アブエリータの備忘録

アブエリータの備忘録

Yesterday is history,
Tomorrow is a mystery,
Today is a gift.
That's why it is called "present".

 

悩ましい案件が頭の中を占めていた時、意外にも案外の読書量になった。

 

 

現実逃避するために、相変わらず松本清張の時代がかった作品に没頭していた。少々飽きてきたが…。

 

 

 

そんな時、ブロ友さんの記事を拝読してすぐに購入したのがこの本左下矢印

 

 

 

未解決のまま時効になった「グリコ・森永事件」を下敷きにしたフィクションだ。2016年!ってもう10年も前の作品なのだ。

 

 

この本、こんなに有名で映画化もされたというのに、新聞でも書店でも一度も見かけたことが無くて全く知らなかった。ブロ友さんの記事には「ノンフィクションかと思うほどのリアリティがあって面白かった!」と大絶賛だった。

 

 

グリコ・森永事件(グリコ・もりながじけん)とは、1984年(昭和59年)と1985年(昭和60年)に日本の大阪府・兵庫県を舞台に食品会社を標的とした一連の企業脅迫事件。

警察庁広域重要指定114号事件。また、略して「グリ森事件」「グリ森」とも言われる。犯人が「かい人21面相」と名乗ったことから、かい人21面相事件などとも呼ばれる。

 

2000年(平成12年)2月13日に愛知青酸入り菓子ばら撒き事件の殺人未遂罪が時効を迎え、すべての事件の公訴時効が成立してこの事件は完全犯罪となり、警察庁広域重要指定事件としては初の未解決事件となった。

 

脅迫状には「青酸ソーダ入りの菓子をばらまく」とあり、実際にスーパーやコンビニで青酸入り菓子が見つかった。

 

 

もう40数年前になるが、事件が世間を騒がしていた頃、2人の刑事が我が家を訪ねて来た。ダンナが使っている和文タイプライターが脅迫状に使われたものと同型かも知れないと調べに来たのだ。

 

 

近畿圏の和文タイプライターの所有者をしらみつぶしに調べていたに違いない。

 

 

2人の刑事は、上がり框に座っている私の目線に合わせて土間にしゃがんで、とても丁寧な態度で聞き取りしたのを覚えている。その時にタイプライターを見せたかどうかは記憶にない。

 

 

この事件が起きた1984年は、息子たちは6歳と4歳で、小学校入学前と幼稚園入園前の2人を抱えて忙しい母親業に勤しんでいた頃だ。

 

 

だから事件の顛末にはあまり注意していなかったので、改めてネットで調べてみた。犯人を追った捕り物の舞台となったのはもうとっても地元の話なわけで…。

 

 

名神高速道路の大津サービスエリア、草津パーキングエリア、草津市内の道路、大津市内のJRの最寄りの駅…等々、風景が目に浮かぶようなすぐ近くの場所で大々的に起こっていた追跡劇だったのだ。

 

 

この小説を話題に体操教室で話したら、一人のお姉さまの知人の話が出た。滋賀県警の警官で、その「きつね目の男」を取り逃がしたと語っていたらしい。(府警と県警との関わりに事情があったのだが…)

 

 

滋賀県警本部の本部長が、官舎の庭で焼身自殺したとのことだが、そんなニュースも全く知らないでいた。

 


この小説はフィクションではあるが、犯人が出没する地域が地元だけに身近感がハンパなくてどんどん読み進めて行った。ブロ友さんもおっしゃっていたように、ホントにノンフィクションかと思うぐらい。事件の経過はほぼ実際の時系列で書かれていたようだ。

 

 

ただ、登場人物が多くて名前が頭の中で定着しなくて、行きつ戻りつ読み返していた。とにかく、とーっても長かった!マラソンしながら読んでいるような走り続けていたような…。

 

 

この事件は江崎グリコ社長の誘拐から始まって、犯人「かい人21面相」は丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋と食品会社を脅迫した。小説では企業の実名ではなく仮名を作成して使っていたが、アルファベットの頭文字を揃えていたようだった。

 

 

グリコ(G) → ギンガ(G)

丸大食品(M) → 又市食品(M)

森永製菓(M) → 萬堂(M)

ハウス食品(H) → ホープ食品(H)

不二家(F) → 鳩屋(H)‥‥‥?

駿河屋(S) → 摂津屋(S)

 

 

不二家の頭文字は(F)なのだが、はひふへほの(H行)のふ(F)だけは(H)では表せない。苦肉の策で鳩屋(HATOYA)にしたのだろうか…なんて細かいことを考えていた。

 

 

それでAIに尋ねてみた所、整理してこんな風に示してくれた。

 

実在の企業名 作中の架空企業名 ネーミングの特徴
Glico(グリコ) Ginga(ギンガ / 銀河) 頭文字「G」合わせ
Morinaga(森永) Mandō(萬堂) 頭文字「M」合わせ(森⇔萬)
Marudai(丸大) Mataichi(又市) 頭文字「M」合わせ(丸⇔又)
House(ハウス) Hope(ホープ) 頭文字「H」合わせ
Surugaya(駿河屋) Settsuya(摂津屋) 頭文字「S」合わせ(旧国名:駿河⇔摂津)
Fujiya(不二家) Hatoya(鳩屋) 「F」ではなく「H」(鳥・平和のイメージ)

「不二家」だけがアルファベットの「F」ではなく「H」になっている点は、非常に鋭い着眼点です。

 

なぜ「不二家」は「鳩屋(H)」になったのか?

