天官賜福~花城の物語~5 | 天官賜福~花城目線妄想ブログ~

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天官賜福にはまり、どうしても花城目線で物語を見てみたくて、自分で書き初めてしまいました。
アニメと小説(日本語版)と、ネット情報を元にしております。
天官賜福を知っている前提で書いているため、キャラクター説明や情景説明が大きく不足しております。

 

第七章 紅衣は楓より赤く、肌は雪のように白い

 

〈一〉

 

 花城が楽しく太子殿下の絵を描いていた時、天界では与君山に花城が現れたという話でもちきりだったと黒水から聞いたのは、それから数日経ってからのことだった。あることないこと太子殿下に吹き込んでいないかと天界の神官たちを忌々しく思っていると、黒水から思いがけない話が飛び出した。

「太子殿下が、菩薺村で自分を祀る道観を始めるそうだ」

突飛な話に、花城の片方の眉が跳ね上がる。しかしそれは花城にとっては願ったり叶ったりだった。天界と違い、鬼界と人界は近い。さらに、花城が縄張りとしている鬼市は、人界と鬼界の境にある。太子殿下が人界にいるということは、会いに行きやすくなるという事だ。

「太子殿下は、もう人界にいるのか?」

「ああ、もう菩薺村にいる」

黒水の答えを聞くなり、花城はすぐに側にいた下弦月使を下がらせると、賽を取り出し宙に放り投げた。景色がぐるりと回転し、目の前に綿々と連なる水田とその奥には青々とした山が広がる。菩薺村は小さな山村のようだった。

花城はすぐに銀の蝶に姿を変え、空へと飛びあがる。村の中を飛び回りながら太子殿下の姿を探すが、道観らしい建物も、太子殿下の姿もなかなか見つからない。

二周村を飛び回った後、まさかと思いながら丘に面した所に斜めに傾いでいるボロボロの建物に近づいてみる。とても人が住んでいるとは思えないボロ家だったが、垂れ布だけがかかった入り口から中を覗くと、家の中は掃除されているようだった。

ボロ家の周辺も探してみるが、太子殿下の姿はない。

与君山での事と良い、本当に不思議だと花城は思った。

いつもは、賽を振れば目的地にすぐに行け、探し物を見つけるのもそう難しくない。しかし、太子殿下だけはどうしてもすんなりと見つけることができない。強運の持ち主だと自負しているが、太子殿下のことになるとどうしてもその自信が揺らいでしまう。

花城はもう一度村の中を飛び回ると、菩薺村周辺の町まで太子殿下を探しに行くことにした。

 

 花城がやっと太子殿下を見つけられたのは、菩薺村から七、八里離れた町へ続く道の途中だった。太子殿下が大きな袋を背負いながら、嬉しそうな顔で菩薺村に向かって歩いている姿が見える。

稲藁が高く山積みにされた荷車を見つけた太子殿下が、笑顔で大きく手を振り荷車の主人に声をかけるのを見て、花城は空から稲藁の裏側に回り込むと、銀の蝶から16,7歳くらいの少年の姿に変えた。花城が稲藁にもたれ横たわると、すぐに藁の山の向こう側に太子殿下が乗り込んでくる。黄牛が引く荷車は二人を乗せると、がたがたと揺れながらゆっくりと菩薺村に向かって動き出した。

与君山の後、花城は幾度も太子殿下と次会う時のことを考えていた。どんな姿で、どんな形で会いに行こうか……。

「花城」でもなく「紅紅児」でもない、まだ名前のない新しい自分で会いたかった。

本当なら、本来の姿で会うのが誠意かもしれないが、右目のないありのままの姿では嫌われるのではないかと思うと、どうしてもその勇気は持てなかった。

幾度も幾度も考え、限りなく本来の姿に近く、誰にも見せたことがなく、太子殿下より年下で、醜くない姿……。それが、この少年の皮だった。

横たわっている花城から太子殿下の姿は見えず、時々ちらちらっと手元だけが見える。花城がいることに気づいているのかいないのか、太子殿下は特に言葉を発することもなく巻物を取り出し読もうとしているようだった。

