今年度の川崎大師教学研究所の公開講座は、密教の重要経典のシリーズである。
第5回は、種村隆元先生の『金剛頂経』のご講義。
種村先生は、同研究所教授であり、大正大学でも教鞭をとられている。
関東で、真言宗智山派の宗門大学といえば、大正大学である。
大正大学でも公開講座がないか探してみたが、なかなか良さそうな講座があっても、平日開講の講座ばかりで参加できない。
大学の公開講座やカルチャースクールなどで、仏教を学ぶ方というのは、やはり時間に余裕のあるシルバーの方々が中心なのだろう。

さて、種村先生のインテリジェンスあふれる講義。

まず『金剛頂経』の基礎知識として、密教経典の中の位置付けについて教えていただいた。

密教経典の分類法にもいくつかあるようだが、今回教えていただいたのは以下の5つに分類する法。
1.所作タントラ/クリヤータントラ
いわゆる「雑密」とされるもの
2.行タントラ/チャルヤータントラ
主要経典は『大日経』
3.ヨーガタントラ
主要経典は『初会金剛頂経』
4.ヨーガ・ウッタラタントラ
主要経典は『秘密集会タントラ』
5.ヨーギニータントラ
代表経典は『へーヴァジラタントラ』、「チャクラサンヴァラ経典群」、『カーラチャクラタントラ』など

いろいろあるだね٩( ᐛ )و

『金剛頂経』はヨーガタントラに分類されている。
現代でもちょっと不思議・神秘系のオネーサン達(チベットとか大好きだったりする)がやってるヨガ🧘‍♀️
そのヨガと語彙的には一緒。
主に、内的な観想を規定するもの、だそうだ。

今回の講義の題目に「その実践」とあるように、『金剛頂経』の実践は観想である。


講義と直接的には関係ないが、コチラは、高野山金剛峯寺の大広間の金剛界曼荼羅。
種子(法)曼荼羅なの( ^ω^ )

講義内容に戻る。
『金剛頂経』にある懇切丁寧なその実践法についてご説明いただいたが(種村先生自らの御翻訳)、正直「???」とハテナ3個分の理解度(要するに分からん!)。

「最初の合一」、「最も優れたマンダラの王」、「最も優れた行為の王」という3ステップがある。
お経には、そのステップ毎になんかいろいろ、こういう印を結んで、こういうイメージをせよ、みたいな説明がされているようである。

すごいなぁ\( ^ω^ )/

ここからは私個人の思いである。
真言密教はやはり師資相承。
文献を読んだだけでは全然分からない。

空海が、久米寺で『大日経』を見つけて全然分からず、入唐を決意したこと、最澄の『理趣釈経』の借覧に応じなかったこと、よく理解できる。

とっても不思議な『金剛頂経』、もちろん金剛界曼荼羅の描き方もお経に書いてある。

その世界を、いつか私の胸の中に。



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☆私の本棚☆

読んだ本について思うところを書いています。

あくまでも個人の感想です。

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嶋木あこ作『ぼくの輪廻』。


気分転換に、無料のマンガを読むことがある。
たいがい、はじめの1巻が無料で、もっと読みたかったら、課金して読んでね!というパターン。
(かつて、このシステムで『暗殺教室』にハマって全巻大人買いしたのだった。)
この作品も、「輪廻」って仏教が関係あるのかな、と思い、表紙の「巨乳」の文字が気になるが、タダだから読んでみた。

主人公の乃木篤朗は、大学生で新進気鋭の漫画家で、さらに真面目なイケメンで巨乳好き。
そこに漫画家のタマゴの女の子で、巨乳の室伏花撫(かなで)がアシスタントとしてやって、さらに、篤朗の高校時代からの友人で男色で、実は篤朗のことが大好きな連城アキラが絡んで、ドタバタの三角関係!

で、どこが輪廻なのか。

実は、この3人、過去世からずぅっと三角関係だったのだ。

そもそもの起こりは、平安時代の初め。

このとき、篤朗は、栄賢という名の若き僧侶であり、高野山で空海(!)の弟子として修行していた。
アキラは、栄賢の修行仲間で両珍という僧だった。
花撫は、高野山に迷い込んで、栄賢と恋に落ちたヤイという名の村娘。
両珍は、この時代でも男色で栄賢が大好きだったので、栄賢とヤイの仲を引き裂こうと邪魔をして、栄賢とヤイは結ばれることがなかった。
その後も、この3人は生まれ変わっては、三角関係になり、栄賢の生まれ変わりとヤイの生まれ変わりは恋に落ちては、両珍の生まれ変わりに邪魔されて結ばれず、現代に至る。

篤朗は、栄賢だった頃のことを夢に見て、それをマンガに描いた。

お待たせしました!
『弘法大師の弟子』!


