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心の整理箱

ダンナのギャンブルに振り回され過ごした結婚生活。
自分らしく生きるために気持ちを整理するための場所。

親になれば、きっとパチンコには行かなくなるだろう



なんて期待した私がばかだった。







何も変わらない。






夕方4時過ぎくらいからはボランティアで

地域の子供たちの面倒をみるために

仕事を切り上げ出掛けて行く。


朝は9時くらいにならないと出掛けて行かないので

9時~4時くらいしか仕事をしない。


その仕事も、まず、目の前の友達の店で数十分おしゃべり

営業に出掛けたと思ったら

行きつけのガソリンスタンドで数十分おしゃべりとコーヒータイム

やっと仕事かと思えば、隙を見つけてはパチンコ屋へ・・・

戻ってきたかと思えば、駐車場からまた目の前の友達の家に直行。




一体、いつ仕事するわけ?

一体、子供をどうやって大きくするわけ?




ボランティアで人の子を見ている事はすごいとは思っていた。

でも、おかげで我が家は放置状態。

平日の夕方から毎日

土日もいつも居ない。

雨が降ってボランティアがないと思えばパチンコに行った。





私はいつも一人で子供を見ていた。

出産後こそ実家へ一カ月お世話になったけど

戻ってからは、赤ん坊を連れ、

おむつに着替えに大荷物を抱えて

毎日仕事に行った。


一か月休んでいた間の私の仕事は、溜まりまくっていた。



約3時間おきに授乳、ぐずぐずいうのをあやしながら

溜まりまくっていた仕事をこなした。

ベビーラックに乗せ、足で揺すりながらとか

オルゴールメリーをかけ、誤魔化しながらとか・・・

そのうちオルゴールメリーをかけると泣かれたっけ

放置されるのを数カ月の子が理解して泣いたっけ。


3ヶ月くらいの時には

疲労から高熱を出し、腎盂炎と言われ

安静にしないとダメだと言われる始末。



少し大きくなると、仕事の合間に離乳食を作り食べさせ

仕事をするために時間になればおぶって無理やり寝かしつけ・・・

ゆっくり子育てをするなんて出来なかった。

子供と向き合いじっくり子育てなんて出来なかった。

子供と散歩とか公園に遊びに行くなんて出来なかった。






はじめての子育てには不安もたくさんあって

それを聞いてほしくて話すと


「そんなの俺に聞かれても分かんないよ。

 いつも本読んで勉強してるんだから自分で分かるでしょ」


と、言われ。





子供が出来た事やその日の出来事を話すと


「ねぇ。その話まだ終わらないの?

 ママの話つまらないんだよね」  


と、言われ。





ナイターをやっていて贔屓のチームが負けてれば

機嫌が悪くて、邪魔扱いされた。





コイツ、何のために居るんだ?

なんでこんな奴と結婚したんだ?

と、何度も何度も思った。






俺は営業で車に乗るんだから

夜泣きされると眠れなくて居眠り運転になるから

一緒に寝ないから。

と、言われ、別室で寝ていた私と子供。

営業で車に乗る???

大型トラックの運転手じゃあるまいし

5分くらい走って営業先に行くのに居眠りって???



真夏になり、暑くて子供がかわいそうで

エアコンのある部屋でぐぅぐぅ寝ているアイツの所へ移動した。

子供が夜泣いても気づかないでぐぅぐぅ寝てるのに

寝不足で居眠り運転ってなるものなの???






