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心の整理箱

ダンナのギャンブルに振り回され過ごした結婚生活。
自分らしく生きるために気持ちを整理するための場所。


離婚届けにサインしてよこしたとたんに、婚姻費用を養育費額に下げて渡してきた。


税金が増えちゃったから、車検にお金が掛かるから、と理由を付けては今年の婚姻費用は勝手に減額してきて
離婚に進むと決まったとたんさらに減額だよ。




私も今年は税金増えたんだけどね。
車検だから、授業料待ってください、集金待ってくださいって訳にいかないんだけどね。




やっぱりきっちりと書面を残そう。
お金のことは信用ならないのは分かり切ってたんだし。
プリンターがないんだけど、どうしようかな…。


話し合いの時。




「今もしてるの?」 と聞いてみた。
ただの好奇心。




「してないよ」




「したいと思わないの?」




「全然」




「それでイライラしたりしないの?」




「全然」








ふーーーーーん。




そのくらいしか感じなかった(笑)
だって、ただ単に【今は】止められてるだけでしょ?
一度乗れるようになった自転車の乗り方を忘れる事がないように、パチンコの事は忘れないんだもの。






GAの事を聞いてみた。知ってるかって。
なに?それ?ってさ。




パチンコ屋にGAの宣伝のポスターとか貼っておけばいいのにね。








GAの事、ギャマノンの事、ホープヒルの事を簡単に話して
パチンコに行った事とは別として、私がやってきた事もパチンコに向かわせた一つの原因でもあると分かった事
それでもあの時にはあの方法以外私には思いつかなかったし、ああする以外なかったと思ってる。
今となってはもっともっと前にGAの事もギャマノンの事も知っていたならば・・・と思ったりするけれど
一緒に回復の努力をする余力は私には1ミリも残っていない。
でも、私は今は知ってよかったと思う。
自分の苦しかった事がなぜなのか良く分かったし納得できたし、
今は自分と向き合ってとても楽に過ごせてるから、
鬱になった事も今は自分を見つめ直す為のとっても良い機会だったと思っている。
ただ、もう二度とあの状態にはなりたくないけど。


という話をした。






ついでにGAの20の質問をやらせてみた(笑)
私が想像しながらやってみたら11個当てはまったよ。と言いながら。




15・・・ある。




えーー?15ぉぉ? と思わず言ってしまった・・・








でもさーこれって、パチンコ屋に居る人間のほとんどに当てはまるよ?
だって。


だーーかーーらーー病気なんだよ。みんな病気なの!!!












それから精神医学会の病的賭博を診断する十項目を・・・



あ。これは3個だ。と言いながら選んだ3個を教えてくれたけど
3年前だったら5個は超えたな・・・と私は思った(爆)








ひどい人は、何百万とか借金したり、会社のお金を横領したり、家族のお金も盗むし、そういう人もいるんだよ。
でも、程度の問題じゃないんだ。
その人のその問題で困ってる周りの人がいる、それだけで依存症なんだよ。
何百万もの借金がない、犯罪を犯してはいない、だからと言って依存じゃないわけじゃない。
現に、私は何百万円もの借金に困ってはいなかったけど、こんな事になっている。
と、ギャンブル依存という病気があるんだという話をして
私はずっと 「もうね、病気なんだよ、病気!!パチンコ病なんだよ!!」
と、良く言っていたけど、でも、本当に病気だったとはね・・・って思った話もした。






おかげで、「パチンコ台の前に座るとほっとしたんだよねー」 ってのを聞けた。
やっぱり本当にギャンブル依存症だったんだねーって妙に納得。










たったの3割の人が治るだけなんだって
って、話をしたら、俺はその中に入れたと思う。もうやめられたし。 って・・・






ほらほら。そこがもう間違えてるんだよ。
たったの1年ちょっとパチンコから離れただけ、
俺は大丈夫、俺は違う、コントロール出来てるって思うそれが間違い。
依存は否認の病気。
ま。今回話した事によって頭に残ってて自分で調べたりとかしたら変われるだろうね。






そうそう。
最近は周りの友達にパチンコなんかやめろと説教してるとかって自慢げに言ってたし。
ほーらね、そこも間違ってる。
人の事言う前に自分自身を何とかしようねって話よ。



でも、わたしには関係ない話ーー


毎日暮らす中で、やっぱり一番嫌だったのは、パチンコだった。



昼間仕事をサボってパチンコ屋にいるなんてザラ。



何度パチンコ屋に探しに行ったかなんて記憶にない。
とにかく相当な回数パチンコ屋に呼びに行った。
呼びに行かなくても、パチンコ屋に電話をかけて呼び出し。ほぼ毎回捕獲出来てたのもすごい話だなぁ。
私はいっさいパチンコをしないのに、店員に顔を覚えられるくらい呼びに行っていた。




