本日は、川崎大師教学研究所の公開講座「『般若心経』と弘法大師」に参加。
今年度4回目。

講師は研究所教授で種智院大学の教授でもある北尾隆心先生。
川崎大師平間寺は真言宗智山派なので、福田亮成先生はじめ種智院大学の先生が多い。

さて空海と般若心経といえば、『般若心経秘鍵』(「以下、『秘鍵』という。)。
今日のお話も当然『秘鍵』の話だろうと思っていたが、やはり予想通りだった。

秘鍵大師。(講座資料より)
金剛杵の代わりに剣を持つ空海。
凛々しいです!
アタシの煩悩絶ち切ってほしいワ❤️

北尾先生の講義は軽快な関西弁(京都弁とか大阪弁とか区別つかないのでひっくるめてすみません)で進められ、時間があっという間に過ぎた。

『秘鍵』については本を読んだりして概略は知っているが、北尾先生の研究者としての問題意識のお話が興味深かった。

一般の仏教研究者、あるいは、真言宗の研究者の中にも弘法大師空海が著作で述べていることを否定したり異なった解釈で言うことがある、とのこと。

例えば、金剛智三蔵の出身地を、空海は南インドと述べているが、現在、金剛智は中インド出身(イシャナバツナ王の王子だったそうだ。松長有慶『密教〜インドから日本への伝承』より)となっている。
これについて「空海は間違った」という人がいるが、空海は中インド説があることも知った上で、南インドといったそうである。

般若心経にはもともとのサンスクリット語から中国語に翻訳されたヴァージョン(漢訳)が訳者によっていくつも存在する。
空海も「此の経に数たの翻訳あり」といい、鳩摩羅什訳を「今の所説の本、是れなり」といっている。
空海の読んだ『般若心経』と現在私たちが読んでいる『般若心経』は同じものである。
そして現在の『般若心経』は玄奘三蔵訳とされている。
とすると、空海が間違えたのか?

このあたりが北尾先生の遺憾に思われているところらしい。
「実際に空海がいったこと」が大事ではないのか。

ここからは私個人の思いである。
「弘法も筆の誤り」というが、専門家からみると空海も結構間違えていることがあるそうだ。
例えば、『風信帖』の「商量」と書くべきところを「量商」と書いているところがある。
空海は、ここに返り点(レ点)を打っている。

コレ。

空海当時にレ点なんてあったのか?
という疑問があるが。

弘法の誤りって。
空海だもの。
何か意図があって、わざと間違えた、なんてこともあるのではないか。
そういうことをしれっとしそうな人だ。
今日に至ってなお、凡人(空海に比すれば)にはその意図がとんと見当もつかないだけかも知れない。

最後に、今回面白かったシンクロ話。
先日黄檗宗萬福寺の梵唄公演で大般若経転読が行われた。
北尾先生の講義でも大般若経転読のお話が出てきた。
なかなか日程が合わず、まだ私は見たことがないが、川崎大師平間寺でも大般若経転読が行われているそうである。

『大般若経』の件で、真言宗の北尾先生から黄檗宗の話が出てきたのは意外であった。
萬福寺を開山した隠元禅師の弟子の鉄眼住職が作った『大般若経』の「黄檗版」という版木があって、今でもその版木を使って印刷しているそうである。

この夏は、声明と般若(心)経に深いご縁があった。
秋が深まる頃に、また、違った旅を・・・。





京都・宇治にある禅宗の寺、黄檗宗大本山萬福寺。
日本の禅宗の立て直しを図るため、明(当時の中国)から招かれた隠元禅師の開山で、私の大好きなお寺である。

初めてお参りしたのは7年前。
中国の様式(明朝様式)が伽藍のそこかしこに残っており、よく見かける魔除けの「桃」のマークもかわいい。
中国風の精進料理「普茶料理」のお弁当をいただき、ご本堂で珍しい明の発音のお経をお唱えいただき、とてもよい1日を過ごしたことが記憶に残っている。

その時の普茶料理のパンフ。

とにかく気の流れがよく心地よい風の吹くお寺だと感じた。
宇治川が近くに流れているためか、山の配置も関係しているのだろう、龍神の気配を強く感じる。
隠元禅師は、龍とご縁が深かったそうだが、かように爽やかで力強いお人柄だったのか、と思わせる。
その後も何度かお参りをさせていただいた。

その萬福寺の声明公演が東京の国立劇場で行われた。



萬福寺の声明は「梵唄」と呼ばれる。
今回は、
朝課 (ちょうか)
施餓鬼 (せがき) 
大般若転読 (だいはんにゃてんどく)
の3演目をご披露いただいた。

朝課は、萬福寺で毎朝行われるお勤めの様子を舞台上で再現。
木魚の音に合わせて力強い僧侶の読経の声が場内に響く。
耳慣れない唐音のお経なのに、聞いていてなぜか懐かしい気持ちになって胸がいっぱいになった。

