心の整理箱 -2ページ目

心の整理箱

ダンナのギャンブルに振り回され過ごした結婚生活。
自分らしく生きるために気持ちを整理するための場所。


長女は高校二年生。


就職希望だったのが、進学をしたいと言い始めた。

長女が進学したいのは音楽療法士の専門学校。

学費、二年間で180万円。

寮があるので、人数100名に運よく入れれば

月額5万2千円の寮費。二食つき。

入れなかったら…やばいねぇ…




と言っても、進学されても一銭も仕送りなど出来ないのが現状。

今で精一杯…




悔しい。

本当に、悔しい。



アイツがパチンコで無駄にしてきた時間とお金。

本当に、もったいない!!!



子供が高校生になり、進路を考える頃

その頃までに、学費なり何なり準備できる家庭…

普通の家庭ってそういうものだよね?

そんな事あたまになく、仕事もろくにしないでパチンコにうつつを抜かし

自分の子供の足を引っ張るなんて

憎くて憎くて仕方ない。



ギャンブル依存症。

診断に当てはまり、そう判断されて間違いないと思うけど

でも、病気だったから仕方ないよねなんて

ぜーーーーーったいに思えないもん!!!




ずっとずっと言ってきた。

自分が親にしてもらった事と同じ事を子供にしてやれるの?!

今のままで、そうしてあげる事が出来るの?!

と、問いかけてきた過去の私。

ほら、今、その時がきちゃったよ。

ばかばかばかばかばか

子供に我慢と苦労をさせなくて済んだはずなのに。



自分は、希望校に落ち、予備校に行き

でも、予備校時代、パチ屋のはしご・・・

受け直した専門学校

東京で一人暮らし、学費を出してもらい

仕送りをしてもらい

なのに、バイトにうつつを抜かし

結局1年で中退した。

同級生の中で唯一の中退者。

バイクが欲しいと買ってもらい

バイクにのるには、ライダースーツが必要と買ってもらい

東京に居た3,4年の間に3回も引っ越しをし

バイトで稼いだお金は海外旅行して使っちゃって

家に戻って家業を継ぐのには

欲しい車を買ってもらって…

3年も乗ればもう次の車が欲しくなり

仕事をするのにはこっちの方が絶対に良いと言いくるめ

結局車を買い替えてもらう・・・




それと同じ事を子供にしてやれるのか?と

私はアイツに問いかけてきた。



しれやれない・・・・  そう返事が返ってきたっけ。






決して遊ぶお金を仕送りしろとは言っていない

最低限、学びたい事があるならば学ばせてあげる

そのための学費、生活費の仕送り…

そういう事くらいっていう気持ちだった。




でも、暖簾に腕押し、糠に釘、馬の耳に念仏…





悔しい悔しい悔しい

過去はもう変えられないのはよく分かっているけど

子供の事になると悔しくて仕方ない

アイツが憎くて仕方ない





昨日、長女が忘れ物を取りに元婚家に行くので乗せていった。



なにやら、最近は元義母がにこにこ出てくる。
昨日は、

『もう片付けにはこないの?』


と言う。



もう他に必要なものはないから。
子供たちのモノはあとで来させます。と言った。



そしたら、そう……とちょっと困ったような残念なような顔をしていた。
まぁそうだろうねぇ。
何一つ残さずすっかり持って行ってくれと思うのが本音だろうから。
とにかく何かあっても捨てていいものでしかないから、捨ててくれていいんだけどさ。

子供のモノは捨てないで置いてくれたらいいから、と他はいらないから捨ててもいいとアイツには言ってきたけど
会話のない親子だから元義母には伝わってないんだろう。





最後に


『今度、お茶でも飲みにおいでね』


と言われた。



いったいどんな顔してお互いお茶を飲むというのだろう?
いったい、何の話をしながらお茶を飲むつもりなのだろう?


