森の図書館 -16ページ目
鳥
遠い遠い昔
私は鳥になりたかった
広大な草原を
海原を
大きな翼をもって
眺めていたかった
ゆっくり ゆっくりと
ゆらり ゆらりと
風にのりながら
あの美しい
村や湖や花畑の上を
飛んでいたかった
太陽は私を
暖かく見守り
月は私を
輝かせてくれる
あの山はどこだったかしら
あの海はどこだったかしら
今は見えない
見たい 見たい
もう一度
あの美しさを
求めたい 求めたい
もう一度
あの輝きを
ああ
鳥になりたい
今も同じ
昔と変わらない
もう一度
鳥になりたい
大きく羽を広げて
美しい世界の平和を
飛んでいたい
そう
鳥になれたなら・・・
薔薇の花の下
桜の木の下には何が埋まっている?
女の死体?
いや違う
あんなかわいらしい桜の木の下には
女の死体なぞあるものか
何もあるものか
仄かな薄ピンクの小さな花びらの下には
土しかない
女の死体はどこにある?
それは薔薇の花の下
とても綺麗な 綺麗な
薔薇の花の下
棘で身を固め
近寄るものはみな殺す
朝露で艶やかに
太陽の光(ひかり)でより深紅に
月の明(あかり)で妖しげに
いつも私の家の庭にある薔薇の花
そこに美しい女が眠っている
冷たく凍ったその身体(からだ)を
月の明で照らしだすと
なんと綺麗なことか!
満月の夜は新しき死体を求めて
薔薇の花が深紅の涙を流す
ほうら もうすぐそこに
今夜も満月
明日も満月
白く透き通った女は
今日も友を呼ぶ
冷たい土の中で
あなたを呼んでいる
あなたは行きますか?
素晴しい宝を差し上げましょう
青い眼の人形のようにしてあげましょう
さあ こちらへおいで
月が雲に隠れる前に
さあ こちらへおいで
桜の木の下には死体はない
薔薇の花の下に死体がある
いろ
あなたの心のいろは
なにいろですか
かわいらしい桃いろですか
さわやかな青いろですか
情熱のある赤いろですか
わたしにはまだ
いろがありません
しろでもない
黒でもない
茶でもない
夢がある人は
澄んだ青
希望がある人は
真っ赤に燃えるような赤
わたしには
なにがあるだろう
みな己に
誇れるものを持っている
わたしはなにを
求めているのだろう
あなたの心のいろは
なにいろですか
わたしの心にも
燈(ともしび)を下さい
あなたには
あなたいろが
わたしには
わたしいろが
それがいろというもの
わたしはなにいろに
なってゆくのだろう
美しいいろを
つけてゆきたい
誰もが羨ましがるいろを
どんな人にだって誇れるいろを
愛されるいろを
いろは心の模様
その模様を見付けるため
わたしは生きてゆくのです
矛盾
何もないこの時代に
なぜおまえは生きている
父のような雄大な原っぱも
母のような乳の匂いのする
蒲団もないのに
なぜ生きているのだ
見てみよ
あそこには
賽の河原の石墓に
小さき手を掌(あ)わせて
目を瞑っている童がいる
何もないこの時代に
なぜおまえは生きている
女の髪の匂いのような理想も
沈丁花の甘酸っぱい味の
空想もないのに
なぜ生きているのだ
見てみよ
あそこには墓前に花を供えた
幼い少女が佇んでいる
ただ日々を過ごしている
ただ夢を見ている
ただ欠伸している
この世は
ただただばかり
なぜおまえは生きているのか
それは
きっと
誰も知らない
風
風はどこからくるのだろう
風はどうしてふくのだろう
僕にはわからない
この時代にふく風が
本物であるかどうか
じいさんは言った
風は知らず知らずして
やってくるのだよ
その風を拒むことは
できないのだよ
思想や理想もないこの世界に
なぜ風はふくのだろう
どんなに和らいだ風でも
僕の心を和ませはしない
風はなにをはこんでくるのだろう
風はなにをさらってゆくのだろう
僕にはわからない
この世代の風たちが
美しいかどうか
じいさんは言った
