あの時どんなことしてたっけ
この時はこんな風にして…
そういえば、あの時は
あれ、どんな風に振舞っていたっけ
半ば無理やり忘れようとしたのか
忘れることで生きようとしたのか
嫌なことは生来、忘れるようにできているのが人間だけれども
全てを嫌なことだとして忘れてしまったら
生きていく土台がなくなってしまうよ
あの時どんなことしてたっけ
この時はこんな風にして…
そういえば、あの時は
あれ、どんな風に振舞っていたっけ
半ば無理やり忘れようとしたのか
忘れることで生きようとしたのか
嫌なことは生来、忘れるようにできているのが人間だけれども
全てを嫌なことだとして忘れてしまったら
生きていく土台がなくなってしまうよ
覚えてる?
あそこで一緒にご飯を食べながら
あーだこーだ話し合ったじゃない
なんでかしらね
いつまでも一緒にいられるなんて思えた
いつまでもこんな風な時間が過ごせると思った
変わらないものなんてあったのかしら
人は変わる
私も変わった
だけど変わらない私もいる
ねぇ、いくつになっても、芯のところは変わらないのよ
ものすごく変わって、変わって変わってもう、全然違ってしまっても
芯のところは変わらないのよ
芯のところは変わらないけれど
もう全く違ってしまってるの
あまり
目をくれてやることもなかった
薄情というものだ
そう、常に囚われていた
囚われ続けていたから、脇目も振らず
そればかり追いかけていた
だから、気付かなかった
そのことに比べれば、どんなことだって関心に及ばなかったから
脇目も振らずに放っておいたことが、生きていく上でとても大切だったなんてね
そんなことにようやく気付いたよ
やさしさよりも
満たされない自分の思いのほうがずっとたいせつだった
これからはどうなるかわからない
おそらく、まわりのだれもがたいせつだとおもうことをたいせつにしたいと思うけれど
それが自分にとってたいせつだとはなかなか思えなくて
なにがたいせつなことなのか
自分の気持ちにピントを合わせる日々
「そんな当たり前のこと、考えないでもわかるものじゃない」
なんて、いつか言われた気がする
納得した覚えがないから、いまも納得はしていない
こうしてここに記すことは久しぶりである
以前の記録は、全て消した。消したかった、というよりも、それはもう、僕にとっては過ぎたことで
当時書き記すことに意味があった。
振り返るという意味合いももちろんあったけれども、あるときにそれはもう残さなくていいのだと思えた
それが消した理由。いや、正直に言えば、開陳する内容でなかった。よしんば書き残しても、それはその当時、ここをなぜだか一緒に見にきてくれていた人がその場で共有してくれていればよかった
いつの頃からかは定かで無いけれど、あるお方とメッセージのやり取りをして、僕のことを一言評してくださったのを覚えている
「こんなに(苦しさに)のたうち回る人っていない」
そんな風におっしゃっていたと記憶する。言外に、そこまで苦しまなくてもいいのではない?と安否を気遣ってくださっていたような気がして、そればかり覚えている
後になって、苦笑いと共にそれを自ら実感するようになって、納得した
当時、夢中になって書き記したことは、そうせざるを得なかったから
今はどうか
おそらく、見えない何かと向き合って、この人は毎日を生きているんだろうな、と周りの人は感じているのだろう
あるいは、この人は何にも考えていないのではないか、などと思われているかもしれない
さらには、全く意味不明で理解もできません、とまで思われているかもしれぬ
どれもその通り。
だけど、僕なりに歩みは止めていなくて、それは全く、側から見たら進んでいるようには見えないのだと思う
自身ですら、停滞しているのではないか、逆流の中を無理やり進んでいるのではないかと思い悩むことも多い
この数年間、何も発言してこなかった
この数年間、身近であった友達とも距離が開いた
喋ることよりも、ほとんど黙することが僕の生活の大半になった