新年の決意? | アブエリータの備忘録

アブエリータの備忘録

Yesterday is history,
Tomorrow is a mystery,
Today is a gift.
That's why it is called "present".

 

そんなに大きな決意をしたわけではない。

 

 

私は頻繁にいろいろな決意をする人間(続くことはないが…)なので、時期的に適当かと思ってつけただけのタイトル。

 

 

それでも今年は72歳にならんとする年女でもあるので、決意を新たにするのにはキリがいい時期のような気がする。

 

 

昨年のいろいろな試練から得た教訓は、『今まで通りの生き方ではアカン!』ということだ。

 

 

特に対人関係のトラブルが多かった年で、ずいぶん考えさせられた。つくづく『人は変わらないものだ』と痛感。しかし、一番の衝撃はやはりダンナだった。

 

 

昨年の足裏骨折事件で、またしても水面下に溜まっていたマグマが噴火したのか、ダンナは私にひどい暴言を吐いた。

 

 

しかしこれが初めてではないのだ。これまで何回か暴言を吐かれて、その度に家出をしたこともあった。私の独り旅が始まったのはこんな夫婦関係のガス抜きのためだったのだ。

 

 

しかしながら、私が独り旅をすることでダンナは増々不満を溜めていった。爆発した時の暴言はいつもほぼ同じだが、このことも必ず非難されることの一つだ。「オマエは好きに自分勝手に生きてきた。ワシ一人が頑張ってきた」と。

 

 

私は長年『人は変われる』と思い続けてきた。また、とても幼稚な発想かもしれないが『いつかきっと努力は報われる』と信じてもいた。

 

 

昨年11月夜の9時半、暴言を吐かれた直後、私は車で家を出た。行くあてはないものの、家出するというのではなく、とにかく冷静に考えようとモールの駐車場へ行って車を停めた。

 

 

今回も「またか、また同じことを言うてる。本心なんやろなぁ。この人はホンマに私のことが許せへんのやなぁ…」と思っていた。以前は、ダンナが悔し紛れにひどい言葉を浴びせてるだけだと考えていて、そのうち険悪ムードは収まっていたものだ。

 

 

駐車場から友人に電話をした。何十年も前からずっと家の事情や私とダンナの関係を知ってくれているのと、彼女の亡夫がほぼウチのダンナと同じような性格なのでよくわかってくれる。

 

 

開口一番「ぽんちゃん、アンタこれで何回目や?ええかげんに諦めなさい。あの人は死ぬまでポンちゃんのことは認めへんよ」

 

 

最近、ダンナは「ワシは常軌を逸していた」などという反省の言葉(何を指して言っているのかは不明)を口にしていたので、74歳にもなると少しは見えてくるものがあるのだろうと思っていた。

 

 

いろいろ期待もしていた。息子たちのお嫁さんたちはイマドキの娘たちで、我々が嫁に来た頃とは雲泥の差。気を遣っているのはこちらの方だ。そんなことを現に見聞きしているダンナなら、この家での私の苦労をわかってくれるかもしれないと期待していた。

 

 

私がこの状況を自業自得だと考える一番の原因は、期待したことだと思う。いつかはわかってくれると期待したことだ。ダンナの方が私をキライだという発想はなかった。

 

 

1時間ほど話して、モールの駐車場を出たのは夜も11時ごろ、周りにはほとんど車がなかったが、映画を上映しているのでまだ駐車している車はあった。

 

 

11時ごろに帰宅した時、電気が全部消されて真っ暗で、全ての鍵がかかっていた。家の中に私が居ないことはダンナは承知のはず。

 

 

翌朝、〈もしかしたら私の不在に気が付いてなかったかも…〉と期待して尋ねた。

 

私 「昨夜帰ってきたら鍵がかかってたけど」

ダンナ 「用心悪いからな」

私 「電気も消えてた」

ダンナ 「消しといたんや」

 

ダンナが私の不在を知りながら電気を消して鍵をかけていたことが明らかになった。

 

 

閉め出された!それは、それはショックだった。

 

 

今日はこの辺にして、決意は次回に。

 

 

今日の夕方の空下差し