声をかけるきっかけが掴めず、花城も無言のまま目を閉じる。とても静かな時間だったが、花城にとっては今まで感じたことのない不思議なほど落ち着く時間だった。

しばらくしてふと目を開けると、目の前は燃えるような楓の林に差しかかっていた。花城は横になったまま色鮮やかな楓をじっと見つめる。昔、太子殿下と一緒に荷車で同じような楓の林を通った風景が鮮やかに蘇ってきた。800年という時が過ぎても、太子殿下と過ごした時間は一秒たりとも忘れたことはない。ただ、太子殿下との鮮やかな思い出は、いつも苦しかった記憶も一緒に連れてくる。

花城が楓の林を見上げながら感傷にふけっていたその時、

「まあ、いいだろう。よくよく考えてみれば、武神もガラクタの神も大差はないし。神も生き物も皆平等、すべての生き物は平等だ」

拍子抜けするほど明るい太子殿下の独り言に、花城は思わずぷっと笑い出した。さっきまで感傷にふけっていた自分が、まるでどうでも良いことで悩んでいたような気がしてくる。

「そうかな?皆口先ではそう言うけどさ。もし本当に平等なら、神なんて存在しないはずじゃないのかな」

自分でも不思議なほどに、とても自然に言葉が口をついて出ていた。

花城の声に、太子殿下が振り返ってこちらを見るとにっこりと笑う。

「君が言う事も一理あるね」

そう言って巻物に目を落とした太子殿下が、今度は独り言なのか質問なのわからない口調で呟く。

「水神なのにどうして財運まで司っているんだろう?」

「商人たちが隊を組んで商売したり荷物を運んだりする時、重要な箇所は全部水路を使うでしょう?だから出発の前には必ず水師廟に行って、一番高い線香をあげて道中の無事を祈るんだ。で、無事に戻ればお礼参りをする。それがずっと続いてきたから、水神は財運も兼ねるようになったってこと」

「なるほど、そういうことだったのか。面白い。水師はきっとすごい神官なんだろうな」

感嘆するような太子殿下の言葉に、「そうだね、水横天だし」と花城は嫌味を交えて返した。

「水横天って、どういうことなんだ?」

「船が大きな川を渡る時、無事に渡れるかどうかはそいつの一存で決まるからね。供え物をしないと転覆させられるんだ。あまにも横柄だから、ついたあだ名が『水横天』。巨陽将軍とか床掃き将軍と似たようなものだよ」

あえて、「巨陽将軍」や「床掃き将軍」の名前を出して、花城は太子殿下の反応を伺う。

「君はまだ若いのに意外と物知りなんだね」

しかし特に反応することなく、興味深そうに話しかけてくる太子殿下に、「そうでもないよ」と花城は事もなげに答えた。

「君は神についてよく知っているようだけど、鬼についてはどうかな?」

巻物を置きながら尋ねる太子殿下の言葉に、花城の眉がわずかに上がる。

「どの鬼?」

「血雨探花、花城」

太子殿下の口から出たその名前に、やはり神官たちがあることないこと吹き込んだんだなと思いながら、それを笑い飛ばすように低い声で二度笑うと、花城はゆっくりと体を起こし太子殿下へと視線を向けた。太子殿下の反応を探りながら、花城は落ち着き払って口を開く。

「何が知りたい?なんでも聞いて」

「血雨探花と聞くと、ずいぶん尋常でない光景が思い浮かぶんだけど、由来を教えてもらえるか?」

太子殿下が襟を直して端座しながら聞くので、花城も座りなおして箭袖を少し整えながら答える。

「別に大した由来なんてないよ。そいつが他の鬼の根城を潰した時に山中に血の雨が降ったんだ。帰る時に道端に花が一輪咲いていて、それが血の雨に打たれていたから傘を差してやったんだよ」

