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☆私の本棚☆

読んだ本について思うところを書いています。あくまでも個人の感想です。

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今回は、河合隼雄先生の『こころの処方箋』を。


読んだことがある方も多いだろう。
私も20年以上前に初めて読んでから、もう100回は読んでいると思う。
著者の河合隼雄先生については、もはや説明不要と思う。

私がこの本を初めて読んだ1990年代当時も似たようなソフトカバーの心理系読本がたくさん出ていた。
その中で現在まで読まれ続けているものがどれだけあるだろう。
昨今でも、似たような心理系、宗教系、スピリチュアル系、自己啓発系などのソフトカバーの書籍が山のように刊行されては消えていく。

それでも本物は生き残る。

この本で語られていることは、物事は一面から見ていただけでは分からない、ということに尽きるように思う。
「そんなこと当たり前だ、よ〜く分かってるよ。」と、訳知り顔で言う人も少なくないだろう。
この本のあとがきでも筆者は、「私の書いていることは 、既に読者が腹の底では知っていることを書いているのだ 、ということに気づいたのである 。端的に言えば 、ここには 「常識 」が書いてあるのだ 。」と言っている。
みんなが知っていることが書いてあるだけなのに、なぜこんなに読まれ続けるのか。

私たちが経験的にうっすらと感じている人間関係の妙をこの本は見事に書き表している。
多くのご著書があり、専門書もたくさん出されている河合先生だが、一般読者向けに書かれたこの本は本当に見事だと思う。
私は、とてもこんな風に書けないし、河合隼雄以外にこの本は書けない。

見えない隠れた大きな可能性を信じ続けるのは、精神的にはかなり厳しいことだ。
はっきりとした答えが見えない状態で、平然としながら、あるいは、イライラしたり、不安になりながらも、待つしかない時がある。
そして、緊急を要する時には、先が見えない状態でも急いで決断しなければならないこともある。

私は「こうすれば良くなるよ!」というはっきりした解決策を軽々に提示してくる人をあまり信用しない。
時に厳しいことがありつつ、物事を一面的に見て決めつけるようなことはしたくない。
どんな思いがけない解決が、どんな思いがけないところからやってくるのかわからない。
やがて運命がノックするのだ。
扉を開けるタイミングを間違えてはいけない。

『こころの処方箋』で処方される薬の味は少しばかり苦く、気づかぬうちに効き目があらわれる。


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空海や真言密教に関する本について書いている。

第3回は、ひろさちや先生監修の仏教コミックスより空海と真言密教に関係する以下の6冊。

 

 

 

 

 

 

 

仏教コミックスはすごいよ!

全108巻、なんと煩悩の数だけ刊行!(別巻が1冊あり)

 

 

 

 


全巻読めば、これでキミも仏教博士だ!(昭和のCM)といっても、博士号(仏教学)を持っている人だってここまで幅広くないぞという勢いの、およそ世界中の仏教に関連することは網羅された至れり尽くせりのラインナップ。

  

監修は全巻ひろさちや先生だが、作画はそれぞれ異なる、力量に定評のある漫画家の先生が腕をふるっている。
1980〜90年代に刊行されたものらしく、Amazonでも新品が手に入りにくいようだ。
『空海の宇宙』はなんと新品18600円!
一瞬目を疑う驚愕の高価格!
故辰巳ヨシヒロ先生の作画ということもあるだろうが。
 
全巻はとても無理。
とりあえず空海と真言密教関係をチョイスして読んでみた。

監修が一人の先生ということもあって、空海観や密教観は一貫しており、重複する部分もあるが、それぞれ違った観点からストーリーか設定されていて面白い。

☆簡単にそれぞれの概要を。
『空海の生涯』は、文字通り空海の伝記である。
『空海の宇宙』は、空海の研究のために日本にきたアメリカ人の青年が空海の思想について論文を書いたが、そこに謎の老人が現れ、・・・という話。
『比叡山と高野山』は、なぜか現代の東海道新幹線の中で再会した最澄と空海が、高校生たちと比叡山と高野山を巡る話。
『まんだらのはなし』は、宇宙の壮大な物語とまんだらの宇宙観をリンクさせ、宇宙や地球の歴史、小乗仏教から大乗仏教へ変遷する仏教の歴史を説明するとともに、まんだらの中の仏様のお役目を紹介している。
『密教のはなし』は、中学生の少年が祖父から密教について学ぶ話で、密教教義の基礎が語られる。
『大日如来 宇宙の仏』は、失敗続きの若手会社員の主人公が女性の先輩から密教教義の基礎や密教的生き方について学ぶ話である。

