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☆私の本棚☆

読んだ本について思うところを書いています。

あくまでも個人の感想です。

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今回ご紹介するのはコチラ。

釈徹宗著

天才 富永仲基ー独創の町人学者ー

前々から気になっていた、江戸時代の仏教学者、富永仲基。


佐々木閑先生の『大乗仏教 ブッダの教えはどこに向かうのか』を読んだ時に「大乗非仏説論」を唱えた人として紹介されていて、その真摯に学問を追求する態度が印象に残った。


『大乗仏教 ブッダの教えはどこへ向かうのか』



NHKカルチャーのオンライン講座で、釈徹宗先生が富永仲基のお話をされているというのを知り、オンデマンドで配信中ということなので、申し込んで時間のある時に視聴してみた。


大変興味深いお話だったが、もっと知りたいと思い、すぐに釈先生の講座と同名の著書をKindleで購入した次第である。


富永仲基は、18世紀の大坂の町人である。

当時大坂の町人たちが主体となって自治組織的な学校を作っていたが、その1つである懐徳堂で朱子学などを学んだ。

その後、懐徳堂の三宅石庵に破門され、師弟に教えを説いたり、詩文を作ったりして暮らしていたようだが、31歳の若さでこの世を去っている。


仲基の特徴的な思想は「加上説」である。

ここから、「大乗非仏説論」が導きだされた。

「加上」とは、思想や主張は、それに先行して成立していた思想や主張を足がかりにして、さらに先行思想を超克しようとして、新たな要素が付加される、という説である。

つまり先行する思想になんらかの上書き・加工・改変・バージョンアップがされているとするものである。

仲基は加上説によって、「阿含」→「般若」→「法華」→「華厳」→「大集・涅槃」→「頓部楞伽」→「秘密曼陀羅」といった仏教思想の展開を推論した。

これはおおよそ現代の研究結果と符合している。


仲基は著作『出定後語』において「仏教の教えは、釈尊滅後、長い間口伝によって伝えられてきたので、きちんとした典籍がなく、いろいろな人の考えが上書きされて、さまざまな相違をもつ経典が生まれた」と述べている。

これは、当時の仏教関係者の怒りをかうとともに、本居宣長などの国学者からは絶賛された。



ここからは、私の個人的な思いである。


結果的に仲基は仏教関係者を敵にまわし、国学者が仏教を批判する材料を与えた形になったが、彼自身は、仏教を批判したり、国学を擁護するつもりはなく、ただひたむきに真実を追求しようとしただけのようである。

今なら、大乗経典が直接釈尊の教えではないことは当たり前になっているが、これを独自の理論で世界に先駆けて論証したのが仲基である。

その学問に対する姿勢に、「仲基はもっと評価されていい」とおっしゃる先生は、前出の佐々木先生はじめ少なくない。


私が最も興味を惹かれたのは、『出定後語』の第24章「三教」のところ。


「三教」といえば、空海ファンは黙っていられない。

空海の「三教指帰」があるではないか。

仲基も、空海のように儒教、仏教、道教の比較をしているのだ。


また、別の著書『翁の文』において、儒教、仏教、神道について論じた上で仲基はいう。


「今の三教は、みな神事・儒事・仏事であって、本当の神道でも儒道でも仏道でもないのだ。」


現代の私たちには、より重く響く言葉だと思う。


NHKカルチャーの講座では、会場の方からの「空海や親鸞は加上に気付いていなかったのか」というご質問に、空海や親鸞のような僧侶と仲基のような学者とでは、仏典に対する向き合い方が違う。僧侶にとって、その教えが誰が説いたかは問題ではなく、その中身が大切なのだ、という釈先生の回答に大きく共感した。


さすが、僧侶でもあり、学者でもある釈先生。


私のようなものが、このようなことをいうのは大変失礼かもしれないが、おそらく、先生は、僧侶としてのご自身と学者としてのご自身とを使い分けていらっしゃるところもおありなのではないだろうか。


この本の後書きに、30年前、空海の『三教指帰』などのオリジナリティの高い比較宗教論を読みあさっていた頃に、富永仲基の『出定後語』に出逢ったとある。


私が富永仲基に興味を惹かれたのも偶然ではないのだ。







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天石東村編

『書道技法講座10 行書 風信帖・灌頂記』

実は、昨年の緊急事態宣言の時に、一念発起して書道を学び始めた。


やはり書を知らずして空海は語れない。

そして自ら筆を持たずして書は語れない。


義務教育の「書写」の授業以外で筆を持ったことがなかった。

義務教育の時も、習字教室に通っている子の方が圧倒的に上手いので、下手な自分が嫌で(負けず嫌い)、毛筆にはずっと苦手意識があった。


しかしながら、空海の誘惑にはどうにも勝てない。

50歳代も半ばで、初めて習う書道。

しかも、時はコロナで自粛ムード満載。


というわけで、通信教育のユーキャンで、書道を学ぶことになった。


通信教育ということで、そんなに期待していなかった。

なんとなく書道の真似事ができればいいかな、コロナがおさまったら、ちゃんとお教室に通って、とか思っていたが。


ユーキャン、恐るべし!