はじめての子育てでいっぱいいっぱいの私と

はじめてのボランティアのリーダーでいっぱいいっぱいのアイツ


子供が生まれてから、すれ違う事ばかりで

相手を思いやることなど出来なくて

毎日泣き暮らしていた。






風邪ひきました。
鼻水、鼻詰まり、喉の痛み。
これ以上悪化させたくないので、しっかり食べて薬を飲んで布団に入りました。



風邪といえば…
38℃近く熱があっても仕事してたなぁ……


風邪ひいたみたい
と、いえば
はぁ?風邪ぇ?って感じだったアイツ。
大丈夫?今日は休んでなよ、なんて言ってもらったことない。
そう言われない、イコール休んだらダメなんだ

と理解した私は無理して仕事に行った。
38℃の熱があっても、寝てられないからと近所の内科で注射をしてもらい、

寝てなきゃダメだよ!と怒られながら家事育児仕事をした。



それは義母とかもそうで、休んで と言ってもらったことはなかった。




あまりにつらくて横になってると、

面倒臭そうに家に帰って寝ればいいだろ?と言われたっけ。




なんだろ。

休めといわれない事
ちょっと不機嫌そうな態度

これで、私は風邪引いちゃダメなんだ、寝込んじゃダメなんだ

と受け取ってしまった私もいけないんだけど、
そういうのって、やさしい言葉や態度を与えるものじゃないのかな?







若いときは、気力体力で乗り越えたことも
やっぱり、熱があればつらくて、寝てないから風邪も長引くので
だんだんと図太くなってからは、今日は休むと言えるようになったりしたけど
たいていは無理してたなー。




家で寝てれば甲斐甲斐しく世話はやいてくれたけど、
どーも、俺っていい旦那だよね?ね?ね?
と言われている気分がしていたのはなぜなんだろう?




自分は、37.1℃くらいでも、俺は熱がある、ダメだー、と

大騒ぎしてさっさと仕事を切り上げてしまったくせに、

私には大げさだって言ったんだよな




私が調子悪くていると、ななか怒ってる、機嫌が悪いと違った受け取り方をして
さわらぬ神に祟りなしって感じで逃げ回ってるから、

体調を崩したことにも気付かない。
調子悪いと告げれば、またぁ?面倒くせぇなって感じだから、

さらに私からは言いづらくなり余計に気付いてもらえなくて悪循環




つらかったなぁ…





過去から順番に書こうと思って書いてきて
その合間に現在の書きたい事を書いてきて

なんだか良く分からなくなってきた。




気持ちの整理をするために始めたのに


過去を思い出して書いていると、苦しくなるので
ついつい書かなくなったりして
順番に書かなきゃっていう気持にも縛られたりしているのだろう。



自分のために書いているのだから
話があちこちに行っても良いんじゃないか、と、思い始めた。
日々の中で、『過去のあの記憶』 というのが私の中に湧いてくると
気持ちを吐き出して書きたいのに、
過去から書きすすめようと思ってる順番が狂うじゃないかと思うと書けなくて

なんだかそれって本末転倒のような気がしてきた。





どうしても、読んでくださる誰かというPCのむこうの誰かを想像して
こんな風に書いたら意味が分からないだろうとか
こんなこと書いたりして、へんかな・・・なんて思ったりする自分がいる。
そういう思いとは違うところで書きたいからとここを始めたというのに結局、
他で書いていた時と変わらないのなら意味がないよな。





もう、順番だのなんだのいいや。
とにかく書きたい気持から書こうかな。
過去、現在、ぐちゃぐちゃで読みづらくなるかもしれないけど
気持ちを吐き出したい思いがあるときに、
順番を気にして書けない方がおかしい。
これは、誰のためでもなく自分のために始めた場所だから
気持ちが揺れても、愚痴だらけでも、泣き言だらけでも
自分のために始めた場所だから、ね。うん、そうだそうだ。









で、思い出したあの記憶・・・





転校した娘の学校でスキー教室がある。
スキーウェア、手袋、ゴーグルを用意しなくてはならない。
私の使っていた手袋、ゴーグルはもう古かったり、大きすぎたりでダメで
結局、友人にお古をいただく事が出来たのだが、
スキーといえば・・・