花城の答えに、太子殿下が笑って言う。

「花城はしょっちゅうあちこちに喧嘩をふっかけているのか?」

太子殿下に「花城」と呼ばれると、何だか落ち着かなくなるのを堪え花城は平静を装いながら答える。

「しょっちゅうじゃないよ。気分次第かな」

「鬼になる前はどんな人間だったんだろう?」

「きっといい人じゃなかっただろうね」

「じゃあ、彼はどんな姿なんだ?」

太子殿下の一言に、花城は視線を上げ太子殿下を見つめる。

今目の間にいる花城のことを探っているのか、それとも純粋に「花城」という存在に興味を示しているのか……。太子殿下の真意を見極めるように花城は殿下に近づくと、横に並んで座った。

「どんな姿をしていると思う?」

真っすぐに正面から見つめ少し意地悪に問い返した花城に、太子殿下がきまり悪そうに少し顔を背ける。

「そんなに強い鬼王なら変幻自在だろうし、たくさんの仮の姿を持ってるんじゃないかな」

「うん。でも、時々本来の姿を使うこともあるよ。さっき聞いたのはもちろん本体がどんな姿かって意味ね」

少し太子殿下が言葉を濁したように感じ、花城は聞き方を変えてみる。

「だったら、本体はきっと君みたいな少年じゃないかなって思うな」

その答えに何か含みがあるような気がして、花城は口角を少し上げながら「どうして?」と尋ねた。

「なんとなく。君がそんなふうに自由に言ってるみたいに、私も思ったままを言っただけだ。想像するのは自由だろう」

太子殿下とのやりとりが何だか駆け引きみたいで面白くて、花城は思わず「ハハッ」と笑う。

「当たってるかもしれないね。ただ、そいつは片方の目が見えないんだ」

花城が自分の右目の下を指先でちょんちょんとつつきながら言うと、太子殿下が興味深そうに「君は花城の目がどうしてそうなったのかも知ってるのか?」と尋ねてきた。

「うん、それは皆が知りたがってることだね。自分で抉ったんだよ」

「なぜ?」

「気がふれたんだ」

花城の答えに驚きながら、太子殿下は質問を続ける。

「じゃあ、花城には何か弱点はあるのか?」

「骨灰だ」と、花城は事も無げに答えた。

「花城の骨灰を手に入れられる人なんていないだろう。それは弱点がないようなものだね」

「そうとは限らないよ。状況によっては、鬼は自分から骨灰を差し出すからね」

少し驚きながら、「三十三人の神官に勝負を挑んだ時みたいに?」と言う太子殿下に、花城は「まさか」と笑う。

「鬼界にはこんな風習があるんだ。鬼は心に決めた者がいれば、その相手に自分の骨灰を託す」

太子殿下を見つめ一瞬真剣な目をした花城に気づくことなく、太子殿下が「鬼界にそんな風習があるなんて」と興味深げに呟く。

「あるよ。ただ、そんな度胸のある奴なんてほとんどいないけどね」

「一途に自分の心を差し出したのに、結局砕かれて消滅してしまうなんて、確かにやりきれないな……」

しみじみと言う太子殿下に「ハハッ」と笑うと、花城は「そう?」と首を傾げた。

「怖いかな?もし僕だったら、骨灰を差し出した相手がそれを砕いて壊そうが、撒いて遊ぼうが別に構わない」

花城の言葉にただ笑いそれ以上何も言わない太子殿下に、花城の顔がわずかに強張る。昔、太子殿下と交わした会話が花城の脳裏に蘇っていた。

少しの沈黙の後、太子殿下が「君、名前は?」と唐突に尋ねる。

(名前……)

