2/17、長男の定期検査へ行った際に

春休みに入ったら

薬を完全に停止してください。  

それで様子を見ましょう!

と先生から言われました。


そして3/26、春休みから薬を停止。


4/24の定期検査では

投薬中止後も問題なく過ごせていることを伝え

夏休みに検査の予約を入れました。


寛解まで順調です。



今、とても幸せです。


何も抱えていない身体へ向かっていることが

とても幸せです。


みなさんのお陰で治療ができ、 

みなさんのお陰で

今こうして生かされている日々が

本当に幸せです。



長い長い夜明けが

ほんとうに もうすぐ、もうすぐです。


今でも、あの日を思い出します。


2014年の12月か、2015年の1月頃。

病名が分かると言われた受診日。


何を言われるのかと

倒れそうなほど緊張しながら

待合室の茶色い長椅子に一人で腰掛け

強くあれ。強くあれ。

自分の頬をペチペチ軽く叩きながら

言い聞かせていた時間。


告知を受けた日の晩。

涙を拭きながら学校へ提出する書類を作成し

そのまま一夜を明かした日。


新月


告知を受けてからの数ヶ月は

長男の身体を受け止めるために

彼の状態を確認しながら

関連書籍を読み続けた日々。



小児の病気として

きっと多くの親が、

「もしも」を想像して

不安になるものなのだと思います。


では、実際にそれが現実になった時

人はどうなるのか。


わたしたちは

もう「こうなったらどうしよう」と

立ち止まるのではなく

前へ進むしかありませんでした。


そしてその時

とても不思議な感覚になりました。


人生の心配事の多くは、実際には起こらない。  

けれど、もしそれが本当に現実になった時には、

心配している段階を超えて

ただ向き合い、生きていく

無敵の地点にいるんだなぁと。

逆に もう何も怖がらなくていいんだと

思えた瞬間でした。



世の中には病気に関する不確かな情報が

本当にたくさんありました。



病名を利用した発信や勧誘。

まるで真実かのように語られる情報もありました。


でも、それが

どれほど苦しいものなのかを知れたことは

わたしにとって大きな学びでした。


だからこそ、自分は絶対に同じことをしない。

そう強く思いました。



当時は揺れた事もたくさんありました。


元気な身体が

これほどまでに恋しいものだということ。


何億回も

「わたしが産んだからだ」と自分を責めたこと。


症状が強い時

元気な子と、そうではない息子を

どこかで線引きして見てしまっていたこと。


食事や薬への否定的な言葉に

何度も心を惑わされたこと。


そして、人は案外無邪気に言葉を放り投げるものなのだということも知りました。



でも同時に

たくさんの大切なことも教えてくれました。



ぼくとお母さんの人生で

生まれる前に決めてきた

と本人が話してくれた事。


だからわたしは

必要以上に恐れるのではなく

覚悟を持って見守ればいいのだということ。


季節のものを満遍なく頂きながら

笑顔の中で日々を営むことの尊さ。


お薬にも、医療にも、感謝していいということ。


人の言葉を

たとえ著名人であってもすべて真に受けず

わたしたち自身が現実を知り

何事にも偏らずに

この暮らしを生きていればいいということ。


そして、この場所にいるからこそ見える

人のやさしさや

静かな寄り添いが確かにあるということ。



長い時間をかけて

わたしたちは少しずつ

「病気と闘う」のではなく

この人生を

この子と共に生きていくこと


起こる出来事を全て承認して楽しむ事を

学ばせて頂きました。

成長させてくれて 鍛えてくれて

人生を信頼する事を教えてくれて

感謝しかないです。有難いです。

小学生の頃にくれたラブレター


もう少し。もう少し。

寛解という言葉を先生に頂けるその日まで

もう少しです。




UMAくんりもっちママのあるがママなすがママ。


・生まれる前の約束