釜田起来 | 立教大学体育会水泳部のブログ

立教大学体育会水泳部のブログ

1年間で最も重要な大会としている「関東学生選手権水泳競技大会」、及び「日本学生選手権水泳競技大会」に向けて、日々練習に取り組んでいます。

こんにちは。
4年かまたです!

今日、人生最後の練習メニューをやってきました。(明日からは各自調整です。)

最後の練習はいい泳ぎができてとても良かったと思います!

今日のブログ超長いです。。。
お時間がある際にご拝読ください。



本日のテーマは
○103代を振り返って
○インカレに向けて
の2本立てです



ですがその前に少しだけ、、、



既に他の部員が書いてくれていた通り、


4年ぶりの「水泳教室」「ファミリーデー、泳力検定」が無事に終了しました。


私は水泳教室の学生責任者を務めさせていただきましたので、その立場からお伝えします。


一言でいうと、


イベントの企画・組織のマネジメントめっちゃムズイ!!!

でも
来年社会に出ていくうえでは本当に貴重な経験をさせて頂きました。


水泳教室開催に向けては、
・予算の策定と管理(ここ超苦手だった)
・プログラム、マニュアルの計画

マネジメント上では
・チームの役割分担
・タスクのスケジューリング、進捗管理
(ここも苦手)
・部員へのスムーズな情報共有の仕方
などなど、、、

開催中は部員のモチベーション維持に加え、自身のアンガーマネジメントも課題点の一つでした。



どれをとってもまだまだ未熟で、
自分の能力の低さに何度落胆したことか


それでも事故なく無事に終えて、参加者の方々も満足してもらえたのは一生懸命頑張ってくれた部員のみんなやサポートしてくださった監督コーチ、OBOGの皆様のおかげです。



本当にありがとうございました。




さてここからは本題に入っていきます。


~103代を振り返って~

ここはもうね、同期がブログに書いてくれた通りですよ

同期7人全員思いやりがあって優しさいっぱい。


でもそれぞれ個性がしっかりあって、
一緒にいるうちにみんなの長所短所を理解しあってた。特に相談することなく、それぞれの役割をそれぞれが全うしていました。


私は本当に恵まれていました。
同期といると心強い。



中でも私にとって一番存在が大きかったのは103代男子主将 高野裕也です。




私が初めて裕也を知ったのは中学3年の全国中学



私は初めての全国大会、右も左も分からずレースに臨みました。結果9位。
全国の雰囲気に圧倒されこの結果が良いのか悪いのかも分かりませんでした。

それにひきかえ裕也は

全国大会優勝
しかも二冠


え?誰?
なんか分からないけど静岡県に超速い人いる。しかも二冠してる。



ただこの時は二冠した超速い人=裕也
だということは分かりませんでした。
後の強化合宿で二冠したのが高野裕也であることを知りました。


複数回あった静岡県の強化合宿を通して、裕也と接点が生まれ始めます。


冬のマレーシア合宿では、
私は練習が超弱く、周回遅れ。
みんなは泳ぎ終わってるのに自分だけまだ泳いでる状態で酷かった。
一方裕也、年上の選手にも負けない泳ぎで練習の強さを遺憾なく発揮。(ただ正直、私以外の選手全員裕也並みに練習強かった)


それは全国で二冠しますわって腑に落ちました。


この合宿は少人数だったこともあり、ここで裕也含めてみんなとかなり仲良くなれた記憶があります。


その後も東海選手権でのレースや2019年の福井国体において400m自由形で3位になったレースなど、何度鳥肌の立つレースを目の当たりにしたことか

本当にかっこよくて、
私も彼のように見ている人の心揺さぶるレースをしたいと何度思ったことか。





それがまさか同じ大学に進学し、4年間寮で共に生活するとは、、、
いざ練習を一緒にしてみると速いこと速いこと。


しかもさ、

同期内の定期ミーティングでは周りの意見を尊重し同期内での意見の調整も上手い。
(とはいえこの部分は私もそこそこできていたはず)




その後、学年が上がり私たちは最上級生となり部を動かす立場となりました。

裕也は主将として部がよりよい方向へ向くようにチームを引っ張ってくれました。



まだ終わってはないけど、
ここまで本当にお疲れ様!


