2017年を振り返ると、スピリチュアルを追いかける1年だったと、我ながら少し驚く。
昨年2016年は、潜在意識について探究しようと、ヒプノセラピー、マインドマップ、フォトリーディング、キネシオロジー、そしてNLPと、セミナー三昧だった。
未だに分からないことが多い。
というより、何が分からないのかが分からないので、何かを見つける度に「自分はこんなことが分かっていなかったんだな」と思うのである。
今年は、その手のセミナーはNLPだけにして、タロットや占星術を学び始めた。
と同時に潜在意識の探究の延長線として、スピリチュアルの情報にアクセスし出した。
さすがにスピリチュアル系のセミナーには手を出さなかった。
スピリチュアルというのが、あまりにも幅広く、怪しいものも多いため、それに何万も何十万もかける気にならなかった。
スピリチュアルセミナー開催者には、「地についたスピリチュアル」を強調する方がいる。
そういう方に限って、上から目線だったりして、「スピリチュアル?お金儲け?自分が偉いと思いたいだけ?」というのを感じてしまう。
(あなたのような)世渡り上手になりたいわけじゃないんですけど?
(実際には、そのようなセミナーに出ている人って世渡りが上手くなくて、っていう人が多いかも。そういう意味では、ニーズがあるし、役に立っていることもあると思う。私は必要ないけど。)
スピリチュアルにのめり込みすぎて、現実離れしてしまうことをおそれる人もいる。
「地についた」はそんなことから出てくる。
スピリチュアルでなくても地に足ついてない人、いっぱいいる。
ほどほどにね。
前から気になっていたチャクラやレイキも、それなりにあり得る、と思う。
前世療法も、私としては前世があるともないともいえないが、「療法」としては、十分にあり、だと感じている。
「アミ 小さな宇宙人」は三部作を全部読んだし、「アナスタシア」は第2作まで読んだ。
正直、両方とも、あまりピンと来なかった。
「アナスタシア」は第2作で、もういいやって思った。
それでも、スピリチュアルには何かある、と思っている。
アナスタシアを読まずとも、神社に行くたびに、杉の木にはなんらかのスピリチュアルな力があるかも、とも思う。
杉に限らず、自然には、癒しの効果がある。
「気」とか「波動」とか、理屈ではなく感じるものがある。
いい「気」悪い「気」とか、「波動が高い」とか「波動が低い」とか、それで他人を見下げたりするのは、意味が分からないが、自分の身を守るために、そのような「気」や「波動」を感じることは大切だと思う。
それも潜在意識の働きだ、といえるかもしれないが。
日本と海外(あるいは東洋と西洋)での「スピリチュアル 」の感じ方に違いがあるようだ。(アメリカでは「ニューエイジ」というらしい。)
現代では、いろいろ混じってしまっているが、日本人特有の感性がある。
最近私は、真言密教や神道に興味、古事記も勉強中。
実生活には何の役にも立ちそうにないが、それでいい。
地に足つかないもいいじゃないか。
2018年、風の吹く方へ行く。