を握っているとはいえ父曹操も魏という国から見ると単に臣下。

その子どもでは、それなりの葬儀しかしていないと考えられます。


惟だ爾は斯の栄に逮ばず、且つ葬礼も未だ備わらず。


という所からも汲み取れます。

されどこの時は皇帝曹丕の世。

つまり、曹沖は曹丕の即位を以って、死後ですが皇族に成り上がったわけです。

そこで、曹丕は曹沖の墓を移して皇族仕様にランクアップさせてあげるわけですねー。


号を追賜せしめて 鄧公と曰い

と、諡もここでやっと与えられます。

まぁ曹操にいちばん愛されていたであろう子なので、もともとそこまで質素な葬られ方はされてないんですけどね。

曹操は、同時期に亡くなった甄家の美少女を一緒に埋めて「冥婚」を取り計らったそうです。

墓を移された時、この妻も一緒に連れてってもらえたのでしょうかね。


こういう文を読めば読むほど、表面的にしか三国志を読んでいなかった頃は分からなかった曹丕の温かみが窺えます。

「曹沖が生きていたらわたしの天下はなかった」と発言したことから、死んでくれたおかげで皇帝になれた、というニュアンスの解釈も存在するにはしますが、そうは思っていなかった気がします。

皇族として、改めてその繁栄を分け与えたいとして弔い直したくらいなので、ごく普通の兄弟間のような愛情があったと思います。

もともとは曹丕は側室の子でしたし、最初からライバル視はしてないだろうなぁ。

幼くて利口な曹沖は、曹丕にとっても可愛い弟だったのかも知れません。

NPO三国志フォーラム様による、公式サイトがOPENいたしましたっ♪


http://sangokushi-festival2010.sangokushi-forum.com/index.html


これぞ 夏 フ ェ ス !!!!(爆)


現時点では私が告知した内容以上のことは載っていませんが、順次発表になります!!

PC版ブログには、見えるところにバナーリンク貼っておきますので、気になる方は是非ともご覧くださいませ♪


スタッフ用衣装、間に合うかな~あ。

もしかしたら皇帝みたいな人がいるかも知れません。

※混乱を避けるため一般参加の方の仮装はお控えくださいねあせる

久しぶりに詩の考察ですん。

最近、忙しいのと具合悪いのでなかなか漢詩語りできず・・・

そろそろ語りたい欲求が勝ってきました(笑)


今回は曹植の「朔風」を挙げてみます。

この詩の成立年代はハッキリとは分かっていませんが、225~228年頃のものだと推定できます。

国がえの嘆きや別れを悲しむ描写、兄弟の死を回顧する描写があることが理由です。

国がえと言っても単に知らない地へ飛ばされた時ではなく、浚儀から雍丘へ再び戻された時期、というのがピンポイントだとされています。

ひとまず原文引用!



「朔風」曹子建


仰彼朔風  用懐魏都
願騁代馬  倏忽北徂
凱風永至  思彼蛮方
願随越鳥  翻飛南翔


四気代謝  懸景運周
別如俯仰  脱若三秋
昔我初遷  朱華未希
今我旋止  素雪云飛


俯降千仞  仰登天阻
風飄蓬飛  載離寒暑
千仞易陟  天阻可越
昔我同袍  今永乖別


子好芳草  豈忘爾貽
繁華将茂  秋霜悴之
君不垂眷  豈云其誠
秋蘭可喩  桂樹冬栄


絃歌蕩思  誰与消憂
臨川慕思  何為汎舟
豈無和楽  遊非我隣
誰忘汎舟  愧無榜人

-------------------------

彼の朔風を仰ぎ、用て魏都を懐う
願わくば代馬を騁せ、倏忽として北に徂かん
凱風は永かに至り、彼の蛮方を思う
願わくば越鳥に随い、翻飛して南に翔けらん


四気は代謝し、懸景は運周す
別れは俯仰の如く、脱るるは三秋の若し
昔 我初めて遷しりとき、朱華未だ希ならず
今 我旋止れば、素雪云に飛ぶ


俯して千仞に降り、仰ぎて天阻に登る
風飄して蓬飛し、載ち寒暑に離う
千仞は陟り易く、天阻は越ゆ可し
昔の我が同袍、今は永く乖き別れぬ


子は芳草を好む、豈に爾に貽るを忘るや
繁華は将に茂らんとし、秋霜は之を悴う
君 眷を垂れざるは、豈に其の誠を云えさんや
秋蘭に喩う可く、桂樹は冬に栄う


絃歌に思いを蕩かすも、誰と与に憂いを消さん
川に臨みて慕い思うも、何為れぞ舟を汎べん
豈に和楽無からんや、遊ぶこと我が隣に非ず
誰か舟を汎ぶを忘れんや、愧づらくは榜人の無きを

