「阿国太龍の嶽にのぼりよじ土州室戸の崎に勤念す 谷響を惜しまず明星来影す」

空海の著書に記された若き日の修行の場。

冬に室戸岬を訪ねたが、今回は太龍寺へ。


四国八十八ケ所第21番札所の太龍寺。

徳島市内から鉄道とバスを乗り継ぎ、長閑な里村にたどり着く。



太龍寺にはロープウェイ🚡で行く。

写真右上に鉄柱が見えるが、ここが中間地点。

太龍寺は山を越えた向こうにある。



のどかー。

静かないい所。



ロープウェイ乗り場。



お遍路さんが結構いらっしゃいました。

ロープウェイは西日本最大の立派な百人乗り。

景色もすばらしい。


山頂に到着すると、太龍寺。



桓武天皇勅願寺。



西の高野と呼ばれている。

来てみて納得。

とても良い気が流れている。


大師堂へと向かう橋が高野山奥之院の雰囲気にそっくり。





ここから20分くらいのところに修行中の空海像がいらっしゃる舎心ヶ嶽という場所がある。

ロープウェイから見た空海像。

右上のほう、見えますか。



拡大。



近くに行けるそうだが、鎖場もあってかなり危険らしいのでやめておいた。

ロープウェイから見ても、とても行ける気がしなかった。


空海、こんな所をよじのぼってたのか。

ワイルドだ。


日本の歴史上でも類いなき頭脳の持ち主でありながら、こんな荒々しい自然の中で何を求めていたのか。


空海は、若くして多くの漢籍に通じていたが、書物では得られないことを、四国の荒々しい大自然から学んだに違いない。



今回の旅の目的。

空海が虚空蔵求聞持法を百万遍唱えて明星が来影するのを体験した場所を訪ねること。

ついに来た。

ほんとに遠かった。



思ってた以上に何もない。

そっけないくらい。



左の洞窟が空海が住んでいたという御厨人窟、右側が空海が修行していた神明窟だそうだ。



神明窟より御厨人窟の方が中は広めだったが、そんなに深い穴ではなかった。

中は、薄暗く、聖なる場所という感じ。


海でお魚とか捕まえて、焚き火で焼いて、食べたりしてたのか、空海。

ワイルドだ。


空海が明星を見た室戸の海。



現在は、洞窟と海の間に2車線の道路が通っているが、空海の時代は、もっと海が近かったそうだ。

多分、今道路がある所は海。


当時、洞窟のすぐそばまで海が来ていた。

室戸岬はほとんどがゴツゴツした岩場。

空海は、洞窟の中から波が岩場を洗うのをずっと見ていたはずだ。



うっすらと潮の香りがし、今は整備されている遊歩道を縁取る植物も亜熱帯のような植生。

1200年前は、もっと荒々しい岩場だけの海だったろう。



波の音に混じって、声が聞こえる気がする。

ノウボウアキャシャキャラバヤオンアリキャマリボリソワカ

岩場の陰から真っ黒に日焼けした少年が現れる。

1200年の時が繋がる、

一瞬の幻を見た。


大自然と大宇宙。

自分と虚空。


彼はまだ自身の未来を知らず、しかし、ここで何かを心に感得した。

この空と海を見て、空海が密教を選んだ理由が分かった気がする。

のちの空海の思想の萌芽を確かに感じる。


そんな若き日の空海の修行の場。





四国八十八ケ所第25番札所の津照寺。

第24番札所最御崎寺からスカイラインを辿って下りた後、バスに乗ってやってきた。
歩き遍路の人たちは歩くんだろうな。
私は、山登りとスカイラインを徒歩で下り、へとへとになっていたので、迷わずバスを利用。

津照寺は、通称「津寺」というらしい。


朱門の向こうに階段が。。。



頑張って登ります。



階段を登り切ると絶景。



津照寺は、大同2年、空海が海の安全と大漁を祈願して建立したとされる。


竜宮城を思わせる鐘楼門兼仁王門。



お寺だけど、海の神さまがいらっしゃる「気」を感じる不思議な場所。


こちらは写経大師尊像。



周辺は、民家や商店、お遍路さんが立ち寄るような食事処もある。

最寄りのバス停(室戸)の近くにmac というスーパーとドラッグストアが合体したようなお店もあった。


津照寺は、古くから地域の方々に大切にされているのを感じた。