ちなみに、仏教コミックスは、amazonではkindle化されていないが(2019年1月現在)、amebaの「読書のお時間です」なら600円で電子化されたものが読める。

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空海や真言密教に関する本について書いている。

第2回は、明治時代の哲学者・井上哲次郎著(仏教聖典研究会編)の『入門 哲学者 ・空海と真言密教の思想 天台仏教 、バラモン教 、儒教 、キリスト教 、ギリシア哲学との比較から』である。

 

この本は、大正六年六月十五日の井上先生の講演録『哲学上より見たる弘法大師 』をわかりやすく書き直したものである。

(写真は国会図書館デジタルライブラリーより)


空海が夢に出てくるようになって気になり、最初に読んだのは、この本である。(もちろん読みやすく書き直したほう。)


前回も書いたように、空海の関連書籍は、山ほど存在する。

とはいえ、空海に関して現在明らかに事実と考えられる信頼性の高い情報というのは限られており、今から新しい事実が判明する望みはかなり薄い。(もっとも、空海は、この時代の人にしては著作を多く残しており、しかも結構自分語りが好きだったようなのが救いである。)

せっかくなので私はなるべく多くの人の空海伝なり空海論なりに多面的に当たってみようと考えた。

もちろん情報は限られているので、重複する部分が多く、どうしても著者の解釈や想像、あるいは創造、時に妄想で大いに肉付けされる。

たくさん読んでいくうちに、余分な肉付けを削ぎ落とした空海の真実の姿が見えてくるのではないか、と思った。


『入門 哲学者 ・空海と真言密教の思想 』のもととなる講演は、大正6年に行われたものである。

100年前の日本における空海の評価はいかなるものであったか。

後々、書くつもりだが、角川ソフィア文庫の『仏教の思想 9 生命の海 <空海 >』の文庫版序、および、はしがきにおいて、梅原猛先生は、明治100年はヨ ーロッパ文化移入に血道をあげ、仏教忘却の時代であった、と嘆き、京大の西田幾多郎、田邊元が仏教に精通していたものの、もっぱら禅と浄土であった旨述べている。

大正時代に東大の先生が空海を取り上げたということは、なかなか面白いことなのかもしれない。


その内容だが、まず、空海が仏教哲学者であったとして、彼の著作を引用しながら、他の哲学思想と対比して、その哲学思想を述べている。

この本を最初に読んだときは、漫然と空海とはどんな思想の持ち主だったのか、と思いながら読んだが、今回このブログの記事を書くために読み直して、なるほどと思ったのは、密教とバラモン教の対比である。

空海の師である恵果は唐の人だったが、その師不空三蔵と、さらにその師である金剛智三蔵はバラモンであった。

そのゆえか、密教には 、その教義の面でも 、またその儀式の面でもバラモン教に由来する要素があることが語られている。


空海は、長安において恵果から密教を受け継ぎ目的を果たしたので日本に帰ったが、もともとは、唐を超えてインドを見据えていたのではないかと思う。

中国文化のテイストが濃い禅宗と異なり、空海の密教はとてもインド的な気がする。

長安でも空海は当時唐で勢いを増してきた禅宗にも当然触れていただろうが、彼の感性にはやはり密教だったのだ。


今の私にはまだまだ十分に理解できていない空海の思想。

この本では、空海の説く自由とは超絶的なものであると語られている。 

「超絶的な自由」というのは、なんだか嬉しい。

その一方で戒律を重視して、現実的実用的な人でもあった空海。

身分制度が厳しく、現代とは比べ物にならないほど制約の多い時代に、超絶的な自由を説き、その自由な発想で庶民のための学校を作るなど現実的な社会貢献もした。

今、私の目に映る空海の姿である。