鳩屋(H)が選ばれた推測の背景

不二家の象徴である「ペコちゃん」「ミルキー(愛らしさ・平和・子供向け)」といったあたたかく平和的なブランドイメージを置き換える際、作者は頭文字の「F」よりも「平和の象徴である鳩(Hatoya)」というイメージ・意味合いの類似を優先したのではないかと推測されます。

 

 

あくまでAIの推測で、作者の意図とは限らないが、それもありかも知れないので「納得した」と返信した。チャッピーと違ってGeminiは食い下がらずあっさり答えて引いてくれる。

 

 

未解決事件ではあるが、実際に起こった事件を、ドキュメンタリータッチでこんな風にフィクションに作り上げて、最後に架空の登場人物に解決をもたらしたのは見事だった。

 

 

 

 

 

ウジウジと低迷している心模様の日々が続く中で迎えた喜寿の日。

 

 

前回ブログには長年の友人との間に生じた不協和音について書いた。

 

 

なんとか理解してもらおうと書き始めた2度目の手紙は、推敲を重ねて最後まで書いてプリントアウトしたのだが、結局投函しないことにした。

 

 

問題をクリアにしようと独善的分析をしたものの、見えてきたのは、それを問題にしていること自体が相手にとっては理解の範囲を超えていたということだと思う。

 

 

結局は自分の価値観の押し付けになっていたような気がする。傷つけられたことや利用されたことに対して「一矢報いる」気持ちが無きにしもあらずだったが、それこそ本人にとっては「予期せぬ批判」であるに違いない。

 

 

彼女からの最後のLINEへの返信は、手紙の中から要点だけをピックアップして、今後の同級生付き合いに遺恨が残らないようによく考えてLINEに書いて送信した。

 

 

その後、今日の朝〇新聞のコラム『折々のことば』に、頭をガツンと殴られるような衝撃を受けた。

 

 

 

【人間関係のもつれにおいて、正しさの追求は、解決を生みません】

 

対人関係において正しさは各自の定規しだい。

 

正しさの追求は解決をむしろ遠ざける。

 

大事なのは相手と程よい距離をとること。それが「関係をやさしくする」。

 

隔てるべきはまずは自分自身のこだわり。

 

 

非常に反省させられた。77歳にもなってこんな基本を身に着けていなかったなんて、ブサイクな写真より恥じ入る事だった。

 

 

70歳代はあと3年しかない。充実した生き方を求めながら無為に過ごす日々。そんな時に拝読しているブログの書評で紹介されていた本『生きがいについて』と出会った。ヒントを得られそうな気がして取り寄せた。

 

 

 

神谷美恵子さんの名前は、ずいぶん昔に新聞の広告欄で上皇后さまの相談相手としてよく紹介されていたので知っていた。その頃はそんなタイトルの本を求める心理状態ではなかったのだろう。

 

 

希望を求めて暗中模索している私は、生きがい喪失状態のように思う。この本になんらかの答えを見つけられればと丁寧に読んでいる。

 

 

 

 

7月末から8月初めにかけて次々と頭を悩ました問題の3件目は、未だにアクションも起こせず宙ぶらりんのままにしている。

 

 

1件目は自分の感情の問題だったし、2件目は外からの火の粉だった。3件目のこれは友人Nちゃんとの間に生じた齟齬の件。

 

 

記事を細かく書くことによって、自分の中での整理が出来て、なんらかのアクションが起こせるかもしれないという思いで、ブログに記録することにした。

 

 

これまでのいきさつを時系列に沿って長々と書いたのだが、結局全て削除した。

 

 

その後、何度も短く簡潔に書こうとトライしてみたが、どうしても抽象的に書けるようにはまとまらない。具体例を入れて書くことにした。

 


1月に私が腹を立てたのは、N ちゃんが私の写った写真を、私が招待したばかりの同級生グループラインに勝手に投稿したことだ。。Nちゃんは常に人脈を広げようと立ち回っていたのを知っていたので、私はそれに利用されたと感じた。

 

 

そしてその写真たるや!私が恥じ入るような代物だった。あんな写真を多くの見知らぬ同級生へばらまかれたのが恥ずかしくて、NちゃんへLINEでその不快感を伝えたのだ。

 

 

Nちゃんからの返信は、謝ってはいたものの〈わかってない!〉と私には全く響かなかった。私の真情を伝えるにはLINEでは言葉足らずになりそうと考えたのと、他の件の説明もあったので手紙を書いて送った。

 

 

ミス○○にもなったべっぴんさんで生きて来たNちゃんには、私の外見コンプレックスは理解できなかっただろう。それにしてもあんな写真!