もちろん、行くときには私はヒートアップして行っているから鬼のような顔をしていたと思う。



パチ屋の駐車場で泣き叫んだことなんて数えきれないほど。


自営業の経営が大変で、私は相当苦労しているのに、なんでコイツは真っ昼間から仕事をサボってパチンコしてるんだよ、という思いで頭のなかはいっぱいだった。



何を言ってもなにも響いていない、そんな感じ。
俺の何が悪いの?って感じ。
結婚してすぐからずっと同じ繰り返し。



パチンコがにくくて仕方なかった。

待ち合わせ時間の7,8分前に着き、先に待った。



ドキドキしたけど、意外と落ち着いてる自分を知った。

あんなに怖かったアイツとの会話だったのにね。





記入していった離婚届を渡し

「これ、お願いします」 と言った。




ショックな顔をしていた。

たぶん、まさか離婚届が記入された状態で目の前に置かれるとは思っていなかったんじゃないかな。

そう・・・・って感じでしばらく見つめていた。



「これは・・・もう・・・ダメなんだよね?」


「うん。ダメ。一緒に居たら私は潰れるってよーく分かったし、この3年しっかりと考えたから」



ただ、それだけ。

今までも何度も何度も離婚してほしいと伝えてきたし、どうしてそう思うかも伝えてきた。

ただ、手紙やメールでがほとんどだったけど。

だから離婚理由なんて聞いてこなかったし、淡々と受け入れた。

パチンコがすべての原因、それは共通見解。




養育費は、無理して払う額だ。

借金も3年前から全然減ってないそうだ。

そういうもんだよ。サラリーマンは100万円借金があったらそれだけで相当大変なんだってよ。

身をもって実感しただろう。

でも、養育費は別問題。

私は慰謝料も財産分与も請求するつもりはない。

相当な金額になってる私の未払い給料も請求するつもりはない。

その分子供達への責任はきっちりしてもらう、と以前伝えておいたから。

だから自分で考えて提示してきた金額だ。

長女が高卒で就職するなら後2年4カ月頑張れば養育費は半額になるんだし、頑張ってもらう。





一通り話が終わってから普通に雑談をしてきた。

「俺はもう“男”は終わりでいいや。こんな経済状態じゃよっぽどの高給取りの人じゃないと無理だし」

と言うから 「看護師でも嫁に貰ったら?(笑)」 と言ったら 「看護師?」って感じだったけど(笑)




二人で普通に会話をしたのなんて一体何年振りだろう。

私がつぶれる前から会話らしい会話は成り立たなかった気がする。

パチンコさえなければ、こうはならなかったはずだ。

パチンコさえなければ、ね。





子供たちに話すとき、それはまた怖い時だ。

話した後、何年も先かも分からないけど、親として恨まれても仕方ない選択をした。

ごめんなさい、というしかないけど、私が一生背負っていく事。





緊張する。


今から、アイツと話し合ってきます。


会計事務所の指示により、

今までの会計残高を出すこと

店舗の棚卸をする事 を言われた。






もう、初めから大変だった。




会計残高なんてないんだもん。

それまで青色申告だった。

売上帳も仕入帳も残高なんてきっちり書かれていない。

棚卸はやった事になっているだけで

毎年、適当に申告されていただけだった。





仕入帳はまだ良い。

問屋からの請求書で残高は分かるから。

売上帳は、ひどいものだった。

何年も何年もさかのぼり、通帳と現金の入金を確認して

一体どれが入金されていてどれが未入金なのか調べて

トータルの残高は一体いくらなのか調べ出す。



必要経費だって、誰も分からない。

どの問屋に何日にどのくらい支払いをしているのかも

通帳の動きも適当過ぎて・・・




そういうすべてを毎日毎日必死に調べなおし

分かる範囲で義祖母や義母へ確認して・・・

でも、すべて義祖父がやっていた経理は

分からない事もとても多くて。




まだ出来ませんか?

何日に出来ますか?

と、毎日のように会計事務所の担当者からかかってくる電話。

そんな中、日々仕事は進んでいくため

問屋への支払いも来る。

一体どこへいくら払うの?

っていうか、支払うお金足りないじゃん!!!