付き合いだして1年足らず




新社会人として会社に勤め始めて、7か月か8カ月くらいか?
今から20年も前の話。



一緒にスキーをしよう。
だからスキーを買いに行こう!と言われ
買いに行く日には、通帳と印鑑を持っておいでと言われた。

何も分からずついて行ったスキーショップ。
スキー一式。スキー板、ブーツ、ウェア、グローブ、ゴーグル
これがいいよ、こっちの方がいいね。と進んで選ぶのは、アイツだった。
だって、どれがどうかなんて知識はなかったから言われるままだった。

で、会計の時、持ってきた通帳と印鑑出して と。
そう。私はスキー用品一式をローンで買ったのだ。



その時は、すぐに振られるだろうと思いながら付き合っている部分もあって
捨てられるのはいやだったから、いわゆる言いなりだった私。
一緒にスキーに行こうって言われて嬉しくて、
一緒に行くならスキーがないと行けない、
と思っていたのでなにも思わずに買ったんだ。



私が一式買って数ヵ月後・・・
数回一緒にスキーに行った頃
『俺、スキーはもういいや。これ以上やっても上達しないしー』
と、言われて。
え?
私スキーのローン、まだまだあるのに・・・・
と思ったけどその一言さえ伝えられなかった。








そうだ。思い出した。




スキーを買いに行った日、なぜか友人を連れてきたアイツ
帰り道、ちょっといい?いいかな?と、二人してパチンコ屋に寄ったんだ。
私は、駐車場の車で待ちぼうけ。



なんだったんだろうね。






馬鹿だね、私。



離婚に伴い、自動車保険を変更した。


その保険屋は、むこうの家の近所の保険屋さんで知り合いの人。
手続きに行くのに、保険屋の都合を聞こうと携帯にかけた。


一瞬聞き覚えのあるにぎやかな音がし、
「もしもし~」 と



この保険屋、元ダンナと同じ仕事中でもパチンコをする人。
元ダンナのパチンコ仲間の一人。
私が電話をかけたのは、午後2時30分過ぎ。
パチンコをしていたら私からの電話が鳴り
慌てて外へ向かい、ドアを開け電話に出たんだろう。
だから、パチンコ屋のにぎやかな音が私の耳に届いた。






最悪だ。


過去何度もあったパターン。
嫌な記憶がよみがえる。
いくら言っても止めてもらえなかった仕事中のパチンコ。
何度も何度も、何十回も何百回も呼びに行ったパチンコ。




またやってるんだ、と思った時の
またやっていたんだ、と分かった時の
あのなんとも言えない嫌な気分を思い出し、心臓がばくばくした。






その後、奥さまが対応してくれるというので、保険屋の事務所に行った。
話の流れから、
 「今日は会議があって出掛けているのよ~」
と、うちの主人も忙しくてねぇって感じの言い回しでにこにこしていた。


会議?
ウソつかれてますよ?
あなたのダンナ、パチンコ屋ですよ?
と、思いながら彼女を見ていた。






とってもいやな気分。


ウソつかれてるのも
ダンナはパチンコしてるのに奥さんは仕事してるのも
知ってても知らなくても、他人に自分の旦那は忙しく仕事してると伝えてる事も
とにかく、とにかくいやな気分だった。


昔の自分を見ているような
かわいそうな夫婦を見ているような
うまく言えないけど、いやな気分だった。






事情から仕方なくこの保険屋と契約したけれど
来年の更新では他の保険屋に変えようと思う。
だって、私がギリギリの家計の中から無理して払う保険料が
パチンコ屋に流れるのはいやだ。許せない。


もう、パチンコ屋とは縁を切りたいんだ。


2010年もすでに10日…

皆様、素敵な新年をお迎えでしょうか。



私は、仕事で終わり仕事で始まった年末年始でした。
サービス業ですから仕方ないですね。
今の仕事は好きなので苦にならないですし。




さて、新年とともに私も新しいスタートを切りました。




籍を抜きました。
一度入った大きな溝は、埋める事は出来ませんでした。
ギャンブル夫はもう懲り懲りです。


まだまだ共依存の自分の回復には努力が必要だと思うので、
同じ過ちを繰り返さないためにもこのままここで過去を振り返りたいと思います。
自分と他人の境界線を上手に引けるようになるために。