びっくりしてしまう。



たしかに、元義父母や元親戚一同には本当に良くしてもらった。
感謝しかない。
義親や親戚関係で苦労する人が多い世の中だけど、私はりんちゃんりんちゃんと可愛がってもらったのは事実で有り難く思っていた。


でも、こうなってにこやかにお茶なんて飲めない。

ギャンブル依存症は病気であって誰かのせいではないのは頭では理解していても
やっぱり、あんたたちが甘やかしたから…という気持ちをゼロにはできない。


40歳も越えたいい歳の男の問題でも片付かない思いはどうしても残る。



子供たちにとっては祖父母だし、交流を断たせるつもりもないけど
私は、お茶飲みには行かないよ。
悪い関係ではなかった嫁姑だったけど、行かないよ。

意を決して6月24日に、荷物の引き上げに行ってきた。



行くと決めてから、怖くて怖くて

その感情に飲み込まれないよう

必死に、自分の感情にふたをして過ごした。



必死の思いを抱えて行ったら

思っていたよりも落ち着いている自分がいた。

頭の中でシュミレーションを繰り返していた通り

部屋の一番奥の棚からお気に入りの本たちをまとめ

押し入れの中を確認し、

サイドボードの中の思い出の物たちを取り出し

タンス、クローゼット・・・




住んでいる時には、あれも大事これも大事

何かあった時には、どうやってすべてを持ち出そう

なんて考えていたものだったけど

今となっては、無くても生きていけるモノたちになっていた。

それでも、必要と思われる最小限のものを選別し

箱に詰め、箱に詰め、箱に詰め・・・

ゴミ袋は相当の数になった。

持ち帰るのも、ゴミ袋に入れるのもどちらも選べないものは

そのまま残すことにした。

要らなければあとで、アイツが片付けたらいいと思うし。




作業を始めて3時間くらいには、ほぼ先が見えた。

お昼になるし、一度荷物を運ぶ事にし、車に積んだ。

家で荷物をおろし、お昼を食べたらまた出掛けたけど

子供たちのモノは、私からしたら要らないものだけど

彼女たちには必要なものかもしれないので

そのままの状態で、あとで片付けに行かせる事に。


着物、喪服、等々を出し、最終チェック。

ま。こんなものかな、と終わりにする。




まだ。残っているものもあると思うけど

気になっていたものは回収できたし

残っているものは、きっと、

あっても使わないものだと思うので、終わりでいいや。




運び込んだ荷物の中の懐かしいものを取り出しては見てみる。

子供たちの写真は、何度見ても可愛くて懐かしくて・・・

どれ一つ置いていってくれと言われなかったので

持ってきたけどね。

写真に、ビデオに・・・何も言わない・・・変なのね。






荷物を運びこんでから、毎日のように時間の合間を使って

家中の片づけをしている。

カーペット、カーテン、ベッド・・・新調しようと思う。

お金がかかってキツイけど、なんとなーくの間借り生活から

キチンと自分たちの家、部屋としての生活へ






昨日、元婚家に次女が用事があるというので送った。


玄関先で車の中で待っていたら元義母が来て

『喪服があるけど、どうする?
今持っていく?
あとで取りに来る?』

と、言ってきた。
今持っていくか?ってなんていきなり?と思ったけど

『他にも片付けたいけど
必要かどうか分からないし…』

と。



あぁ、やっぱり。
アイツは何もしてない。
今までと1ミリも変わってない。


前に微妙な荷物が微妙なタイミングで運び込まれたのは、アイツじゃなく
元義母が片付け箱に詰めたものなんだなぁ
と、納得がいった。



なんでこれ???
この服が入ってるのに、なんであのクローゼットの中の物はひとつもない???
と、その時に思ったのはそういうことだったからか。

気付かなかった私もバカだな。
アイツが片付けて持ってくるわけないんだよね。




喪服より、私の着物があるんだよ。
家紋の入った喪服なんて持ち帰っても着られないし。
でも、私の振り袖はあっちにあるんだよ。
喪服が…ってピントがずれてるけど、言ってもらえてよかったよ。
土日仕事の私は、わざわざ休みを取って荷物の引き取りに行くのが嫌だったんだ。
でも、平日に来ていいと言われたから、近いうちに行ってこようと思う。





本当は嫌だけど
あっちの家には一歩も足を踏み入れられないほど怖いけど
そんなこと言っていたら
私の大事な荷物たちを引き上げられない。
離婚をし、もう関係ない家に私の荷物を置いておくわけにいかない。

