スーザン・ケイン
「内向型人間のすごい力」
ブライアン・リトル
「ハーバードの心理学講義」
の2冊を読んだ。
先に読んだのは、「ハーバード」の方。
リトル教授の本に、内向型というのは、外向型に比べて脳のある部分の覚醒度が高すぎる旨の記載があり、内向型を自認する私は、「脳のある部分が覚醒し過ぎ」というのに、妙に心あたり、というか、ピンとくるものがあった。
これに関してスーザン・ケインさんの上記著作が紹介されていたので、読んでみた。
主に、内向型の著名人の素晴らしい実績や内向型の特性が語られており、ブライアン・リトル教授も内向型著名人として登場している。
私も子供の頃から内向型だった。
小学生の低学年から中学年にかけてが一番私の内向性が顕著だった時期に思う。
授業中、先生に「この問題分かる人!」と聞かれて、答えがわかっていても、手を上げることができなかった。
「テストはよくできるのに、なんで授業中手を上げられないのかしら?」と先生に言われたものだった。
自己主張できず、友達の言いなりになって振り回されて、深刻に悩んだりして、通信簿に「もっとおてんばになりましょう。」と書かれたこともあった。
成績は良かったが、クラス委員のようなリーダーになるようなことはなかった。
友達と大勢でワイワイやるより、一人で本を読んでいる方が好きで、年上の女の子から「付き合い悪い子ね」と言われた。
自分の性格は、「付き合い悪い」と言われてしまうのか、それって悪いことなの?
内向型の中には、幼い頃からそんな思いを持ち、自分の気持ちに蓋をすることを覚える人がいる。
小学校高学年にもなり、成り行きで、児童会(生徒会の小学生版)の役員になってしまってから、私は変わった。
成り行きではあったが、きちんと人前で自分の意見を言うようになったし、うるさい、黙ってろ、と言われるくらい自己主張することもできるようになった。
人望も出てきて、6年生の時には、女の子ながら児童会の会長にもなった。
内向型に蓋をして、外向型のフリをすることを覚えたが、本質的には、私は内向型だ。
今の仕事も、内向型ならではの忍耐力や集中力を活かすことができたので、それなりに評価されてきた。
内向型・外向型は、脳のタイプによるものが大きいようで、要するに生まれ持った性質ということだ。
無理に変えることはないし、変えようとすると、どこかにひずみが出ることもあるだろう。
自分の気持ちに蓋をすることはない。
他人に「付き合いが悪い」と言われても、それはその人の感想に過ぎない。
自分の感想も他人の感想も、それらが相反するものであっても、両方尊重していい。
そのように子供の頃から思えるといい。



