天官賜福~花城の物語~6 | 天官賜福~花城目線妄想ブログ~

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天官賜福にはまり、どうしても花城目線で物語を見てみたくて、自分で書き初めてしまいました。
アニメと小説(日本語版)と、ネット情報を元にしております。
天官賜福を知っている前提で書いているため、キャラクター説明や情景説明が大きく不足しております。

 

第七章 紅衣は楓より赤く、肌は雪のように白い

 

〈二〉

 

 近づいてくる得体の知れない首なし人間に恐れおののく老人を眠らせ、牛車の上に横たわらせると、太子殿下は御者台に座った。花城も御者台のすぐ後ろに移動すると、その気配を感じた太子殿下が振り返る。

「君は大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないよ。僕も怖い」

「怖がらなくても大丈夫。私の後ろにいればあのモノたちは君を傷つけられないよ」

下手な嘘をつく花城にも、太子殿下は安心させるように優しく声をかける。いつどんな時でも、他人を守ろうとする太子殿下に、本当に強い人だなと花城は改めて思った。

花城の目の先には、太子殿下の白い首にある黒い呪枷が見える。本来の力を失っていても、誰かを守ろうとする太子殿下の姿勢は800年前と何も変わっていなかった。

老人に代わり太子殿下が手綱を握り牛を宥めながら、白い囚人服を纏った首のない鬼たちが通り過ぎるのを息を潜めて待つ。鬼たちからは白綾の中の荷車は見えていないようだったが、四方八方に鬼火が漂い、鬼たちの数はどんどんと増え、状況は悪化していく一方だった。

「大変だ!大変だぞ!鬼が殺された!」

甲高い声が響き、その一言で鬼たちがざわめきだす。あっという間に、大勢の妖魔鬼怪に牛車はぐるりと取り囲まれてしまった。

「陽の気のにおいがプンプンするぞ……」

悪意むき出しの鬼たちの言葉に、もうこれ以上隠しきれないと判断した太子殿下が、大声で「走れ!」と叫ぶ。太子殿下の声に、牛は矢も楯もたまらずに荷車を引っ張って狂ったように走り出した。

凶悪な形相で、鬼たちが牛車の後を追いかけてくる。太子殿下が手綱を握りながら、もう片方の手で呪符を一掴みして地面に放り投げ、「躓かせろ!」と叫ぶと、パンパンッと小さな音が聞こえる度に、鬼の集団が少しの間足止めを食らっていた。その間に、尻に火がついたかのように牛車を走らせ山道を逃げていた太子殿下が、突然「止まれ―!」と叫びながら牛車を急停止させる。

前方の道が、真っ暗な二本の山道に分かれていた。太子殿下は荷車にあった大きな袋からくじ筒を取り出すと、シャカシャカとそれを振り始める。

「天官賜福、百無禁忌!世の道は広くとも、進むべき道は一つ!一本目は左で二本目は右!良いくじが出た方の道に進む!」

言い終わるや否や、コンコンッと筒の中からくじが二本落ちてきた。それを見た太子殿下が、急に黙り込む。花城が太子殿下の手元をちらっと見ると、二本とも「下の下」の文字が刻まれていた。

「筒っ、くじ筒っ、今日が初対面だっていうのに、どうしてそこまで情け容赦ないんだっ!もう一度だっ、少しは私の顔も立ててくれっ!」

そう言いながら激しく振った筒からは、またしても「下の下」が二本飛び出してくる。

(ここまでとは……)

太子殿下の運が無いという噂は聞いていたが、実際に目の当たりにすると、その酷さに驚いてしまう。ただ同時に、落ち込んでいる太子殿下の様子に、思わず愛しさを感じずにはいられなかった。

「僕がやってみようか?」

たまらず、花城が口を開く。

太子殿下からくじ筒を受け取ると、花城は無造作に振り、落ちてきた二本のくじを確認することなく太子殿下に渡した。

受け取った太子殿下が、驚愕の表情で花城を見る。くじは当然の「上の上」だった。

「君はかなり運がいいんだね」

道を決め牛車を走らせながら、太子殿下が心底感心したように花城に声をかける。

「そう?僕も自分は運がいいって思ってる。昔からそうなんだ」

「昔からそうなんだ」という言葉に、子どもの頃「破滅を招く命格」と言われたことを思い出す。

牛車は山道をしばらく走っていたが、それほど進まないうちにまた鬼たちに囲まれてしまった。

妖魔鬼怪は少なくとも百あまりの集団で、幾重にも牛車を取り囲んでどんどん増え続ける。太子殿下がどう出るかと花城が様子を伺っていると、太子殿下が穏やかな声で鬼たちに向かって話しかけた。