私の新しい人生のはじまりです。
笑顔で過ごせる事を優先してがんばります。

はじめて、親になった日。






朝4時くらいからだったか、お腹が張って眠れなかった。
陣痛を計りながら一人コタツの座イスで過ごしていた。
朝6時過ぎ、おしるしを見る。
用意しておいた出産カバンの中身をもう一度チェックして
それからアイツを起こした。




ちょうど定期健診の日だったので
初産だしそんなに早く進むわけないから検診に行きながらで良いよ、
と病院へ連絡もせずいつも通り過ごした。




仕事場に行き、お金の計算をし、帳簿をつけ
そのまま入院になる事を見越して、
私がいない間の指示をしてから病院へ行った。




私を病院へ送り届け、仕事へと戻ったアイツ。
が。診察をしてビックリ仰天な先生!
もうすぐ生まれるから!!!とバタバタと・・・
3指半開大の子宮口でした(笑)
一つ仕事をしたら戻ってくるよと出て行ったアイツが
病院へ戻ってくるのが間に合わないくらいの勢いで
そのまま分娩室へと直行でした。






病院へ行ってから2時間くらいで出産。
超ーーー安産でした。






それでも、ここまでの妊婦期間、辛かった。
毎日つってしまう足。
あまりの腰痛に動けなくなる事たびたび
足の付け根がすごく痛くて歩くのも一苦労だったし


安産だったのは、私の努力もゼロではなかったと思うよ。
毎日せっせと歩いたし
毎日お腹の子に、体をぐるーーーって回してね
上手に上手に出てくるんだよ、
ママも頑張るから一緒に頑張ろうねって話しかけてたしね。




出産の感動のわたしにアイツが言ったのは



「犬より安産でありがたみがない」






一生忘れない。
絶対に絶対に忘れない。


今でも恨みがましく覚えている。
とってもとっても大事な仕事を終えた妻に
「ありがたみがない」ってなに?
犬と比べるってなに?
誰の子が生まれたんだよ?!










母親教室で沐浴も習ったくせに
「怖くてできない」 と、拒否


おっぱいしか飲んでない、臭くもないウンチなのに
「臭いから、むこうで取り換えて」 と。


おむつの交換なんて数えるほどしかした事ない。
お風呂に入れれば泣かれる。
私が忙しくてちょっと見ててねと渡すと
3分くらいで義母の腕の中に居る。






や く た た ず め


結婚して1年
妊娠が分かった。

嬉しかった。
ただただ嬉しかった。


つわりがきつくて辛かった初期
腰痛に苦しんだ中期~
毎日毎晩足がつってしまった中期~後期

それでも、だんだん大きくなるお腹
私が妊娠した時
友人たちは独身で、妊娠中の不安な事とかを
相談できる人は居なかった。
毎月、妊婦雑誌を買い、勉強。


ねぇねぇ、こんな風なんだって~
と、雑誌を見せ妊娠について
これからやってくる出産について
アイツと話したかった私。
でも、まったく興味を示さないんだ。
自分優先。
ナイター中継優先。
なのに、第一子を妊娠中のプレママ対象の母親教室の
お父さんも一緒に参加する回には、進んで参加し
良い旦那さんだねーと、保健師さんにも他の妊婦さんにも言われる・・・
なんなんだろう・・・


妊娠が分かった時
父親になれば自覚を持ってくれるだろう
仕事中のパチンコなんてやめて
子供のために一生懸命仕事してくれるだろう
そう、期待した。
これがきっかけになって止めてくれたら、と。



私の妊娠が分かってから3,4カ月の時だったかな
アイツは地域の少年たちの面倒をみるボランティアのリーダーになった。



洗い出しをしながら日々の経理を進める日は実はずっと続いていた。


役所の売上帳はもう悲惨なんてものではなく

とりあえず、金額を適当に合わせるしかなかった。

でも、そうすると、翌月は売上と入金の関係上

残高がマイナスになってしまったりするのだ。

一体どうなっているんだ?