裕也のおかげでここまでチーム力の高い良いチームになったと思います!


あ、そういえば、「今年の主将は少し偉そうだね」とかっていう意見を人づてに聞きましてね。これに関してちょっと自分もの申していいすか?

ぶっちゃけ私たち部員からしたら偉そうだなと思ったことは一度もないです。
だって、毎日の練習に取り組みつつ、主将として水泳部全体の業務を随時把握。
1年ミーティング、1・2年ミーティングでは後輩たちに成長を促すためにどんなメッセージを伝えたらよいかと悩んでいる姿も知っています。そのうえ、自身の今後のキャリア形成の為のインターンにも取り組んでいる。寮に住んでいる人ならいつも勉強している様子も知っています。

ストイックに望む裕也を知っているからみんな裕也を慕ってついていくんです。



水泳部のブログとしては書くべきじゃないことかもですけど私の最後のブログです。
どうか堪忍してください。

私にとって文句なし、最強の主将です


こんな感じで私は103代で心強い仲間と共に活動できて本当に良かったです。
インカレまで残り少しだけど、最後まで頑張ろうね




続いて
~インカレに向けて~

昨年の9月に行われたインカレからはや1年
もう人生最後のインカレがここまで来てしまいました。


昨年は本当に飛躍した年だったと思います。
泳げばベスト。これまで勝てなかった選手にも少しずつ対抗できるようになってきました。

打って変わってこの1年は自己ベスト更新率0%
必死に泳いでも結果はイマイチ。

かなり苦しかった。
加えて肩も痛めてしまいました。

それでも最上級生として、副将として、ふざけた練習をするわけにはいかない。
私にとっての「良い先輩像」イメージを毎日の練習に落とし込んで取り組むよう努めました。

何とか毎日の練習に食らいついていたと思います。


それでも、ここ2ヵ月の練習は酷かった。頭の片隅にずっと水泳教室の開催の不安がありました。
私の弱いところですね。

仲間が開催に向けて準備をしてくれている上でまだ他にやることはないか、どうすれば参加者、運営班共に混乱が少なくなるかをずっと考えてしまっていました。

切り替えるのが下手だったんです。

心の底から頑張った!腕も脚も痺れて尚あがき続ける練習ができたのはほんと数回しかなかったと思います。


とはいえ、何とか頑張ろうと思って練習に取り組めていたのは少なからず私にも応援してくれる方々がいるからでした。


最近は練習中、昔のことをよく思い出します。


中学生の時、大会の日に朝早くから朝食を作ってくれた母親の姿。朝食を食べ終わる頃にはおにぎりが用意されてありました。

浜松で大会があったときには私がレース中、父と弟は神社でベストが出るようにと願掛けをしてくれたことを帰りの車で聞いた思い出。

祖父母に大会結果を報告した時、私のことをたくさん褒めてくれている祖父母の表情

大学進学後も私の競泳活動を応援してくれている友人。
今年のインカレ見に行くよってこんな嬉しいことも言ってくれます。


今思えばどれも当たり前ではなかったですね。私には家族や友人の温もりでいっぱいでした。

幸せ者です。


こんなにも恵まれているのに今の自分は集中して練習に取り組めていない。このギャップにやられそうなこともありましたが、何とか持ちこたえて、みんなに恩返しがしたいという想いだけでここまで来れました。

冒頭綴った人生最後の練習メニュー
最後の1本は、練習ベストを飾ることができました。

インカレまで残り3日

大丈夫

ここまで頑張ってこれた。

私にはみんながいる。
あとは焦らず、自分の中の最高の泳ぎを体現するのみ。


もし、個人種目でベストが出せなかったとしても


どうか私の可愛い後輩と立てた「400mメドレーリレーA決勝出場」という約束だけでも叶えさせてください。



最後まで頑張ります。
皆様、どうか背中を押していただけると嬉しいです。