勇気を振り絞って行ってこよう。
予定は来週。
段ボールとゴミ袋を大量に仕入れておくか。
端から詰め込んで来よう。
要、不要はあとで地道に分ければいいから。

ずいぶん開いてしまいました。



過去を振り返ると自分の気持ちが揺れて

向き合うのを避けている部分があります。

離婚できて、アイツと離れられた事で

愚痴愚痴言う必要もずいぶんなくなったのも

更新の手を止めてしまった要因の一つかもしれません。




今日、長女の学資保険をすべて払い込み完了しました。

少しでもお金を浮かせたくて、年払いで頑張ってきました。

なので、満期は来年。

激動の日々の中、ここまで続けてこられた事

自分を褒めてあげたいと心から思います。



学資保険代を捻出する事の大変さ

アイツにはきっと分からない事でしょう。

でも、子供のため、子供のためと私は必死でした。

毎月積み立てて行く事

収入がない中で、これは本当にきつかった。





「○○は子供の学資保険から借り入れしてパチンコ行ってるらしいよ」


と、自分の友人の事を話してきた事もあった。

まるで、それってすごいよなぁーって羨望?みたいな言い方だった。

そんな手もあるんだねぇ~ って感じに私は受け取れた。

私がどんな思いして積み立てていたかなんて気づいてもいないように感じた。





払い込みした金額のほとんどを私が捻出したと思っている。

いつだって、給料は私の手元になんて来なかったのだから

私は私に入る、少ない給料から必死に捻出してきたのだから。

情けないほどの低所得者だけど毎月キチンと支払いが出来ている今は

私の心の安心材料の一つだ。




ただ、普通の人は学資保険ってきっと大学や短大等々へ行くための

一部の資金として使うものなんだろうねぇ

全額使っても、専門学校さえ難しいと思ってしまう私は

本当に情けない親だ。





長女が生まれたころは

給料未払いと言っても、まだマシな方だった。



いや、普通の感覚だったら全然マシじゃないんだけど

その10年後とかの状態から比べたら本当にマシだった。

だって3万~5万円もらえれば、なんとか出来ていた気がするもの。


3万~5万って私だけの収入ね。

アイツは貰った給料は全部自分のポケットへ…だから。


それでもやっぱりキツキツの家計。

それに加え、全く改善しない仕事中のパチンコ。

週に1度は必ず捕獲に行く状態。




お願いだから、仕事だけはきちんとして。

どうして仕事中にパチンコするの?

今は仕事する時間でしょう?

私がお客だったら仕事中にパチンコするような人は

信用できないから発注しないよ?




とにかく色々言ってきた。



なのに、伝わらない。




父親でしょう?!

親になったんだから仕事くらいはキチンとして!!




子供を出しても変わらず仕事中に行くパチンコ。




生活が困るくらい収入がないのに

どうして仕事しないでパチンコが出来るのか理解できない。

本当に本当に困ってるのに



自営業なんてやり方次第

自分の努力で収入は増やせるんじゃないかと思っていた私は

仕事を後回しにしてパチンコに行ける気持ちが理解できなかった。

仕事したらしただけ自分の財布も生活も潤うんじゃないの?

結婚して妻も子供もいるのに

生活の糧である仕事をないがしろに出来る意味が分からない。




ありとあらゆる方法で伝えてきた

「仕事中にはパチンコに行かないで」

という事。

でも、どうやっても伝わらなかった。






今夜は、次女の友達のママさん達と飲み会だった。
いつぶりだろう…

1年?2年?



忙しくてみんなの都合が合わなかったのもあったけど、きっと私の状態が宙ぶらりんで集まりづらかったのだろう。
みんなにも気を遣わせてしまっていたんだなぁ。




その中で、友達が教えてくれた。

いつの頃からだったか忘れたらしいけど、長女が友達の前でもパパと呼ばずに【あの人】と呼ぶようになっていたと。


あー、やっぱりそうなんだと思った。
私もいつの頃からか忘れたけど、アイツをあてにしない長女に気付いていた。


そうさせた事は、本当に申し訳ないと心から思う。
でも、この選択が間違いだとは私は思わない。
アイツを信じられず、パチンコに行くんじゃないかとビクビクしたり疑いながらは暮らせない。
そんなふうに暮らすのはもうごめんだ。