風は七色の花びらを
はこんでくるのだよ
その風の中に我々は
いつでも居るのだよ
空想と現実の境がないこの世界に
なぜ風はふくのだろう
どんなに温かな風でも
僕の心は満たされはしない
風は風で
僕は僕
七色に光る花びらにのり
風にふかれながら
僕はかわってゆくのだろう
魚
魚は傷つけられても
泳いでゆく
広い 広い
海原を
痛くても 痛くても
決して声を出さない
辛くても 辛くても
決して弱音を吐かない
強い強い魚は
今日も傷つけられてゆく
可哀想に 可哀想に
それでも泳いでゆく
魚は傷つけられても
泳いでゆく
大きい 大きい
海原を
泣きたくなっても 泣きたくなっても
決して涙を流さない
寂しくても 寂しくても
決して頼ったりしない
強い強い魚は
明日も傷つけられてゆく
可哀想に 可哀想に
それでも泳いでゆく
孤独な魚は
仲間がいない
泳いで 泳いで
泳ぎ疲れて
魚は死んでゆく
冷たい 冷たい
海原で
誰にも気付かれず
何も見つからず
泡となって消えてゆく
海の中の国境も越えられずに
海の中の鎖も破れずに
誰も 誰も
知らない
それは それは
魚の物語
影
誰かが私の影を踏んだ
踏まれた私は腐(ふ)ちてゆく
底無し沼へ引きずり込まれて
だんだんと腐ちてゆく
誰に踏まれたのだろう
どうして踏まれたのだろう
悲しくて 悲しくて
寂しくて 寂しくて
私は二度と
這い上がることができない
誰かが私の影を踏んだ
踏まれた私は消えてゆく
幻の闇へと引き込まれて
だんだんと消えてゆく
誰に踏まれたのだろう
どうして踏まれたのだろう
苦しくて 苦しくて
辛くて 辛くて
私は二度と
這い上がることができない
私は影をなくしてしまった
もうあなたに会うこともできない
許して下さい
私の弱さを
許して下さい
私の心を
もう疲れてしまったのです
魂の叫び
木に接吻する
椎の実がさわさわ鳴り出す
冷たい雨が肌を刺せば
苦し紛れに声が出る
ああ、
喉がなる
ああ、
この偉大な椎の木と
心中してしまおうか
女の格好をする
化粧を塗りたくり、
ドレスを着る
欄干に凭れれば
胸に涙が溢れる
ああ、
頭痛がする
ああ、
この椎の実を埋めてしまおうか
めいいっぱい薬を飲む
深い深い眠りの中で
彷徨い続ける
トンネルを抜ければ
そこは髑髏の道
ああ、
気が遠のく
ああ、
いっそこのまま
逝ってしまおうか
闇世
轟音 電車 闇
この世はそれだけ
そうして できあがるのは
嘘 騙し合い 猜疑心の世界
ぼくは 生きている
そんな中で 生きている
なりたくない
なりたくない
けれど
いつの間にか
いつの間にか
染まっている
そんな世界に 染まっている
もう
辛いだとか
苦しいだとか
そんな 当たり前の感情さえ
忘れてしまった
正義も愛も勇気も
とうの昔に 投げ捨ててしまった
こんなぼくを
情けないと 思いますか
だって これが現実
これが 普通
こんな人間たちが創る世界
ただの塊たちが
蠢いている生活
心の眼を失ったぼくに
もう
天使の声は 聞こえない
つばめ
かわいそうなかわいそうな
つばめ
苦しくても悲しくても
飛ばなければいけない
空は遥かに広く
未来を彩るその色は
淀んでいる
海は遥かに大きく
未来を満たすその深さは
果てしがない
冷たくて冷たくて
寒い冬も
つばめは
飛んでゆかねばならない
寂しそうな寂しそうな
つばめ
遣る瀬無くても辛くても
飛ばなければいけない
太陽は遥かに暖かく
未来を照らすその度合いは
伝わらない
月は遥かに美しく
未来を予言するその力は
喪失している
暑くて暑くて
息苦しい夏も
つばめは
飛んでゆかねばならない
色も
深さも
度合いも
力もない
何もない
何もない
そんな世界で
いつまでもいつまでも
つばめは
飛んでゆかねばならない
ずっと
ずっと