ユーキャン傘下に「日本書道協会」という団体があって、ちゃっかり入会することになった。


月に1回課題を提出すると丁寧で優しい添削指導(褒めて育てる方針か?)が返ってくる。


技能検定試験もあって、この1年で漢字2級、かな4級を取得した。(最初は8級から)


漢字(行書・楷書)、かなの基礎を1年でひと通り学び、こちらは応用編の添削課題。



師範級の方のブログ記事にあるような達筆の作品に比べれば、恐ろしいほど未熟であるが、書道歴1年(しかも仕事が忙しくてほとんど練習出来てない←言い訳)ゆえにお目汚しご容赦願いたい。


先生のコメントが実に優しく、ホントにアタシ、ウマいんでないの?と勘違いしてしまう照れ


それにしても、是と鑑が特に難しく、両方とも緊張して一画目がガクガクしている。


まさに心の乱れは書の乱れ。



わかる方はわかるだろうが、お手本はいきなり『集王聖教序』!


空海も当然学んだ王羲之!


もう王羲之が書けるなら、空海の書にも手を出したい、と思うのが人情。


そして気の早い私が、標記の『書道技法講座』を購入したのだった。


この本の冒頭に、天石東村先生の「風信帖・灌頂記を習う人のために」という序文があり、そもそも書を学ぶ心構えが語られており、大変勉強になった。


王羲之の影響の強い『風信帖』と顔真卿の影響が強い『灌頂記』について丁寧な解説がされている。


一際目を惹いたのは、「空海の書と、王羲之、顔真卿の書との比較」のところ。

(以下引用)

「技法習得の過程において、原本を臨書してその技法を再現することは比較的容易であるが、原本を離れて、手本なしで自力で書く力がついてこそ学書の真の価値判断ができるのである。風信帖や灌頂記にかもし出されている神気は、空海の人間性を背景に至高の技法に到達した結果である。」

(引用終わり)


神気、人間性、至高の技法!


死ぬまで追いつける気がしない、空海!




偶然にも、日本書道協会の会報「清心」の6月号の巻頭言で、協会講師の岩切方皇先生の「私の好きな古典」に、空海の『風信帖』が挙げられていた。


そして、岩切先生も、何度『風信帖』の「風」を書いても、納得のいくものが書けないとおっしゃっている。


それは、「空海の人間性」からくるのだろうという。


ここでも「空海の人間性」!



追いつけない。


でも、いつか追いつきたい。


私にとって、また一つ、遠い目標ができたのである。










イギリス出身のロックグループ、ベイ・シティ・ローラーズ(BCR)のリードボーカルだったレスリー・マッコーエンさんが亡くなった。

享年65歳。


BCRが人気を博していた1970年代、私は小学生だった。


買って貰ったばかりのラジカセで、何気なくラジオを聞いていた。

洋楽のカウントダウンものの番組で、そのとき、見事一位だったのが、BCRの「ロックンロールラブレター」。


サビの「♪This is my rock’n roll love letter♪」以外何言ってるのか分からないのに、何故だかグイグイきた。


それからBCR、大好きになったな〜。

ラジオだったから彼らのルックスはその時は分からなかったが、後に雑誌やテレビで見て、見た目もかっこよくて、特に歌っているお兄さん(レスリーさん)は映画俳優みたいにハンサムでますます好きになった。


BCRは、マネジャーのスキャンダルやその他いろいろあったようだ。

メンバーの脱退も相次いだ。


その後レスリーさんもBCRを脱退し、ソロ活動をすることになる。


印象的だったのは、ソロになってから、大の日本贔屓のレスリーさんがタイガースの名曲「銀河のロマンス」のカバー曲を引っ提げ、来日した時のこと。




当時の音楽番組(レッツゴーヤングか何かだったか?)で歌うレスリーさんを見た。


「すィルヴィー マアイロァーヴ♪」と、さすがイギリス人、いい発音と思いながら聴いた「銀河のロマンス」。


歌い終わると、レスリーさんは同じく番組のゲストだった西城秀樹さんのところへ行き、握手を求めた。


秀樹さんも笑顔で手を握り返し、日英のカッコいいアイドルのツーショット、今でも目に焼き付いている。


レスリーさんのお人柄が垣間見えた、いい場面だった。


秀樹さんも素敵だった。


あれから40年、レスリーさんも秀樹さんも、すでにこの世にいないのだ。


お二人とも、素晴らしい音楽をありがとう。


合掌🙏