先日観た映画『この世界の片隅に』の原作コミックを読了。
ああ、この映画は本当に原作を忠実に動かしたんだな。と実感しました。
コミックなので原作には色がないです。
音もないです。
音楽もないです。
その世界観をそのままに映画化された作品だったのだな。というのが感想。
映画化するにあたってカットされた部分がある。
遊郭で働く「りんさん」とのやりとりの部分が主だ。
そのあたりは子どもに見せることを意識したのか?
綺麗にぼかされていた。
映画は・・・。
大人には推測可能な粋だけど・・。
このコミックの主人公だったら、「のん」さんの声はありだな。と思った。
そのくらいに色彩もタッチも原作が活かされている。
文字でおってみて初めてわかることもあったりして。
作者の「こうの史代」さんは「戦時の生活がだらだら続く様子を描くことにした」
と書いていた。
「わたしは死んだことがないので死が最悪の不幸であるかわかりません」
とも書いている。
ごもっともです。
死んだことがないので死んだらどうなる?とかそれが不幸だとか?わかりません。
「死」の数で悲劇の重さを量らねばならない「戦災モノ」をどうもうまく理解できない。
とも書いている。
死んだことがないから、死の数で比較できない。というのもわかる気がする。
大事な誰かを亡くすことは辛いのだけどそれがあまりに日常のようにあふれてしまったら人の感覚は麻痺していくのかもしれない。
だから、「普通でいていくれ」と主人公のすずさんは言われる。
このコミックにはスクリーントーンのかけらもない。
デジタルのかけらもない。
そのタッチをそのまま映画にされたように紙面の登場人物が動いたのが映画版。
音と色のない原作はさらに読んだ人それぞれの中で問いかけるものが多いのかもしれない。
このコミックを映画化したいというクラウドファンディングを知っていたら・・・
わたしも一口参加したかったと思う原作でした。
昨日、最終回をむかえたNHKの朝ドラ「べっぴんさん」のキアリス4人娘たちも同時代を生きたんだよな~と思う。
彼女たちは戦後を生きた姿がメインだったけど・・・
呉のすずさん夫婦は戦後をどのように生きたのでしょうか?
どっちの女たちもかよわいようでたくましい人々です。
「人は死んだら記憶も消えて無くなる。
それは、贅沢なことなのかもしれない。」
死んでしまったら秘密もなくなる。
でも生きている人の中に亡くなった人の記憶は残る。
だから生きている人はいろんな秘密や記憶を心に持って生き続けなければならない。
この世界で普通でまともでいることは、実は一番意思がいることなのかもしれない。
原作も一読の価値ありです。
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鈴 真由