「皆さんと出くわしたのは私の本意ではないのです。どうか見逃してくれませんか?」

太子殿下なら鬼たちを殺めることも難しくはないはずなのに、無駄な殺生を避けようとする姿勢に、花城の口角が少し上がる。太子殿下が戦わないことを選ぶのであれば、花城もそれに付き従うだけだ。しかし、悪意むき出しの鬼たちが太子殿下の申し出を素直に聞くわけがない。

「鬼火を蹴散らしたのは必ずしも道士とは限らないでしょう」

「じゃあ誰だって言うんだ?鬼だってか?」

「あり得なくもないですね」

「このクソ道士が!」

太子殿下の後ろで、殿下と鬼たちの口戦を静かに聞いていた花城は、ゆっくりと顔を上げると鬼たちへと視線を向ける。背筋も凍る冷酷な形相に、鋭い刃物のような光を湛えた双眸が鬼たちを睨みつけた。

(失せろ)

その瞬間、天を揺るがすほどの声で嘲笑っていた鬼の集団が、言葉を詰まらせ固まる。一瞬にして、そこに絶境鬼王「血雨探花」がいると鬼たちは悟ったのだ。

「皆さん?あの……」

急に言葉を失った鬼たちに不思議そうに尋ねる太子殿下の言葉を聞くことなく、鬼の集団は疾風にちぎれ雲が吹き払われるかのように四方に散って一目散に逃げだした。

「嘘だろ?」

そう呟き、しばらく呆然としていた太子殿下が、ゆっくりと花城の方を振り返る。

「道長は本当にかっこいいな。さっきの奴ら、皆あなたに怯えて逃げ出した」

不思議で仕方がないという表情をしている太子殿下に、花城はにこりと微笑む。

「そうかな?自分がこんなにすごかったなんて思いもしなかったよ」

太子殿下は釈然としていない様子だったが、手綱を数回引っ張ると、牛車をまたゆっくりと歩かせ始めた。

「血雨探花」がいるとわかっていて近づいてくる鬼はいない。

そこからの道中はずっと順調で、花城は太子殿下が操る荷車の上で自分の腕を枕にして横になりながら、二人きりの月夜を楽しんでいた。

 

 菩薺村が見えてきた頃、「ねえ」と太子殿下が花城に話しかけてきた。

「何?」

「占ってもらったことはあるかい?」

花城は顔だけを太子殿下に向け、「ないよ」と答える。

「じゃあ、私が占ってあげようか?」

「僕を占いたいの?」

太子殿下の言葉に、思わず笑みが零れる。

「やってみたいかも」

花城は「いいよ」と頷きながら、起き上がって座ると、体を太子殿下の方に傾けて尋ねた。

「どんな占い?」

「手相を見るっていうのはどう?」

太子殿下がなぜ急に占いたいと言い出したのか理由がわかり、花城の口角がわずかに上がる。「いいね」と言いながら花城が左手を差し出すと、太子殿下は手綱を握ったままじっと花城の手を見つめた。

太子殿下が占いができるという話は、今まで一度も聞いたことがない。本当に占いができるのか、それとも花城の正体を見極めようとしているのか……。

太子殿下が何を言うのか楽しみにしながら、花城は「どう?」と尋ねる。

「君の運勢はすごくいいね」

「そう?どんなふうにいい?」

「我慢強く耐え忍ぶ性格だね。執着心も強い。困難に見舞われるけど、でも信念は固くてそれを守ることを大切にしている。大抵のことが禍転じて福と為し、危機に遭っても吉となる。この命数は幸福が長く続くとある。君の未来はきっと錦のように美しい花が咲き乱れていて、円満で明るいよ」

この少年の皮の手相にも命数があるのかと可笑しく思いながらも、太子殿下が花城のことをそういう人だと思って言ってくれているのかと思うと、言葉の一つ一つが嬉しくなる。

もっと聞きたくて、「もっと何かある?どう?」と言う花城に、太子殿下は少し困りながら「君は何を占いたいんだ?」と聞き返してきた。

「運命を占うからには、皆婚姻の縁とかを占いたがるんじゃないのかな?」

太子殿下がこの少年の姿の自分をどう思っているのか知りたくて「婚姻の縁」という言葉を出す花城に、太子殿下が軽く咳払いをする。

「私は占いに精通しているわけではないから婚姻の縁はあまり得意じゃないんだ。でも、君は困らないはずだけどね」

「どうして困らないと思うの?」

「だって、君のことが好きな女の子は大勢いるだろう?」

好意的な言葉を口にする太子殿下に、花城は更に質問を続ける。

「なら、どうして僕を好きな女の子が大勢いると思ったの?」

花城の質問の意図に気づいた太子殿下が、眉間に手を当て「三郎、あのね……」と少し呆れたように呟く。太子殿下が「三郎」と呼んでくれたことで、何だか距離がとても近くなったような気がして、花城は楽しそうに笑った。

