兵庫県 六甲姫命神社 瀬織津姫 | 【意識改革❗️宇宙意識と繋がり多次元存在として生きる❗️】宇宙魂のメッセンジャーRINA

宇宙魂のメッセンジャーRINAです

7月の出雲旅にはまだまだ続きがあります。
出雲、岡山、四国、淡路島、兵庫県、奈良県
行ってまいりました☺️

全く記事が追いつきません😵💦

神津島を挟んでしまいましたが、
日付けを遡って、本日は兵庫県の六甲山
へ行った時のことを書かせていただきます😊

インスタの方へは投稿されているので
ご覧いただいた方もいらっしゃるかも
しれませんが、宜しければお付き合いください😊🙏



六甲比命神社はずーっと行きたくて
やっと2023.7.7の七夕に行くことが叶いました❣️

六甲比命神社は、
瀬織津姫さまの総本宮とされている場所です。

六甲比命大善神(弁財天・吉祥天)=

撞賢木厳魂天疎向津姫

(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと)

向津姫 =瀬織津姫



ホツマツタヱでは男神・天照大神の正室は
瀬織津姫(せおりつひめ)
とされていますが


天照大神と向かい合うことのできる存在
ということからムカツヒメ(向津媛)
ともいったようです😊



六甲比命神社の御神体の磐座が
兎の形をしていて

うさぎ神社と
呼ばれたりもするそうです🐇


山に入り登っていくと
心経岩が見えてきます☺️

大きな岩に
「摩訶般若波羅密多心経」が
彫り込まれています


よくこんな細かい文字を彫れるなぁ〜

と心の声はさておき、


迫力とパワーに圧倒されます😳



さらに上へ進むと拝殿があります。


御神体手前に拝殿があり鍵が開いているので

中に入り参拝する形になっています🙏

 

こんな感じで中に入れます


中には、所狭しと様々な資料も置かれ

神代文字で記された文献


『ホツマツタヱ』に関する

 資料なども閲覧できます✨


購入することの出来る資料もあり、

わたしはなぜか4000縁分

購入させていただきました。


山だからと財布を持たずに行ったので

後から銀行振り込みさせていただきました😅


そんな人も多いのか、

親切丁寧にそのような制度があり

助かりました😆🙏



拝殿の裏手に回りご挨拶😊🙏

動画ではしっかりと神さまの光が

飛んでいました✨



さてさて、この拝殿の中には
たくさんの資料や奉納品が並んでいるのですが



実に興味深い写真が飾られています✨



明治22年までは【常に】この2つの正宮は

ともに並んでいた!


と。時代がくだり、さまざま歴史は隠され

改竄されてきました。


こんな記事を見つけました。




2013年から2033年、

伊勢神宮内宮で皆さんが

お参りしている正殿は


本来は瀬織津姫さまの神殿です!


瀬織津姫さまの心御柱、

その真上に天照大神さまの

御神鏡が鎮座しています。


(今は東の天照大神さまの
神殿はありません。


天照大神さまの依り代である

心御柱のところだけ
は覆い屋で御守りされています


瀬織津姫さまの御神鏡は

荒祭宮に鎮座しています。)