と、毎月毎月頭を悩ませ、また適当に金額を誤魔化すしかなかった。





そんな事をしていると、また支払いの日がやってくる。



はぁ・・・また払えない・・・



問屋の支払い日は決まっている。

なのに入金がないのだ。

入金されるほど売り上げがないのだ。


私にはどうする事も出来なかった。

でも、誰にも言えない。

お金がなくて支払いができないなんて言い出せなかった。




結婚前にあった私の貯金数十万円は数カ月で支払いへ貸し出し終わった。

貸し出したら返ってこないんだ。

返せる経済状況じゃないんだ。

2年しか勤めていないのだから、ほんの少ししかなかった貯金。

今も返ってきていない。




問屋の支払いが間に合わないと困惑するのだから

給料なんて払えるわけがない。

有限会社にして、義祖母、義父母、アイツ、私、は役員になった。

役員報酬は、年齢に見合ったものにしましょうと会計事務所の指示で

義父とアイツは26万円

義母と私は12万円になった 様な気がする。

義祖母は・・・10万円だったかなぁ  

今は記憶があいまいだけど、たしかそのくらいだった。

それを全額払う事なんて出来ない月がほとんどだった。


給料日が来ると、まず義父母、アイツを優先にお金を渡した。

優先といっても、全額払えずに一部支給とかで。

義祖母は今まで亡き義祖父が苦労していたお金の事なので

良く理解していて、私は後でいいんだよ、りんちゃん貰いなさいと

いつも言ってくれたので、義祖母はその次に支払い

私はいつもいつも後回しで、貰えない月が多かった。




優先して渡したのには訳があった。

生活費を負担してくれている義父母には申し訳ないから最優先。

アイツは、なんだろうなぁ、確かローンがあっていやだから

自分でしたいからと給料を渡してくれなかったので

その支払いが滞ると困ると思って優先していたのかなぁ・・・

優先して渡したからと私の手元にお金が来る事はなかったけどね。



いつも後回しでもらえていないのを知っていた義祖母は

りんちゃん、これで好きなものを買いなね

と、たびたび私にお小遣いをくれた。


それどころか、毎月のように義祖母は

支払い足りる?

足りなかったら私が出すから言って

と、いつもいつも私を気にかけてくれたのだ。



それでも、払えないなりにこの頃はまだ良かったかも。







響子さんから初めてのプレゼントをいただきました。

初めてコメントをして下さったのも響子さんで、とってもとっても嬉しいです(^^)



本当にありがとうございました。


まだまだアメブロに慣れていないため、ご紹介方法もこれで良いのか手探りですが、
これからもどうぞよろしくおねがいします(*^_^*)
離婚を引き伸ばしてきたのは子供の事がいちばん。



転校をともなう離婚の選択にずっと躊躇してきた。
生活の不安はもちろんあるけれど、子供の事は一番つらい。



別居3年の間に長女は高1に、次女は小5になった。
部活に力を入れていた長女が一段落するまで、受験が終わるまで、と引き伸ばしてきた。
そして今、次女の転校に悩む…


結局、悩みは3年前と同じで子供の事を思えば…なんだけど、
じゃあ今の校区外からの送迎で無理していて、宙ぶらりんのままが子供の事を思えば…なのだろうか




転校やむなし

本当はそう思ってるくせに綺麗事を並べたって仕方ない
現実を見なければ。



離婚とはそういうもの。



今の学校に通わせたいなら、次女を手放す?それはNOだ。



子供二人と今の校区内に住む?
なぜ私にはそれが選択できないのか
なぜ?と言われても自分でも分からない
実家に甘えているのかもしれない

結局、私は自分が一番可愛いのか……