地上天国 4⒎(療育手帳) | ブログ.

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事実は小説よりも奇なり.
Truth is stranger than fiction.

息子りんの絵と猫と, 愛する人生と.
Rin’s arts,cats,and loved life.




















息子りん

初めて
療育手帳をもらったのは
2歳半のときで









息子が
診断され
1ヶ月入院し










その後
様子をみた
約半年後だった










そして
当時









世界一の
脳障害の情報を持ち
天才でない子どもには
一人も会ったことが無い
という研究所










脳障害の
リハビリをする
準備も進めていたので










療育手帳の
判定結果が
全てではないのは
分かっていたが









自閉傾向のある
測定不可能の
最重度の知的障害児
と判定されたときは









元夫と
その場で
















そしてその後
二年ごとに
息子は
判定を受け










わたしはいつも
聞かれた
息子の様子と
共に









息子の
伝え続け










関係者の方と
行政と保護者を超えた
分かち合いがしたい
と思っていて










それが
一瞬でも
出来たときは










帰宅途中の車で
号泣した










でも
療育手帳を
貰い続けた
17年のほとんどは









一般的な
やり取りで








それが
普通だろうし










それが
今のわたしには
最善とは
わかっていたし









自分が
望み過ぎていて
諦めが悪いことも
自覚しながら









でも
いつも
悔しさと
悲しさと
自分の力の無さに









泣きながら
家に
帰っていた


















そして
わたしは









一生
息子に
手当てを
貰うつもりはなく









いつか
療育手帳から
卒業し








息子は
自分の才能で
生きていってほしい
と思っていたので









息子が
天職を見つけて
数年後の









20歳を前に
関係者の方から
面談と判定の
連絡を頂いたときは








卒業もそう
遠くないなら









分かち合える
分かち合えない
関係なく









この経験を
楽しもうと
思った

















そして 
初めて
ワクワクしながら
面談に向かうと










若い男性の
担当者さんを見て









わたしは
この人、好きだ
と思った









だから
わたしは
いつもより
本音で話し続けると









それを担当の方は
とても真剣に
とても深く理解して








頭でなく
心で
聴いて下さり









わたしは
信じられなかった









そして
息子のことだけでなく
わたしの
生き方に触れると







わたしたちには
直感で生きている
という共通項も
見つかり









この会話を
楽しいとまで
言って下さり








わたしも
楽しくて楽しくて
仕方がなかった








そして
息子を知ってもらう
材料の一つとして









このブログと
その中の
自叙伝というテーマを
お伝えすると









読みます
と言って下さり









わたしは初めて
信じられないような
満たされた気持ちで
帰路に着いた


















でも
次回の
息子と行く予定だった
療育判定は











わたしも
行かない
と思ったが










息子も
行かない
と言った










だからそれを
その方に
正直に伝えると









その方は
わたしのブログの
108話までの
自叙伝だけでなく








当時
800以上ある記事の
全てを読みました
と言った









そして
最初わたしが
療育手帳をいつか
卒業しようと思う
と言ったときは





 



まだ
先だろうと
思ったが









ブログを読んで
それが近いと
思いました
と言い








わたしは
その
分かち合いしかない
奇跡に









電話を切って
泣き崩れた





















だから
息子が
20歳を過ぎて









流れや
タイミングを
見て








いつか
療育手帳を
卒業するときは
訪問させて貰います








言うと









担当の方は
お話がしたいです
と言ってくれ









わたしもです
と言い
電話を切り






 


そして
その後も
その分かち合いを
思い出すたびに








何度も何度も
何度も何度も









泣き
発狂した