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☆私の本棚☆
読んだ本について思うところを書いています。あくまでも個人の感想です。
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空海や真言密教に関する本を結構読んだので、備忘録を兼ねて、少しずつ記していこうと思う。
 
弘法大師空海に関する本は、種々様々、トンデモなモノ、真面目なもの、お子さま向け、マニア向け、伝記、小説、マンガ、それはもう沢山出ている。
 
その中で第1回で紹介するのは、加藤精一先生の『空海入門』。
 
 

角川ソフィア文庫で多数の空海の著作を現代語訳(「超訳」と言ってよいかも。)されている加藤先生の「入門」書である。

「入門」と称するだけあって、空海の生涯や思想が、分かりやすく説明されている。

 

だが、この本は、それだけではない。

単に空海の生涯や著作の概略を説明しているだけではなく、現代人にとっての宗教との向き合い方、そして人としていかに生きるかということが、空海の生涯や思想を通して語られているように思う。

 

この本は、大きく分けて三章でなっている。

第一章「空海の生涯」

第二章「著作と思想」

第三章「空海と現代」

 

第三章が、この本の大事なところ。

もう空海のことはよく知ってるよ、という人も第三章だけでも読んでいただきたい。

空海という人、そしてその思想の現代的な意義を、『理趣経』を用いて語られているのに私は少なからず驚いた。

 

理趣経は誤解されやすい内容を持つ。

私自身、理趣経の奥深い世界をまだまだ理解しておらず、ここで語る資格など全くないのだが、その思想が単なる欲望肯定であろうはずもなく、字面だけで理解するものではないことは分かる。

空海が最澄の理趣釈経の借用を断った真意は分からないが、それでもなんとなく分かる気がする。(相手は最澄であるから、最澄が変な誤解をするとは思えず、空海も誤解を恐れたわけでは決してないだろう。)

 

理趣経の精神については、加藤先生がこの本で十分に語ってくださっており、私のような初心者が何かを述べる余地はない。 

 

この本が最初に書かれたのは平成10年とのことである。

あの宗教団体が起こした事件の記憶がまだ生々しい頃。

そんな時代背景もあってのことか、宗教の危うい一面についても語られている。

それから20年が経過した。

今や21世紀、そして平成というひと時代が終わろうとしている。

世の中はますます複雑になり、猛スピードで移り変わっていく。

この本の中で加藤先生は空海を「引きずられない人 」と呼んだ。

宗教というものを考えるときにこの「引きずられない」ということは案外重要なキーワードかもしれないと私は思った。

 

空海。

1200年も前にこんなにも自由な精神を貫き、貴い多くの仕事を成し遂げた人がいたのか。

この文庫本自体はそんなに厚いものではない。(もっとも私はkindleで読んだが。)

だが内容はとても濃い。

 

空海の魅力満載、そして自分自身の生き方が問われる1冊である。

 
 

新年あけましておめでとうございます㊗️

多くの人は、年の初めには、今年の目標を立てたりするのだろうが。

目標とかいらない、というのが正直なところ。

去年のうちから、あれもやるぞ、これもやるぞ、とやりたいこと盛りだくさんで、本業の方も相変わらず忙しい。

スケジュール帳はパンパンになっているし、心の中もパンパンだ。

喪黒福造氏も「突撃あるのみです!」とおっしゃっている。

心のブロック、ブレーキ、あるにはあれど、止められないことがある。

目標はいらない。

何が起こるのか、楽しみで仕方がない。





3連休の初日は、朝日カルチャー新宿の講座『鼎談仏教3.0を哲学する2018』を受講した。

この講座はシリーズで2014年12月から過去4回行われている。



そのうち、1回から3回までの鼎談の内容は本になっている。

私は、過去4回のうち、3回と4回に参加した。

4回の時は2年前、クリスマスかクリスマスイヴの夜だったと思う。

藤田先生が、「みなさん、このクリスマスの夜に仏教の話を聞きに来るなんて変わっていますね〜。」とおっしゃったのが印象に残っている。

 

開始30分前に来たが、既に20人以上が並んでいた。

人気講座である。

並ぶ人の中に見知った顔があった。

青山にある臨済宗相国寺派大本山相国寺の東京別院にて月1回行われる坐禅会でお会いするO氏だった。

お声がけしてご一緒することにした。

 

相国寺東京別院の坐禅会では、私は着物に袴、最近は高野山真言宗参与会の袈裟までつけて参加して、只者ではない感をさらに醸し出している。(住職がいい人でよかった。臨済宗の寺で真言宗の袈裟。いや、宗派なんてカンケーないですよ。)

O氏との話では、私は女性なのに概念的哲学的な話が好きで、しかも空海が好きなんて変わっている、と坐禅会参加の方がたに思われているらしい。

子供の頃から哲学的なことを考えるのが好きだったが(それ以上に物理が好きで理系に進んだのだが)、自分では感性の人でもあると思っている。

知性と感性は切り離すことができない車の両輪である(と考える。)。

まさに空海的である。

私が空海に惹かれたのは、空海と自分の感性が符合したことによる。

 

さて、今回の鼎談の3先生。

永井均先生、哲学者。

山下良道先生、ワンダルマ仏教僧。

藤田一照先生、曹洞宗禅僧。

 

私の仏道修行(?)の始まりは、実はテーラワーダ仏教である。

山下良道先生とは違う先生に付いて、1時期熱心にヴィパッサナー瞑想などをしていた。

 

そして鼎談は始まる。


まず、藤田先生の、日本のいわゆる葬式仏教(1.0)から仏教を人生に活用する(2.0)を超えて、仏教3.0にアップデートするというお話があり、次に山下先生から内山老師の図を用いつつの、マインドフルネスとウペッカ(この辺は、私もテーラワーダをやっていたので馴染みがある。)や意識の二重性のお話があり、さらに永井先生の「今」と<今>及び「私」と<私>の特異性の話。


このあたりの永井先生のお話は、これまでにもお聞きしているが、何度聞いても面白い。


3先生の個性的な思想が交差し、不思議な化学反応が生じるのを目撃した2018年の年の暮れ。


藤田先生が「また半年後くらいに。」と。


次回も楽しみである。

下の写真は新宿住友ビル入口のイルミネーション。