20分の休憩の後、施餓鬼の演目が始まる。
舞台には、立派な壇がしつらえてある。
法要が進んでいくと、導師が壇の一番上に座り、すぐ下に二人の僧侶が向かい合って座り、その下、さらに下、と僧侶が二人ずつ向かい合わせに座っている。
壇の外にも左右に若い僧侶が並んでおり、太鼓や木魚担当の僧侶もいる。
一番上にいらっしゃる導師の所作が非常に興味深かった。
大日如来のような宝冠を被り、手で印を結んだり、密教のアイテム、金剛鈴を振るなど、護摩こそ焚いていないが、とても密教っぽい。
中国では廃れてしまった密教のエッセンスが、禅宗に取り込まれて明の時代まで伝えられたのかも知れない。
日本では、東密や台密が現代まで伝わっているから、他宗に取り込まれる必要もなかったのだが。
法要の途中で、僧侶たちが会場に何かを投げていた。
散華の代わりに、饅頭を撒くそうだ。
餓鬼に施す、と書いて施餓鬼。
そういうことか。

最後に大般若転読が披露された。
ゴールデンウィークに奈良の久米寺にお参りしたときにも拝見した。
「大般若経」は全600巻。
膨大すぎて通して読むには時間がかかって無理なので、折本をパラパラすることで読んだことと同じ功徳を得ようというもの。
萬福寺でも折本経典をパラパラするのは同じだが、唐音で読むのが異なる。
聞き慣れた般若心経もちょっと不思議な感じに聞こえる。



隠元禅師が日本に来られて350年、萬福寺では禅師がお伝えくださった唐音のお経と明朝様式を大切に守り続けている。
禅師の御心とともに。


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☆私の本棚☆

読んだ本について思うところを書いています。

あくまでも個人の感想です。

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今回は、比較的肩のこらない空海伝、由良弥生『眠れないほど面白い空海の生涯』をご紹介。
著者の由良弥生先生は古典や偉人伝を「眠れないほど面白いシリーズ」として出されており、本書もそのうちの一冊のようである。
空海が大学を退学して仏門の入った1つの原因に、ある沙門から虚空蔵求聞持法を教わったことがある。(と本人が『三教指帰』に書いている。)
この「沙門」が、女性(尼僧)だったら?という大胆な仮説で、フィクションとノンフィクションを織り交ぜながら、空海の生涯が語られている。
若き日の空海は、その年上の尼僧と恋に落ち、晩年に至るまで逢瀬を続けた、という話になっている。
もちろん、メインの話は空海の偉業についてであって、恋物語は、少しでも超人空海の人柄に親しみを持ってもらおうという筆者の工夫である。
本当に空海にそのような恋人がいたと読者が勘違いしなければ、簡潔な文章で歴史の勉強にもなるよい本だと思う。

ここからは私の個人的な思いである。
空海は恋はしなかったのか?

空海の恋といえば、如意尼の話がある。
淳和天皇の妃で、晩年の空海が出家させ弟子にしたとされる。
空海と如意尼が恋愛関係にあったという伝説(?)があるようだ。
渡辺照宏・宮坂宥勝『沙門空海』にも、空海の弟子として「如意尼」の名があるから、そのような名の尼僧がいたのだろうが、正史にはみえず、仏教信仰の厚かった正子内親王をモデルにしているとする説もある。
名前に「真」がつかないが、空海が出家させたのか?
空海のもとで出家した僧は皆、名に「真」がついているが(真済、真雅、真如など)、尼僧はどうなのか?
など謎であるが、空海に晩年の恋は似合わない、と個人的に思う。
若き日に年上の女性に淡い恋心を抱くのは、あってもよさそうだ。(マザコンぽいし。)

ところで。
スピリチュアルの世界では「オールドソウル」というのがある。
何度も転生を繰り返した成熟した魂だ。
そういうものが仮にあるとすれば、空海も1200年前の時点で既にオールドソウルだったのではないか、と思う。
オールドソウルには恋愛に関心がない人が多いのではないか。
過去生でさんざん恋愛してきたので、もういいやって感じ。
それは、もうこりごり、というよりは、恋愛の楽しみも苦しみも、喜びも悲しみも全て堪能し切ったから、もう十分、という感じ。
だから、恋愛に関しては非常に肯定的なのだ。
みんなに経験してもらって魂の経験値をあげてほしいと思っている。
自分はしないけど。

だから空海も、自分がのめり込むような恋愛はしなかったが、その気持ちはよくわかるので、女犯で罰せられそうな僧のために、『元興寺の僧 、中璟が罪を赦されんことを請う表』を書いて、罪が軽くなるよう取り計らったりした。(いい人ですね(*´ω`*))

ちなみに私も子供の頃から年寄りくさいと言われていた。
同世代の友達からはもちろん、先生や近所の大人にまで、落ち着き過ぎと言われていた。
子供の頃から感じていた違和感。
魂が年寄りだった、と言われれば、そうかもな、と思える。
誰でも年は取るので偉いわけでもなく、仮に自分がオールドソウルだったとしても、馬齢を重ねたわけではないことを祈る。