宮中でも、瀬織津姫様の御鏡は、

2~3世紀に外に出され、


廣田神社で祀られるようになり、

長らく宮中では天照の御鏡のみを

祀る時代が続きました。


元に戻すことが大切です。


宮中では、現在、

天照大神さまと瀬織津姫さまの御鏡は
並んで祀られています。


大正天皇以降のいずれかの時代に

元に戻りました。



よくよく思い出してみると

伊勢神宮と出雲大社の両遷宮の

2013年に両参りに1人で行ったのですが


それ以降に伊勢神宮、出雲大社へ

行くことが増えました。


今わたしたちが伊勢神宮へ行き、

内宮の正宮に手を合わせているのは


本来、瀬織津姫さまをお祀りする

瀬織津姫さまの神殿なのですね🙏



今年の3月に伊勢神宮に行ったときの

正宮です。こちらが本来瀬織津姫さまの神殿


そして、現在はこちらの荒祭宮に

瀬織津姫さまの御神境があります。

現在は荒祭宮に瀬織津姫さまが

お祀りされています🙏



もう一つ、ご紹介したいことがあります。

他の方のブログの引用ですが、



六甲比命講の大江さんという

ホツマツタエを研究されている方から

伺ったお話しを載せてくださっている方がいて、


その中で


【ホツマツタヱの思想を日本に残すために


神社神道から日本仏教に姿を変える必要があり


それに尽力したのが

聖徳太子(しょうとくたいし)

役行者(えんのぎょうじゃ)

空海(くうかい)

なのだといいます。


また、ホツマツタヱには


原初神・クニトコタチの御子

ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの

8皇子のうち


「カ」の一族が中国に渡って

夏(カ)王朝を開いたとあるのですが


この思想が、のちに

密教(みっきょう)として残り


恵果(けい「カ」)和尚から


空海(くう「カ」い)に伝えられた

とも考えられるそうです。


ですから、

密教や真言宗の教えとは


もとをたどれば

ホツマツタヱの思想であり


日本にも広まりやすかった

というのです。】


とありました😊


密教は日本に入ってきて


空海さんが完成させたのだと

聞いたことがあります。


今年になり


急に空海さん、役行者さん、


聖徳太子さん


がわたしの中でキーワードと


なっていて


わたし自身はちんぷんかんぷんなのですが


行くとこ行くとこ

この方たちが関係していることが

多く驚いています😳


5月に聖徳太子さんの像にも

奈良県の達磨寺で思いがけずお会いしたことを

思い出しました。



役行者さんや空海さんも

あらゆる行く先々でお会い❓しています。🤔




さらに、その方のブログから


まとめを貼り付けさせていただきます✨


💓まとめ💓


六甲山に祀られている

向津媛命(むかつひめ)こと


天照大神の后・

瀬織津姫(せおりつひめ)は


六甲比命神社の

磐座に眠ったのち


弥生時代の

神功皇后(じんぐうこうごう)


飛鳥時代の

聖徳太子(しょうとくたいし)

法道仙人(ほうどうせんにん)

役行者(えんのぎょうじゃ)


平安時代の

真名井御前(なまいごぜん)

空海(くうかい)

花山法皇(かざんほうおう)


へと、脈々と継がれてゆき

現在にもその姿を残しているようです。


天照大神が晩年を過ごした地は

伊勢神宮(いせじんぐう)として

ひとびとの崇敬を集めていますが


后・瀬織津姫が晩年を過ごした

六甲の地もまた、おおくの

信仰や崇敬を集めていたのでしょう。


伊勢神宮に供えられるお酒が

六甲の灘の酒(白鷹株式会社)

というのも


こうした縁があってのこと

なのかもしれません。


瀬織津姫さまは、すべての

水の神さまでもあるといいます。




いろいろな方がさまざまな情報を

載せてくださっているので

本当にありがたいなぁと思います✨


歴史はややこしいので

紐解き、考察は苦手ですが


知るのは楽しいですね😊



ふと思うことがあります…

本当にあちこちに行って、

わたしは、どんだけコードを

置いてきたのだろうと…


コードというのは、それぞれ持っていて

情報が入っているというイメージのものです。


ある特定の場所に、ある時を迎えると

自分のコードを活性化するために


自分の情報であったり、

新たな情報というものを


その場所へ行き、同期させるといった

イメージです。


それは、今の人生の前にあらゆる地点に

自分が設置してきた情報も含まれます😊


逆に、自分がそこに行くことで

その場所が活性化される働きを

することもあります。


コードは、自分ではない誰かが

持っていることもあります。


なので、あなたも

氣になる場所や氣になる人がいたら


行ってみたり、

会いに行くと良いですよ✨


するとコードの活性化が

自動的に行われます✨


最後までお読みいただき

ありがとうございます☺️💓



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