村の中まで進んでいた牛車が歩みを止め、太子殿下が降りる。花城も、それに続いて牛車から飛び降りた。楽しい時間は、いつもあっという間に終わる。

「三郎、君はどこに向かうんだ?」

花城が牛車の前で伸びをしていると、太子殿下が尋ねてきた。

「わからない。道端で寝るかな。それか、山で洞窟でも見つけてもいいし」

蝶の姿で太子殿下の側にいようとしているなんて言えず、適当に返すと「そんなの良くないだろう」と太子殿下が言うので、花城は肩をすくめる。

「しょうがないよ。行く所なんてないんだから。占ってくれてありがとう。あなたが言ってくれた通り良いことがあるといいな。じゃあ、機会があったらまた」

明日もまた機会を伺って太子殿下とばったり会うつもりでいた花城は、太子殿下に背を向け歩き始める。その時、

「ちょっと待って。もし嫌じゃなかったら私の観に来ない?」

思いがけない提案に、花城の足がぴたっと止まった。

「いいの?」

嬉しさと動揺が顔に出ないよう、冷静を装いながら少しだけ振り返る。

「あの建物はもともと私のものじゃないし、昔からあそこで一夜を過ごす人がたくさんいたって聞いてる。ただ、君が思っているよりずっとボロ家だから居心地は悪いかもしれないけど」

会ったばかりの「三郎」を心配し気にかけてくれる太子殿下の優しさに、花城の心が温かさで包まれる。花城は踵を返し太子殿下に近づくと、荷車にあった大きな袋を手に提げ「じゃあ、行こうか」とさっさと歩きだした。

山の斜面の先には、昼間見たあのボロ家がポツンと建っている。菩薺観の前に着くと、『本観は老朽家屋につき、慈善の士に心よりお願い申し上げます。修繕のご寄付で功徳を積みましょう』と書かれた看板を見つけ、花城は思わずぷっと吹き出した。

「ほらね、言った通りだろう。だからさっき君には居心地が悪いかもって言ったんだよ」

いつの間にか後ろにいた太子殿下が、バツが悪そうに軽く咳払いする。

入り口の垂れ布をめくって「入って」と言う太子殿下について、花城も中へと入った。

木の小屋の中は狭く、調度品も少ししかない。

「ところで、寝床はあるの?」

寝台のような物も見当たらず、花城はふと気になって太子殿下に聞いてみる。背負っていたゴザを下ろして、黙って差し出す太子殿下に、「一枚だけ?」と思わず花城の片方の眉が跳ね上がった。

「君さえ良ければ、狭いけど今夜は一緒に寝よう」

「いいけど」

「いいけど……」と心の中でもう一度呟きながら、背中に変な汗が流れるような感覚に襲われる。そわそわ落ち着かなくなる自分を誤魔化すように、花城は観内をぐるりと見まわして話題を探した。

