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言葉で写真を撮ろうか

海津の手元には自分の写真がない。だから代わりに言葉で撮る。だって物書きだもの。


 先日、新宿に向かう用事があってここまできたのだからと、もう少し足を伸ばしてみようとメトロに乗って表参道に行く。

 出口を出ると、角のマックス・マーラーの左に曲がり、緩い坂をずんずん下る。

 こじんまりとしたお洒落なお店が建ち並び、ブルーノート東京を脇道に窺い、さらに下っていく。


 海津はパスタをよく食べる。毎食パンだとどうしても飽きてしまうけれど、パスタは気にならないんですよね。不思議なことに。アンチョビとブロッコリー、茄子のアラビアータ、ペスカトーレ、カルボナーラ、キャベツとキノコのミルク仕立て、ペペロンチーノ、ジェノベーゼ。


 小学校の頃は、パスタではなくスパゲッティであったし、ミートソースとナポリタンだった。成長していけ好かない奴になると、パスタと呼ぶようになった。格好悪くてミートソースやナポリタンは食べなくなったな。



 さてもう少しかな。おっ、あった。ビルの三階のオシャレなお店、というより、こんな部屋いいなと思わせる雰囲気で、椅子と椅子の間隔が広めだからか、ゆったりとして落ち着ける。一杯目はスプモーニ。



 個人的に具の大きなパスタは好かんのですよ。パスタを絡めて食べにくいし、味付けや塩分は絡めて調和が取れるように大抵なっているから、単体だと濃い目なのよね。パスタは白いご飯ではないから、具をおかずにして食べるっていうより、一口で纏まっていて欲しいのだ。



 バーに来たにも拘わらず、朝から何も食べてなかったからモリモリと食べた。お腹というものは、「そろそろ、何か食ってくれやしませんかね?」とやや謙遜して上目遣いに訴えるけれど、そのうちグーグーとお腹を鳴らして激しく抗議し、それでも無視を決め込むと、しょんぼりとして何もいわなくなる。そこへ、食べ物をひと欠片でも入れたなら、目を爛々(らんらん)とさせてもう奴は我慢をしない。



 今思えば、北海道の片田舎に生きていると、料理ってよくわからないものだ。たぶん、それは時代のせいもあったと思う。オリーヴオイルも一般的ではなかったし、スウィートバジルやオレガノもそうそうなかった。母は東京の調理師学校を出ていたから、それでも料理を知っていたんだと思う。



 一見さんと言えば一見さん。ふらりと寄りましたと言ったものの、無理があったかもしれない。見つけにくいといえば見つけにくい。でも、奥ばったお店って美味しい可能性が高いのも事実。ハマグリのスモークを口に放り込みながら、ジンバックを飲む。ここのマスターはジンジャーエールを自家製で作っているからか、香草を使った独特の香りと、不思議な味がします。キリッとした一杯。手間をかけていらっしゃる。



 北海道にいた頃は、ひたすら素材を食べていた気がする。野菜や魚介類は手に入るものはほとんど買った記憶がない。朝起きたら、家の前に箱でどんと置いてあるわけです。あれは差し入れというレベルじゃない。毎日のようにPTAの親御さんがきて酒盛があった我が家。料理とお酒は家で出す。そのお礼が朝の差し入れ。親が言うには、親が楽しくないと、こどもにあたっちゃうんだとさ。



 豚のスペアリブを食べながら、赤ワインをガブガブ飲む。ここはバーです。マスターもこんな食べっぷりのいいお客はそうそう会えないはず。じゃがいものコンソメ仕立てとバケット。これがお通し。ハマグリとシシャモのスモーク、トマトとモッツァレラのカプレーゼ、豚のスペアリブ。はい、わたしもこんなに普段食べません。でも本当に旨いなここのスペアリブ。出てくる料理やお酒に合わせて色んなお話を聞きました。


 マスター曰く、パスタもいいけれど、たまに無性にナポリタンが食べたくなる。ナポリタンにはウインナーが入ってなければダメなのだそうな。ハムだとがっかりする。彼は力説する。そ、そうですか。話を聞いているうちに何だかナポリタンが食べたくなってきた。今はお腹いっぱい。



 で、後日、わざわざトマトケチャップを買って、ナポリタンをつくる。海津はウインナーじゃなくて、ベーコンを使いました。最近はスーパーにもブロックベーコン置いているから、いいね。好きな大きさに切れる。玉ねぎ、ピーマンを炒めて、コンソメ入れて、パスタに吸わせてからトマトケチャップをドバドバ入れる。ブラックペッパーとパルメザンチーズを振って絡める。なるほど、これは旨い。ナポリタンの地位が向上した夏の午後の話。