子供に、親の離婚という荷物を背負わせたのは事実だけど、アイツの居ない生活、アイツの影を感じない生活はなんて気持ちが楽なんだろう、と思う。
懸命に頑張っているのをスルーされ
話をバカにされ、何が言いたいのか分からないんだよね と言われ、悲しくて悲しくて目が覚めた。



いやー、相当堪えたらしいな、今回。


言われた事もキツかったけど、昔の感情とアイツに言われて嫌だった過去の事から抜けられないらしい。
気持ちを切り替えたつもりなのに、ふとした時に感情が出てきてしまう。



怖い。
話をするのが怖い。

私って、つまらないのかな。


先日、友人と話をしていたとき。


私の話を聞いて、

で?結局何が言いたいの?
その話のオチはどこ?


と、返された。




友人にはまったく悪気はなく、私を構うつもりもあったのだと思う。
その時、なにそれ?ってちょっとイラっとしたけれど、まぁいいやと流したつもりだった。




半日後くらいに、
『何か気に障ることを言っちゃったかな?』と、その友人に言われた。

自分でも意識がないうちに友人にあれ?と思わせる態度だったんだろう。





そこで初めて自分の心の声が聞こえた。



『嫌だったんだよ、私。
何が言いたいの?
って言われて
傷ついたんだよ。
苦しくて苦しくて
仕方なかったんだよ。』

と。

心の奥から、もののけ姫のディダラボッチが黒いどろどろになって流れだしたあんな感じに感情があふれだしたのを感じた。


それと同時にボタンを押してスイッチを入れたかのように涙が溢れ止められなくなった。




あぁ、そうか私、そんなに傷ついていたんだぁ…
そうだったんだぁ



結婚生活の中で、よく言われたんだ。
結局何が言いたいの?
りんの話つまらないんだよね。
その話、まだ終わらないの?
の言葉たち。

それで、私は何をどう伝えていいか分からなくなったんだ。


そういういやな思いは、分厚い頑丈な入れ物に入れ、大きな鍵を掛けさらに重しをして心の奥深くに押し込めてあるから
それと同じ感情に出会っても私は気付けないんだと思う。
ただ、なんともいえない嫌な感情が残り気持ちを整理できない自分は感じてもなんでそんな自分がいるのかが理解できない。



ただ今回、友人が問い掛けてくれた事で私は自分の感情に気付けたし
自分が傷ついたことにさえ気付くことが出来ない自分というものを知る事が出来た。
問い掛けてくれなかったら、たぶん自分でもよく分からないもやもやとした感情を片付けられずに振り回され、友人に対しても嫌な態度をしつづけてしまったかもしれない。




なんて扱いにくいんだ、私。

でも、こういう自分に気付けたのはヨシ!だよな。


昨日2日は、私がはじめてママになった日。




誰に話しても全くアドバイスにもならない私の出産は

超安産だった。

母子手帳には、分娩時間1時間30分と書いてある。






長女が生まれた時。

それはちょうどお昼時だった。

出産後、すぐに病室に戻された私。

そこにはお昼の準備が整っていた。

お膳には、おめでとうございますのカードが付いていた。




看護婦さんにはしばらく横になって安静にしているよう言われた。




で、アイツは


「お腹すいたからこれ食べていい?」


と、私のために用意された

栄養管理もきっちりされた

産後の母のための食事を食べた。





私だってお腹すいてるのに



別にさ、手術したわけじゃないからさ

食事を禁止されてるわけじゃないのにさ

朝からろくに食べてない私は

お腹ぺこぺこだったのにさ

アイツは私のご飯を食べちゃったんだよな。




しばらくして病室に来た看護婦さんは

あれ?本人が食べてよかったのに

旦那さん食べちゃったの?  と・・・






犬より安産でありがたみがない


といったうえに


私のご飯を食べちゃったんだ。






そんな事を思い出した、昨日の長女の誕生日。

長女の希望で外食に行って

お腹いっぱい食べながら思い出した。



なんか、変なことばっかり思い出すよ。