--------------------------


字面だけでも、寂寞とした想いが伝わってきます。

悲しいけれど、私はこの詩が好きです。

何でかと言うと、私の解釈でしかありませんが、曹丕と兄弟仲良く暮らして夢を抱いていた若かりし頃を思い出す詩に聞こえるからです。


昔の我が同袍、今は永く乖き別れぬ


まずこの部分。

同袍とは、おそらく兄弟のことを指します。

袍(=布団)を同じくする者、という意味が転じて、それほど近しい者という解釈になります。

じゃあここで詠われてるのがどの兄弟なのか、と考えてみました。

永く、とあるので永遠の別れ、つまり死別を意味します。

曹植は曹丕だけでなく曹彪(異母兄弟)、曹彰に対しても詩を贈るほど親しみを持っていました。

詩が詠まれた年代の推定からすると、曹丕(226年以降なら)、曹彰は亡くなっていますが曹彪は251年に自殺するため、この時は存命です。

確かに曹植は地方に飛ばされているので、生きている兄弟と会う事すら難しく、実質永遠の別れになってしまったわけですが・・・それでも生きている人に使うなら「永く」ではなく「長く」だと思うんですよね。

じゃあ曹丕か曹彰か?となった時にここ。


子は芳草を好む、豈に爾に貽るを忘るや


んー・・・勝手なイメージ入ってますが、脳筋曹彰がいい香りの草花を好んだとは思えn・・・

ここの「子」は曹彪を指すという説もあります。

確かに目的語が「芳草を贈る」なので死者でも生者でも、親しい者ならどっちでもいい所ですが、いきなりここで詠む相手が変わるのは飛躍しすぎかと。

また、「乖(そむ)く」という表現を使っている辺りも、対立を余儀なくされた晩年の曹丕との関係を描いているようです。

更に次の一節も私はこう読みます。


繁華は将に茂らんとし、秋霜は之を悴う


これから貴方の治世が訪れるはずだったのに、病・死によってその芽を摘まれてしまった、と。

この節を読むと、やはり死者に宛てているように思えます。

道半ばで病死した曹丕を想い出して、花を手向けようと考えたんじゃないかなぁ。

亡くなったばかりの時期ということになるし。

すると、次の二人称との関係性も繋がりやすくなります。


君 眷を垂れざるは、豈に其の誠を云えさんや


ここでは相手を「君」と別の言葉で表しています。

つまり、それまでの二人称とは違う相手ということになります。

一般的に「君」とは君主を指すだろうから、ここでは当時の君主・曹叡だと考えるのが最も適当です。

「眷」は目をかける、という意味だそうです。

我が君(=曹叡)が目をかけてくれなかったとしても、どうしてこの忠誠心が翻ることがあろうか。

そう言うことで、今の曹叡の世そのものを疎んでいるわけではないと示しています。

自らの宿命を、命ある限り受け入れなければならないと悟っているように。

でも最後はやはり悲しい想い出を綴って終わっています。


川に臨みて慕い思うも、何為れぞ舟を汎べん
豈に和楽無からんや、遊ぶこと我が隣に非ず



ここにも娯楽がないわけではない、ただ、遊ぶ相手は同志と思えない。

このくだりを読んで、私は詩を吟じて楽しく笑い合っていた在りし日の兄弟を思い浮かべました。

本当のところどんな思いで曹植がこの詩を作ったのかは、本人のみぞ知るということです。

でも、曹植は生涯曹丕を慕っていたし、何かにつけて思い出していたと思いたいんです。

一週間遅れになってしまいましたが、BSジャパンで放送された三国志ミステリーの曹操特集の録画を見ました。


実際に、動いている映像で陵墓をはじめゆかりの地を見た時は、理由もわからない涙が止まらなくなりました。

ギョウ城、赤壁、銅雀台・・・

城は土台のみ、銅雀台に至っては博物館に柱が一本残されているだけで、現地は何もない田舎の原っぱでした。

それでも、曹操が曹丕、曹植、建安七子を連れて詩を詠む宴を催した地だと思うだけで、物語ではなく実在したのだと思うだけで、感無量でした。

他にも、曹騰(曹操の祖父の宦官)の墓に残っていた壁画や銀の玉衣など、本でしか読んだことのなかった当時のものを映像で見ることができて嬉しかったです。

現地に行きたいという気持ちがより強くなりましたね。

「苦寒行」「短歌行」「孫子兵法」の引用もされていました。


曹操は単なる戦好きではなかった、との番組側の見方は正しいと思います。

無駄な血は流さない方がいいに決まっています。

魏は漢王朝を簒奪した、と言われますが、曹操はいつ帝になれてもおかしくない立場にあっても、自らの代では魏王にとどまり、帝を称さなかった。

それは少なからず漢帝国への想いが残っていたからでしょう。

曹丕の代になっても、禅譲という無血の方法を取った。

この辺りにも、曹操の方針が現れています。