「道長の兄さん、この観には何か足りないものがあるんじゃないかな?」

「信徒以外に足りないものなんてないはずだけど」

ゴザを敷きながら答える太子殿下の隣に、花城もしゃがみこむ。

「神像は?」

花城の言葉に、太子殿下がはっとした顔をしてまたすぐに何か思いついたような表情になる。

「さっき紙と筆を買ったから、明日肖像画を描いて上にかけるよ」

「絵を描くの?僕も描けるよ。手伝おうか?」

「じゃあ、先にお礼を言っておこう。でも、君には仙楽太子は描けないんじゃないかな」

花城の言葉を信じていない太子殿下に、少し意地になって花城が言い返す。

「もちろん描けるよ。だって、さっき牛車で一緒に太子殿下の話をしたじゃないか」

そんな花城に、太子殿下の顔に驚きの表情が浮かぶ。

「三郎、君はまさか本当に仙楽太子のことを知ってるのか?」

「知ってるよ」

そう答えながら太子殿下が敷き終えたゴザに花城が腰を下ろすと、太子殿下もその隣に並んで座った。

「三郎、君は仙楽太子についてどう思う?」

真っすぐに花城を見つめながらそう尋ねる太子殿下の言葉に、花城の頭の中でたくさんの言葉が駆け巡る。

唯一の神。真の神。生きる理由。この世に存在すること自体が希望。金枝玉葉の貴人。愛しい人……。決して太子殿下に知られてはいけない言葉たちが続く。

こんなにも素晴らしい人なのに、人々は彼を「ガラクタ仙人」や「疫病神」と呼び、天界の神官たちは笑いものにする。それもこれも全て……。

花城はしばらく考えてから、ゆっくりと口を開いた。

「君吾はきっと彼のことがすごく嫌いなんだと思う」

「どうしてそう思うんだ?」

花城の言葉に、太子殿下が呆気にとられた様子で尋ねる。

「そうじゃなかったら、どうして彼を二度も貶謫したの?」

「嫌いかどうかは全然関係ないんじゃないかな。世の中の多くのことは単純な好き嫌いだけでは説明できないからね」

太子殿下の答えに納得はできなかったが、花城は「そう」と一言だけ返す。

「それに、過ちを犯せば罰を受けなければならないしね。帝君は二回とも責務を果たしただけだよ」

白い靴を脱ぎながら話す太子殿下に、「そうかもしれないね」と呟きながら花城は一点を見つめる。靴を脱いだ太子殿下の右足首には、黒い呪枷がきつく巻き付いていた。

花城にとっては太子殿下を貶め苦しめているとしか思えない呪枷を、殿下自身は自らが犯した罰として受け入れている。天界が貶謫したことで、太子殿下は法力も運も失い、この800年人界で苦しんできたんだと花城は思っていた。しかし太子殿下はあの頃よりも穏やかで、何も不満がないように見える。花城には、何が正しいのかわからなかった。

それ以上何も言わない花城に、外衣も脱いだ太子殿下が無言でゴザの上で横になる。花城も服を着たまま太子殿下に背を向け横になると、後ろから「寝よう」という太子殿下の静かな声が聞こえ、花城はぎゅっと目を瞑った。

 

 背後から、太子殿下の深い寝息が聞こえる。

花城は目を開けると、そっと太子殿下の方へ体の向きを変え、眼帯をした本体の姿に戻った。

すぐ目の前に、あれだけ恋焦がれた太子殿下の白く美しい顔がある。スースーと寝息をたてる無防備な寝顔を、花城は嬉しそうに目を細めながら熱を帯びた瞳で見つめた。

時間をかけてゆっくりと太子殿下の側へ行こうと思っていたのに、思いがけずこんなにも早く、こんなにも近くにいる……。こみ上げる嬉しさと愛しさと同時に、太子殿下の寝顔を見つめているうちに花城の心がきゅっと締め付けられていった。

太子殿下は800年前と変わらず、初めて会ったこんな俺にも優しくしてくれた。優しく温かく、人を惹きつける魅力は何も変わらない。それなのにどうして、太子殿下は一人きりなのだろうか。どうしてボロ家で一人、こんなゴザの上で寝ているのだろう。

仙楽国にいた頃の殿下の周りには、常に誰かが側にいた。多くの人に囲まれ、常にその中心にいた。しかし今の殿下には、誰一人付き添う者はいない。

800年の間にたくさんの出会いがあったはずなのに、どうして側に誰もいないのか……。

今までどれだけの別れがあったのだろうかと想像すると、胸が締め付けられ苦しくなる。

こんな自分でさえ、鬼市があり住処があり、城主と慕ってくれる鬼たちがいる。

太子殿下は優しく穏やかな顔の裏で、今までずっと誰にも心を開かず、誰も受け入れてこなかったのだろうか……。

(殿下……今幸せですか……)

花城はそっと太子殿下の寝顔に手を伸ばし、触れる直前で止めると、ゆっくりと手を引っ込めた。

俺なんかが触れてはいけない、雲の上の人……。

ずっと太子殿下の側に行きたいと願い、今こうして愛しい人が目の前にいる。こんなに幸せなことはないはずなのに、どうしてこんなに狂おしいのか……。

花城はしばらく殿下の寝顔を見つめてから、ゆっくりと体を起こした。

とにかく今は、太子殿下が少しでも幸せを感じられるよう、役に立てることをやろう。

花城は音を立てないように供物卓の前に移動し、紙と筆を見つめる。太子殿下が目を覚まさないか気にしながら筆を取ると、花城は「仙楽太子悦神図」を描き始めた。

心を籠め筆を動かし、今までで一番の大作を描き上げる。

明日の朝、太子殿下はどういう反応をするだろう……。

太子殿下の笑顔を想像し、花城の顔にも幸せそうな笑みが浮かんでいた。