漂流教室を読み直す⑤ | 生きてる缶詰

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楳図かずお著 「漂流教室」(1972年~1974年)
翔の母を描いてる。なんか似ないぞ^^
 
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ペスト事件の描写は僕が子供の頃、2番目に震え上がった箇所だ。
約300頁分も描かれてる。その内、翔母と大木選手の件だけで100頁。
ろくな大人が出てこない本作において、この2人の話は異様に浮き出す。
辛辣かつ狂気、かつ滑稽なる100頁。

息子の周辺状況と大ピンチを知り母の超電波エネルギーは全開。
ストレプトマイシンを約800人分と、翔の隣に今あるという「腕に傷あるミイラ」を求めて街を駆け巡るのだが、、、
断られても々最後まであきらめないで突っ走り遂には自分の腕までも、、、此の辺りも含めてふと「ターミネーター2」の母役、サラ コナーの珍行動を想い出さないだろうか。あれは翔母のパクリじゃないかとさえ思う。
今回も紅顔の美少年、信一くんが協力してくれる。彼は自分だけタイムスリップを免れた負い目もあるんだろうか、時々応援に駆けつける。そして翔母に振り回されてるから気の毒いww。
翔母「きっと、、、大木選手はミイラになるのよ。今、翔はその隣にry」と信一君にじっくり説明。
信一君に唖然とされるくだりが面白すぎ。
 
大友の母は子供達の消失を事故と割り切るが、諦めない翔母がそれに怒り殴りかかる場面もあった。
親を描くことで その子供の人格形成の所以をも描く比較描写、見事です。
翔の異常なまでの行動力はまさに母譲り。
 
 
翔の父はかわいそうす。
息子は消失・劇中も翔から2回しか呼んでもらえず・妻は突如テレビやトランシーバーに喚く電波女に変貌・きっと近所や会社でも噂され気苦労が絶えなかったろう。
なのに錯乱して卒倒した妻を抱えてとぼとぼ帰宅したり、変装してホテルケーヨーにのりこむ妻を追いかけたり、手術道具を差し入れしたり、涙ぐましい。
翔の冷静な判断力は父譲りかもしれない。
 
 
そして大木選手。
信一くん曰く「大木選手はどんなピンチでもすごいファイトで逆転させる」
そして子供達の味方。
この二点が悲劇を生みはするものの、ペスト事件終結への伏線になってる。
翔はミイラの正体を知らないまま、母の自傷入院の事も知らないままだけど、、、
そこがまた良いじゃありませんか。
当時の楳図センセのこういう読者に対する程良い突き放し感は 読んでて嬉しくなる。
今の漫画界なら、伏線はいちいち明確にアピールせいと言われるだろう。なんなら周りのキャラに解説させとけ~とか。アニメならキャプションとか効果音入れとけとか、、、
読者を信用してないのか、伝わらないのが怖いのか。
 
 

「最後まであきらめるな!」少年誌はかくあるべき。
 
 
 
■なんで一病院が個人の遺体を勝手にミイラ化処理するんだろう。違法では。
■薬は墓碑銘の下に乾燥室を作って入れとけば良かったなぁ、、、援助物資も。
ミイラもロケットも要らんでしょうにw
■旧校舎すらあるってことは、大和小学校は結構古い。給食室の天井や壁の向こうにはネズミもいるでしょう。ペスト保菌者であるリスとの接触もあったかも。ノミが移行してたらペストは又起きるかな。
■桃の花が咲いた際に(ちなみに桃の開花は春先です)虫媒する虫も蝶もいないなんて事を恐れてたみたいだが土は有るわけで。土中や木のウロや便所にはうじゃうじゃと虫の卵や冬眠中の虫が潜んでるので問題なしでしょう。これからの季節ブリブリ湧く。自然はしぶといのです。
■余談ですが、物語の重要な「転機」に当たる場面というのは必ずといっていい程、全体の折り返し地点にある。
例えば2時間の映画なら1時間目あたりに、300頁の小説なら150頁目あたりに。
そこが劇的かつ説得力ある作品は大抵傑作な気がする。
「漂流教室」の折り返し地点は、西さんを通じて翔と母が初めて対話に成功する今回の場面。
これが最終回の大逆転を生むわけだし、重要でしょう。
みなさんも好きな作品の真ん中あたりを観返してみてはいかがでしょうか^^
 
 
                続く