パニックだった。





お客様もよくわからない

問屋もよくわからない

そんなのは当たり前

すべてが分からないのに、仕事が私を追い詰める・・・





みんな私に押し付けて、

義家族は、のほほんと日々を送ってる。

そう思えた。

分からない事を質問しても教えてくれる人はお墓の中だし。




一番助けてほしい人は

パチンコだし。





新婚4カ月で私は苦しくて仕方なかった。





義祖父が亡くなった後。

個人商店を会社組織にすると言いだした義父。

有限会社にする、と。



その頃、有限会社にするには 資本金300万円が必要だった。

とりあえず残高証明書に300万円が証明されればよかったのだが

300万円なんてあるわけがない。

ものすごーーーーい赤字経営だったんだもん。

そんなことも知らないで言いだした義父。

で、その300万円は、義祖母が貯金をはたいて出してくれた。

でも、それは形だけの予定だったのが

返せないお金になってしまった。



そのくらい資金繰りが大変だったから

あれば、あっちの支払いこっちの支払いと出て行ってしまった。



それと同時に、会計事務所を入れた。

そして新婚4カ月

取引先もろくに知らない私に義父が一言。

 

『りんに、全部任せるから』


何も言えない立場の私。

それが地獄へのはじまり

大きな大きな荷物を背負わされたはじまりだった。





今週

絶対に 『話があります』 と言おうと決意してたんだ。

でも、昨日も

今日もまだ送れないメール。



これを送らない限り何も進まないんだ。





誰か私の背中をおして。





そんな風に思う自分がダメなんだよね。

依存的な部分。




考えても考えても共に歩む道はもう想像できないのにさ。





過去を振り返っていると、本当に苦しい。


気持ちの波の大嵐に巻き込まれていたあの頃の感情に

振り回されてしまうので、本当に苦しい。



ただ、その苦しみこそ、二度と戻りたくない苦しみの一つだ。






ギャンブル依存症。

GAの『20の質問』をアイツにたとえて答えると

11個当てはまる。


7つ以上当てはまると強迫的ギャンブラーの可能性が極めて高いそうだ。




ただ、今のアイツが何個当てはまるかは私には分からない。

極力関係を断っている今、アイツが今もパチ屋に通っているかは知る気にもならないし

通っていても、私には関係のない事だと思うから。

だからアイツに当てはめて答えてみたのは3年前のアイツの状態。

私の鬱→別居へとなったあの時のアイツを想像して答えただけ。

でも、ありましたか?という質問形式は現在とも今までにともとれるから

結構、今の状態も当てはまるものがあるだろうね。




ギャマノンの『20の質問』 これは、私は12個当てはまりました。


ギャマノンを初めて知った時

そしてこの20の質問を知った時

【ギャマノンはあなたの手助けができます】という言葉を見つけた時

パソコンの前で号泣しました。




鬱になり、実家へ逃げ帰ることしかできなかった私

なんてダメな奴なのだろうと自分を責め続け生活してきた毎日

それに答えをもらった気がしたあの日。


それから、私の中に変化があらわれた。




もう、あんな奴とは一緒には暮らせない

離婚だ離婚!!!とずっと思っていたけれど

確信したのです。

ギャンブル依存症という【病気】だとしても

私が苦しんできた14年と別居期間3年の17年を


【病気】だから仕方ない

【病気】だから許してあげよう

【病気】のせいだから、しょうがない

【病気】なのだから、回復するだろう


という思いで変える事は出来ない という事を。




これをあと5年早く知っていたら

まだ、余力が残っていたかもしれないけれど

もう、私には一緒に【病気】の回復を

自分自身の苦しみの回復をしていく力は残っていない。




そう思いながら、一歩踏み出せないのはなぜなのだろう。

やっぱり生活の不安?

子供たちの事?

前へ進むためにしなくてはいけない、アイツとの会話の恐怖?





変えられるのは自分の事だけ。


アイツから別居という形で離れ

アイツに振り回されなくなって

それで回復した私の鬱

今までつらかった顔面神経痛がなくなった事

原因不明の腰痛が出なくなった事

自然の笑顔が出来るようになった事

子供たちに私のイライラをぶつけなくなった事


それだけでも、アイツの存在のもたらしていた悪が分かるじゃないか




苦しい気持ちをここに置きたくてはじめたブログ。

誰に恰好つける必要もない

人の目を気にして

人に何と思われるか気にして

自分を表現できない私の場所


苦しい苦しい・・・

吐き出したくている気持ちがたくさん

でも、言葉にする事は難しい

結婚したとき、アイツの給料はたしか10万円だった。
私より6歳上のアイツ。
私より給料が少なかった。
しかも私は社会人を2年しかしていない。



知らなかった。
付き合っている時に知っていたらその時には私は結婚を選択しなかった気がする。

19や20の小娘よりも給料が少ない男と結婚なんてありえないしね。


朝から一日毎日仕事に行っても、私がもらえたのは3万円。


21歳と27歳の夫婦の手取り収入13万円。
絶句だね。



で、私に入ったお金は自分の給料の3万円だけ。
アイツは私には一円も渡してこなかった。



その時、なにかローンがあるならそれを含めて私がやりくりするから渡してほしいと言ったけど
なんやかやと誤魔化され結局うやむや。
きっと私には言えないくらい支払いがあったんじゃないかと思う。