何食わぬ顔で日没の残照を片手で遮りながら、どう答えようかと慌てて考えを巡らせる。

「僕?三番目に生まれたから皆は僕のことを三郎って呼んでる」

咄嗟にでた花城の言葉に太子殿下は特に気にする様子もなく、自己紹介をして「君も菩薺村に行くのか?」と質問を続けた。

花城は太子殿下の視線から逃れるように後ろの稲藁の山にもたれると、自分の両腕を枕にして脚を組みながら答える。

「わからない。適当に歩いてきただけだから」

半分本音が入り混じる。

あれだけ太子殿下と次会う時のことを考えていたはずなのに、いざとなると計画は全くと言っていいほど意味をなさない。

「何かあったのか?」

不思議そうに尋ねる太子殿下に、花城はため息をつくと思いつくままに話し出した。

「喧嘩しちゃって家を追い出されたんだ。ずいぶん長いこと歩いたけど、行く当てもないし。今日はお腹が空きすぎて道端で倒れそうだったから、適当な場所を見つけて横になってた」

話しながら、何故か子どもの頃の気持ちが蘇り、少し落ち着かなくなる。

「食べるか?」

太子殿下が差し出してきた饅頭を花城は小さく頷くと、体を起こし素直に受け取った。

「あなたの分はないの?」

「私は大丈夫。そんなにお腹も空いてないから」

太子殿下の答えに、花城は慌てて饅頭を押し返す。鬼である花城は本当は食べる必要もないのに、殿下の貴重な食料を食べてしまうわけにいかない。

「僕もまだ大丈夫」

「じゃあ半分こにしよう」

先程「お腹が空きすぎて」と言った花城がやせ我慢をしていると思ったのか、太子殿下が饅頭を半分にちぎって片方を渡してくれる。

太子殿下の優しさを感じながら花城は黙って饅頭を頬張ると、何だか本当に子どもの頃に戻ったような気がした。

牛車は起伏のある山道をのろのろと進んでいく。太陽は次第に西へ沈んでいき、二人は荷車の上に座って語り合った。

いつの間にか計画や駆け引きも忘れ、ただ太子殿下との会話を純粋に楽しんでいる花城がいた。何でもない会話がとても心地よく、そう言えばこんなにたわいもない話を、今まで誰かとしたことがあっただろうかとふと考える。雲の上の存在とずっと思っていた太子殿下とこうして語り合えることが、花城には本当にとても嬉しかった。

太子殿下は800年ずっと人間界で生活をしていたからか、世の中のことに疎いところもあったが、冷静に物事を見つめ、本質を見抜く思慮深さがあると花城は話をしながら思った。

「そういえば、お兄さんは何している人?」

しばらく語り合い、随分お互い砕けてきた頃、太子殿下が「何者」として人界にいるのか確認しておこうと花城がそう尋ねると、「菩薺観の観主」と返ってきた。

「菩薺観?なんだか白慈姑がいっぱい食べられそうだね。気に入った。そこは誰を祀っているの?」

わかっていながらわざとそう聞く花城に、太子殿下は一度軽く咳払いをすると、

「仙楽太子だよ。多分君は知らないだろうけど」

と、少し気まずそうに答える。

花城が「知ってるよ」と言おうとしたその時、突然牛車の車体が激しく揺れ、少し態勢を崩した花城の手を太子殿下がぱっと掴んだ。

咄嗟にその手を振り払った花城に、太子殿下が少し驚いた顔をする。頭で考えるより早く体が反応してしまい、花城の表情がわずかに強張った。

思わず振り払った自分の手を、花城はしばらく呆然と見つめる。太子殿下に掴まれた手が、びりびりと痺れるような気がした。あんな風に振り払ってしまって、太子殿下はどう思っただろうか……。

太子殿下は特に気にした様子もなく、牛車を操っている老人と話をしながら牛車が止まった原因を確認している。すぐに太子殿下の「守れ!」という声が響き、白綾が牛車を一周回って飛び、三人と一頭を守るように空中で一つの輪になった。

「今日は何の日ですか?」

「中元だ」

少し緊迫した太子殿下の声に、花城は何もなかったかのように冷静に答える。

「むやみに動かないでください。邪のモノに出くわしてしまったようです。道を間違えたら、二度と戻れなくなります」

太子殿下の言葉に花城が前方に目をやると、大勢の白衣の者たちが自身の首を抱えながらこちらに向かって歩いてくるのが見えた。