 

 

親しくしてきたからこそ腹立ちの気持ちを理解してもらいたいと思ったのだが、それが間違いだったかも知れないと今は思っている。この時に価値観の違いを認識して深入りするべきではなかったのだ。

 

 

共通の友人の一人は「そんなに怒りなさんな」と宥めていた。一方、Nちゃんの自己中心的、打算的性格を見抜いていた友人は「こっちから絶交したらええねん」と。

 

 

返事が来ないので、私は〈手紙の内容が承服できず逆ギレしたのかも知れない。返信が無いのは絶交宣言かも…。それだけのご縁だったんだ〉と考えていた。

 

 

ところが、半年後に突然LINEが届いた。それが、『熱が出た!』の様々な事件のあったその時だった。

 

 

手紙を投函してから6ヶ月後に届いたLINEの内容は、Nちゃんは外科的な手術で入院中で、手紙を受け取った後の様々な事情がつらつらと書かれていた。だから返信できなかったという言い訳のようだった。

 

 

私の手紙の内容には一切触れずに、ただただ自分に降りかかった不幸が書かれていて、『今後もお付き合いよろしく』と結んでいた。

 

 

NちゃんのLINEにはとりあえず「大変やったね。言葉がありません。改めて返信します」とだけ返信した。Nちゃんの訴えることにどう反応していいか分からなくて少々時間が必要だったからだ。

 

 

同情を求めるような内容だったものの、私としては、半年前に一言『手紙受け取りました。今取り込んでいるので返信は改めて』くらいの対応は友人に対する誠意、礼儀ではないの?と思っていた。それも無いのは彼女の中で友人としての私のランクが低いものなのだろうと感じていた。

 

 

現に、この間、Nちゃんは他の同級会のグループラインに自分の催しの案内を2回も書き込んでいるし、フェイスブックには着飾って喜寿のお祝いの集合写真も投稿している。

 

 

言い訳じみた内容のLINEへの返信は、数日後、Nちゃんの半年の沈黙について私が感じたことを伝えた。ところが、その返信には、自分の様々な大変な事情を私が理解してくれていないと書いていた。

 

 

これにはすぐに返事が出来なかった。Nちゃんの、そのことを【理解する】ってどう言葉を尽くせばいいのかわからなかった。というより〈理解するという言葉に当てはまらない事情〉と感じていたので唖然とした。

 

 

未だに返信を出せずにいる。6月にお姉さまを亡くしたとのことだったので、四十九日や初盆、百箇日が済むまで連絡は控えようと思って今にいたった。

 

 

この件に関して2人の友人(1人は同級生、1人は四柱推命の師匠)にラインの内容も見せて、事細かに相談したところ、2人とも口を揃えたように「もう返信は不要」と。2人共、Nちゃんの自己中心的で、打算的な人となりを見抜いていたからだ。

 

 

彼女の打算的な部分には薄々気づいていたが、たまに会う同級生としては楽しい人なので、お誘いがあれば付き合うようにしていた。しかし、私からNちゃんに声をかけたことは無い。

 

 

この件に関してのブログの下書きを書いていた時、これまでのNちゃんとの付き合いを振り返ってもみた。思い出したことを総合ししたら〈私は利用されていたみたい〉と感じたのだった。

 

 

LINEのやり取りを通して見えてきたのは、《話せばわかる》が通じないということだった。Nちゃん自身は自分が自己中とも打算的だとも自覚が無いわけで…。

 

 

全く異なる人生を歩んできたNちゃんと私の価値観の円は重なる部分がとても少なくなっていて、お互いに大部分を占める空白に思いが及ばなくなっているようだ。2つの円が重なるベン図。集合論の概念。2つのオブジェクト間の ...

 

私が理解してもらえると思った内容は、Nちゃんにとってはそんな発想さえなかったのだと思う。逆もまた同じなのだろう。

 

 

Nちゃんは戸惑うばかりのようで、この違いを見過ごせない私が踏み込み過ぎたのだと思う。

 

 

ようやくNちゃんの最後のLINEに対する返事を手紙に書き始めた。1月に書いた内容と重複することばかりで、何とか理解できるようにと時間をかけて文章を考えているのが無駄な努力のような気がしている。

 

 

理解はしてもらえないかも知れないが、送られたLINEに対して返信するのが礼儀だと思うので、書き上げたら投函するつもりでいる。返事が来ても来なくてもこれで一件落着としよう。

 

 

何度も書き直して、考察も深まらないままの不満足な記事になったが、書き留めておく。

 

 

いいお天気だったので久しぶりに境内を歩いた。

 

ザクロ

 

 

ヤブラン