長男が幼児の頃,、近くの公園にはいつも4組の母子が集まった。
子供たちはみな同い年で、7月、8月、9月、10月の生まれ。母親もほとんど同じ年齢で、全て初めての子供。2人はダンナの親と同居し、残りの2人は隣りに親が住んでいた。
お昼前のひとときを、子供を遊ばせながら育児や家族の話をしてのんびりと過ごした。いまどきの「公園デビュー」などとは程遠く、素朴で地味な母親たちの牧歌的な集まりだった。
お互いの家を行き来することはほとんどなかったが、子供たちが幼稚園に通うようになるまでは、お天気と子供の元気の良い日はいつも公園で過ごしていた。
そして、2人目の子供たちも長子と2歳差でみな同い年。上の子が幼稚園へ行っている間、同じママ友メンバーが公園で集った。数年後、私以外のほかのママ友は3人の子持ちになった。
下の子も幼稚園に行くようになると、公園で会う事もなくなった。その後、子供たちはみんな同じ小学校と中学校へ進んだが、子供たち同士の付き合いはなく、学校行事で顔を合わす程度のママ友となった。
子供の手が離れたママ友たちは、母親業から離れてそれぞれの得意分野で活躍することになった。
3人のママ友のうち、1人は洋裁を生業としていたので、洋服のお直しを頼みにいってはおしゃべりをしていた。2年前に隣の学区に引っ越したが、先日やっと新居を訪ねたところだ。
もう1人は背が高くてスポーツ万能のオッサンみたいなオバサン。車の運転の腕を生かした仕事で走り回っていた。ご主人の家族がウチの義姉と同じ病気を持っていたので、よく慰め合ったものだった。私の大好きなママ友だったが、59歳の時にガンで逝ってしまった。
そして、最後の1人が今回の「異変」を感じた人(Fさん)。子育てが一段落したころから薬剤師の仕事に復帰していて、勤務先の薬局に立ち寄っては長話したり、たまにはランチしたりして、言葉を選ばずに話しても分かり合える友人だった。
数年前に退職してからは、ご主人と一緒に野菜市を催すなど、地域の活性化に力を注いでいた。高齢のお舅さんのお世話をしながら、家族のために奔走するFさんは「主婦の鑑」。どんな時も取り乱さない懐の深さにはいつも感心していた。
最近は、1,2年に1度【マクドナルド】(関西では“マクド”と呼ぶ)で、ハンバーガーを食べながらおしゃべりするのが恒例になっていた。恒例といえるほど頻繁ではないが、会う時はなぜか「マクド・デート」になってしまっていた。
4月の末に、久々の(2年ぶり!)お誘いのメールを送ると、「善は急げ。明日11時半にマクドで」と返事が来てすぐにランチデートが決まった。
当日、11時には店に行って本を読みながら待っていた。11時半になり、11:45、12:00、12:15、12:30、Fさんは現れなかった。日時を間違ったかと何回もメールを確認したが、確かにその日の11時半の約束だ。
約束から1時間経った12時半に「約束今日だったよね?どうしたの?」とメールを送るも返信なし。電話にも出ない。
緊急事態が起きたのかも知れないと考えて待つのをあきらめたが、久しぶりの"マクド”なのでビッグマックを注文し、一人ランチを済ませて13時に店を出た。
車で家の近くまで来ると、Nさんから電話。
Fさん 「ゴメン。雑用に追われて忘れていた。明日でもいい?」
私 「明日は予定があって…」
Fさん 「じゃあ、今からマクドへ行くわ」
ということで、私はUターンしてマクドに再来店。ほどなくして、自転車で息せき切ってFさんが到着した。「ゴメン。庭木の世話をしてたらいつの間にか時間が過ぎてて…」と言い訳をしていた。
お昼は済ませたということなので、改めて飲み物を注文し、会わなかった長いブランクを埋めるように、お互いの近況報告をし合った。
約束を忘れてしまったかのように遅れてきたことはFさんらしくない。その上、話し始めて2時間くらい経った頃、Fさんは1時間前に話したことと全く同じことを初めて話すかのように話し始めた。驚きながらも、こちらも初めて聞くように耳を傾けたのだが…。
Fさんには、親密に付き合っているお友達(Aさん)がいるのだが、その人の話が話題に上った時に、彼女の事を「鼻持ちならない女」などと、悪しざまに言うのでまたびっくり。その上、「Aさんは遠い昔、実は薬科大学を受けて失敗したことを隠していた」と言い出した。
私はそのAさんを知っていて、日常的な付き合いはなかったが、会えば挨拶をして立ち話をする。共通の友人のFさんを介してお互いの情報は伝わっていて、彼女が薬科大学志望だったなどという話はありえない。Fさんは、Aさんが薬剤師である自分と張り合っていると言いたいようだった。
去年、Fさんが親戚夫婦に関して口汚く非難する内容を長々と訴えたメールが届いた時も、多少の違和感を感じていたのだが、なんだかどんどんと「異変」が広がっていく。
約束(時間)を忘れる。同じことを繰り返し話す。「妄想」で人を攻撃する。車は怖くて乗れなくなった。どこかへ出かけたいと全く思わない。・・・・・・考えたくない「病」の名前が浮かんだ。
Aさんに連絡を取ってみると、彼女はすぐにウチまで来てくれた。Fさんの現実(異変を物語るエピソード)を知らされた時、不安が現実のものとなった。
この4月に66歳になったFさん、あの知的な友が認知症?
ありえない!そんなわけがない!友達も多くて、地域の人たちからも信頼されているFさんからは一番遠い「病」だ。
しかし、他のルートからもそんな情報が入って来るようになって、益々現実味を帯びてきた。Fさんの現況を我が身にも重ねて、その「病」を想うだに胸が苦しくなる。