確かに、彼は生涯の中で多くの人を殺しました。

しかしそれはその先永劫に渡る平穏への必要悪だった・・・本当に、乱世を現代の物差しで見るのは難しい。

結果的に天下統一はならず、曹操は死の直前まで周りの人々を、そして国を案じていました。

そういった背景を汲んでくれているのか、当時の魏にあたる地元では曹操は英雄と讃えられているそうです。

西門豹のくだりでありましたが、曹操自身も今は嫌われても後の世で評価が見直されればいいと思っていたとの考えは面白いです。

それが本当なら、まさに読みどおりですね。

曹操の背中をずっと見て育った曹丕も、典論「自叙」で似たようなことを言ってますし。

文学による改革の姿勢や古い慣習に縛られない薄葬など、曹丕が曹操の影響を強く受けている点が多いことを加味すると、曹操は生前からそんな事をこぼしていたのかも知れませんね。

私がスタッフとして関わっております三国志イベントの告知をさせてください。

公式発表に先駆けて公開許可を頂けました!



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三国志ファンのための、三国志ファンによる、

この夏最大級の三国志フェスティバル開催!


諸葛亮1776回忌イブイブ

三国志フェス!-2010-


【日時】2010.8.21(土)

10:50~17:30

※入場料500円。入退場自由。

【場所】大田区産業プラザ(東京都)

【概要】

・あのお笑い芸人の爆笑トークが!

・あの著名三国志研究者の特別講演が!

・あの大ブレイク中「歴ドル」のトークが!

・レアな三国志グッズが大集結!!!

・三国志プレゼントがもらえる大クイズ大会!!

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http://sangokushi-festival2010.sangokushi-forum.com/index.html


その他、貴重な体験ブースや企業ブースなど多数出店いたします♪

諸葛亮の命日直前の土曜という事で運営側も気合い入ってる…はず!(笑)

演義好きも正史好きも、詳しくないけどちょっと気になる人も…

三国志に少しでも興味があれば気軽に楽しめるイベントです。


大成功すれば第2回以降もあるかも!?

という事で、一人でも多くの方の来場をお待ちしております!


※更なる詳細は発表準備が整い次第、順次告知していきます。

こまめにチェックして頂けると幸いです☆

新カードの曹叡は予想に反してUCでした(笑)

経国之大業―三国志・乱世の詩人に恋して-100618_1401~01.jpg

でも、戸橋ことみさんの絵がめちゃくちゃ美しい!!
好きな人物が綺麗に描かれていると嬉しいです。
ちなみにカードは会社の友人から貰いました☆
たまたま新Ver.やったら出たから、私にくれようと思って持ってきてくれたらしい…!
ホントに、いい友人に恵まれてます。
曹家好きを全面に出しすぎなんですね、私(笑)

ここのところまともな考察記が書けなくてすみません…ちょっと体調がずっと芳しくないのです。
熱は一日で下がったのですが、咳が一分たりとも止まらず5日間眠れていません…。
明日、時間があったら出掛ける前に検査を受けてきます。
何ともないといいなぁ。

明日から三国志大戦バージョンアップですねん。

新武将達のポスターが公開されましたよ~!

ライトプレイヤーな私ですが、美しいイラストで英傑達が描かれているとなればほっておけないっ☆


ゲーセンに貼られるポスター。


経国之大業―三国志・乱世の詩人に恋して

武将達が前面に出ててカッコイイですね~。


そして我らが魏軍!!!!



経国之大業―三国志・乱世の詩人に恋して

一番右、「父の」って書いてあるって事は、父が偉大=(私の中で)ウワサの曹叡様でしょうか!!??

だったらまた脳内嫁が増えます(爆)

かっこよすぎだよう・・・曹叡、見目麗しかったらしいですもんね。

左は台詞的に病弱っぽい?まさかの曹沖?

そんな曹家オンパレードになったらまたゲーセン通っちゃうじゃないかああ。


続いて呉・蜀・漢・群雄☆



経国之大業―三国志・乱世の詩人に恋して


経国之大業―三国志・乱世の詩人に恋して


経国之大業―三国志・乱世の詩人に恋して


経国之大業―三国志・乱世の詩人に恋して

女武将はやっぱカワイイです~。

蜀の女の子は馬雲緑っぽいですね。

ゲームだから創作の人物でも全然アリですね。

呉の左は男なの?女なの?

呂布子ちゃんの趙雲みたいなキャラデザだなぁ(笑)


勝手に曹叡様は決定だと思って楽しみにしちゃってる自分がいます・・・。