マンガのストーリーも楽しいが、空海ネタで楽しめる(*´ω`*)


上が空海、下が最澄、どっちもワルそう。
なんか、理趣釈経を巡って高野山と比叡山、敵対してるらしい。

そして、コワモテの空海さま。
ご本人の口から、まさかのお約束のダジャレが。


そして、両珍とヤイのラブシーン(シーンは、なつくさ倫に抵触するためカットしました。)を目の当たりにした栄賢、大日如来さまに苦情申し上げる…。



栄賢の生まれ変わりとヤイの生まれ変わりが結ばれるまで、嶋木あこ先生の『ぼくの輪廻』と乃木篤朗先生の『弘法大師の弟子』は、続く(のかな?)。

朝日カルチャー横浜の講座「高野山の歴史と信仰」を受講した。


こちらは、「日本の聖地」の4回シリーズの1つで、高野山のほか、熊野三山、出羽三山、そして高千穂がテーマとなっている。(このうち、高野山、熊野、高千穂には行ったが、出羽三山はまだ。いつか行くだろうと思う。)
このシリーズ、毎回、平日の昼間開講で、仕事があるから無理と思って、よくよく開講日を見ると、高野山の回だけ祝日㊗️。
何の思召しか知らないが(そこは弘法大師、と思うところでしょう!)、ラッキーである。(ともかく感謝!)

各回、異なる先生による講義であるが、高野山の回の講師は、いつも勉強させていただいている「川崎大師教学研究所」の所長の廣澤隆之先生。
廣澤先生は、今年度最初の教学研究所の講座の講師をされていた。
(【お詫び】川崎大師教学研究所「真言宗のお経」で書かせていただいたので、今回の講座を受けるにあたり、読み直したら、廣澤先生のお名前が間違っていました。廣澤先生及びその関係者の方々が拙ブログをご覧になることがあるかわかりませんが、大変失礼をいたしたことに変わりなく、お詫び申し上げます。(現在修正済み。))

さて、講座の内容である。
まず、今回の講座が「日本の聖地」シリーズの1つであることから、日本人の宗教観、仏教観について語られた。
日本では、宗教が死者と生者を結ぶものとしての役割が大きい。
特に「山」というのは、「里・都市」との対比で、歴史的にも「死者の魂の集合場所」と考えられてきた。

奈良時代の仏教は学問仏教であるというのが通説であるが、日本古来の原始宗教・古神道とも相まって、山岳信仰もさかんであった。
そのような背景に、高野山を開いた弘法大師空海が登場する。

空海の高野山入山の伝承(狩場明神と2匹の犬)など、空海生前の話もあるが、高野山が聖地化されるのにもっとも大きな影響を与えたのが「空海入定信仰」、あるいは「大師信仰」である。
天台座主慈円は「ありがたや高野の山の岩陰に大師はいまだおはしますなる」と詠った。
その空海がいまも生身で瞑想を続ける奥の院には、数々の歴史上の有名人のお墓がある。
時代が下り、高野聖の活躍などもあって、山岳霊場としての高野山への納骨や祖霊供養が盛んに唱導され、日本の「総菩提所」として位置づけられる、とのことである。

ここからは、私の個人的な思いである。

大阪から南海電車とケーブルカーを乗り継ぎ高野山に行くと、壇上伽藍や金剛峯寺のあたりは、すっかり観光地化され仏教テーマパークと化している、と思わないこともない。


さすがに奥の院の、真夏でも少しひやっとするような冷厳な空気には、この世とあの世の狭間のような独特のものを感じる。

ただ思うのは、空海生前には、ここ高野山には、ほとんど何もなかったのだ、ということ。
この1200年の間に多くの人々が空海の思いに応えて今の高野山を作りあげてきた。

いまの高野山を見て、空海はなんと思うだろう。
毎日、奥の院で運ばれるお食事(生身供)には、カレーやパスタもある、と噂される。
現代の食事に舌鼓を打っているだろうか。
(今回の講座で廣澤先生が「ヨーグルトも召し上がるようですね。」とおっしゃっていたので、ホントなんだろう。健康に気を使ってらっしゃいますね、お大師さま(^ω^))

冗談はさておき、聖地は心の中にある、と思うのだ。
廣澤先生が、お孫さん(だったかな)が転んだか何かしたときに「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んでいけー!」とやっても効かなかったが、その子のお母さんが同じことをしたら効いた、と話してくださった。
聖地とは、つまり、そういうことなのだ、と私も思う。

そんな心を持ち続けたい。
私にとっては、空海と大日如来さまかもしれない。